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SS~黒猫は魔女の使い

「目、閉じて」

※お題メーカーから
※ハロウィン

続き

「トリックオアトリート」
 伏羲がやってきた。ご丁寧に魔女っぽい帽子をかぶって、いつもの衣装にはカボチャのバッヂがいっぱい。
「うちは仏教だから」
 すぱっと切り落とし普賢は太極符印へ指を走らせた。明日の会議までに神界のデータを整理しておかねばならない。目の前の始祖に聞けば簡単ではあるが、教えてくれるわけもなし。ともすれば「忘れた」などと返事をする、そういうやつだと身に染みて知っている。
「違うぞ普賢、おぬしが言う側なのだ」
「なにを?」
「トリックオアトリート」
「ようするにかまってほしいんだろうけど、見てのとおり忙しいんだよ」
「おぬしは年中忙しいではないか。時に肩の力を抜くのも大事であろう?」
 誰のせいでこんな目にあってると思ってるんだよ。そう普賢は舌打ちした。ワーカホリックなのは認めよう。これが違う案件なら多少は手心を見せたかもしれない。だけども今かかずらっているのは他の誰でもない、始祖の遺物なのだ。
 横からひょこっと無遠慮に、伏羲は3Dディスプレイを覗いてくる。
「やめて、人の頭の中を覗かないで」
「おー、いい線いっとるではないか。もうちょっとでここの部分の解析が終わるぞ。がんばれがんばれ」
「やめてったら」
 もう。普賢は肩をすくめた。マイペース極まりないこの御仁はてこでも動かないつもりらしい。作業を妨害して当然という顔をしているあたり、猫に似ている。しなやかな黒衣も麗しい毛皮を思わせるし、気まぐれで唐突な辺りもよく似ている。つまり何を言っても無駄。仕方ない。
「目、閉じて」
 普賢の言葉に伏羲は素直に従った。そっと重ねた唇。誘うように舌先で輪郭をなぞる。
「はい、トリックアンドトリート」
 よくわかっておるではないか。朝焼け色の目元がゆるく弧を描いた。恋人はチェシャの笑み。今夜もきっと甘くて苦いお茶会へ招待されるのだろう。