なにが「だから」なのか、僕にはちっともわからない。
※お題 233. 伏羲と分身した普賢(分身人数は自由)(好きなハーレム作ったらいい)
※あとしまつ後
普賢が輪廻へ還ってしまった。
寂しいと思いこそすれ、それが親友の意思であるならば仕方がないと、思えていたのも千年ほどの話。一万年を超えたあたりから我慢ができなくなってきた。
おぬしはわしの隣へ居るべきだ。身勝手とわかっても思いは止まらない。「だからのう。おぬし、わしと来るがよい」
なにが「だから」なのか、僕にはちっともわからない。目の前の黒い、時代がかった装束に身を包んだ影から見せられた過去の記憶は、映画でも見ているようで味気なく他人事。
「僕は普賢じゃない、知らないよそんな人」
「知っておるとも」
あやつは輪廻の中、粉々になったのだ。わしの目を欺くために。その程度でわしが諦めると思うてか。
彼は微笑を浮かべたまま僕を見つめている。こわい。目が笑ってない。助けを呼ぼうにもここは町はずれの鉄塔の下。誰も来やしない。冷たい風が体温を奪っていく。
「おぬしが普賢でないことくらいは知っている。だがおぬしの魂にはたしかに普賢が混じっているのだ」
優しい瞳は後ずさりしたくなるほどの執着で底光り。僕は無意味に利き手を胸の前に持ってきてガードする。
「今更なにを恐れる必要がある? おぬし、この鉄塔から飛び降りるつもりだったのだろう?」
痛いところを突かれた僕は沈黙を返した。仕事、家庭、うまくいかない何もかも。いやになって鳥になろうとここまでやってきたのは、確かに僕。
「おいで、わしと共に。永遠の安寧を約束しよう。おぬしの目をくらませる何もかもから救ってやろう」
耳から溶け込む声がじわりと脳髄を侵食する。だけど……。
「行かない」
彼は機嫌悪げに片眉を跳ね上げた。
「僕は僕のままでいたい。キミの玩具になんてなりたくない」
それでこそ普賢よ。
彼はくつくつ笑う。
「してどうする? おぬしが厭う人生へ戻っていく気か」
「そうするよ。得体のしれない魔物の思うがままにされるくらいなら、罵声を浴びても生きるほうがましだ」
言い切ると彼は残念そうに僕の頬へ触れた。
「つらくなったら呼べ」
「ありえないから忘れるよ、君のこと」
空が明るくなってきた。もう少しすれば日が昇るだろう。新しい、くだらない、かけがえのない一日が始まる。
僕はふもとの町までまっすぐ歩きだした。「やれ、また逃した。どうもわしはあやつには甘くなる」
伏羲はふわりと浮かび上がると小さくなった背を見つめた。まるで朝日めがけて歩いていくような祝福された背中。
「まあよいわ。生が終わるその時に摘み取れば良いだけの話だからのう」
諦めなどとうに忘れた。一度心に決めた獲物はどこまでも追いかける。いつか手元の普賢の魂が十全になるまで。それまで泳がせておけばいい。楽しみは長く続くほどよいのだから。