「いいよ。河原の小石で」
※普賢さんがお着換えさせられてるだけ
※ニジカノ普賢さんが元ネタ
てんでに跳ねる空色の髪を撫でつけ、小菊のかんざしを挿した。
それだけで普賢の顔周りが華やかになる。整ってはいるがどこかひそやかな印象を持つ普賢の面差しが、がらりと変わって見える。けどけれども本人は不満顔で唇を尖らせた。
「望ちゃん、これ、落ち着かないよ」
「であろうな。おぬしは普段身を飾ることをせぬからのう」
伏羲は気にせず普賢の髪を整え、髪飾りで彩っていく。きっかけは公主の戯れだった。虫干しを手伝う代わりに好きな物を使ってよいと一言。それに食いついたのが伏羲だ。引っ張られてきた普賢はわけもわからず力仕事をさせられ、一息ついたと思ったら鏡の前に立たされた。
「いかがか、太公望」
「おお公主、見てのとおりだ」
「ふむ思ったよりも似合うではないか。普賢、着付けもしていくか?」
「ええー? やだ、めんどくさ……」
「それでこそ公主よ。このかんざしに合う服を見繕ってくれぬか」
「お安い御用じゃ。しばし待たれよ」
本人は置いてけぼりで会議は踊る踊るにこやかに。伏羲も竜吉公主も異論は認めないと笑顔でおどしてくる。逆らったら望ちゃんはうっとおしい理屈をこね始めるだろうし、公主は公主で機嫌を損ねて浄室へたてこもり、結果あの暑苦しい異母弟が怒鳴り込んでくるのは火を見るより明らか。ここはおとなしーく逆らわずにいよう。と、普賢はため息をこぼした。
公主は上機嫌で紫陽花が染め抜かれた着物を持ち込んだ。紫と青が複雑に絡み合うグラデーション。雨に濡れる清楚な花畑に艶光る絹がなまめかしさを添えている。
「さすが公主、趣味がよい」
「ふふふ、むかし侍女用に仕立てたのじゃがすぐに背丈が伸びてしまってのう。出番がないまま眠っておったのじゃ」
「ほれ普賢、公主もああ言ってくれていることだ。供養してやろうぞ」
「人を墓場がわりにしないでくれる?」
「「気にするな」」
有無を言わせぬ笑みとはこういうのを言うのだ。片や無敵の人、始祖。片や、鳳凰山洞主(弟と書いてコブ付き)。ふたりが示し合わせた時点で退路は塞がれちゃったのだ。
細過ぎる普賢の肢体にあわせて補整をしまくり、どうにか整った姿を鏡に映せるようになったのは小一時間後。
「どうだ?」
「どうって、いつもの服の方が楽だよ望ちゃん」
「もうちょっと何かあるであろう! 自分かわいいとかイケてるとか最高とか!」
「まあ落ち着け太公望よ。小物にこれなどいかがか?」
次から次へとよく持ってくるものだ。普賢は公主から渡された薄布のショールを羽織り、紫陽花の細工物が散りばめられたバッグを顔の近くまで持ち上げてポーズをとってみせた。
「……いい」
「望ちゃん?」
「いい! たまらん! 普賢、やはりおぬし磨けば光るぞ!」
「いいよ。河原の小石で」
言うなり普賢は悲嘆にくれる伏羲と公主を尻目にさっさと帯をほどき始めた。
帰り道、伏羲はむくれていた。普賢はそんな始祖をおもしろそうに見やる。
「不機嫌だね望ちゃん」
「せめて写真の一枚でも撮らせてくれればよかったものを。うう、何故おぬしはもっと身綺麗にせんのだ。髪はハサミで適当に切るし、服はお値段重視のゆるゆるラフスタイルばかりだし、たまにはしゃっきりした格好をしてくれてもよいではないか」
「清潔感はあるはずなんだけどなあ」
「もうすこしおしゃれに目覚めてくれても良いのだぞ」
「望ちゃんってけっこう見た目を気にするよね」
「おう、楽しいぞ。よければショップに連れて行ってやろうか?」
「配給品で充分だよ」
面白みのないやつめと伏羲はまたふてくされた。
「おぬしはダイヤの原石なのだぞー。そこをもう少し理解してくれても良いではないか」
「だから河原の小石でいいってば。それに……」
普賢は立ち止まった。つられて伏羲も歩みを止める。夕暮れの中で、2人の影が長く伸びていた。
「あの小石は長い年月をかけて丸く磨かれていくんだよ」
そうかと伏羲は口の端を持ち上げた。
「おぬしはまだまだ刺々しいからのう。わしがじっくりたっぷり時間をかけてまあるくしてやらねばならんな」
「ああやだやだ。余計なこと言わなきゃよかった」
普賢はころころと笑った。