おやすみを言う。
キメツはまりました。ゆうむい。
僕の兄さんは棘だらけ。兄さんの口から優しい言葉を聞いたことなんてない。きっと世の中の兄弟は助け合い、信じあって生きていくのだと思う。けれど、僕たちは双子なのに傷つけあってばかり。眠る時も交代で眠る。冬のこの時期は熊が怖いから、いつでも起きて逃げられるように。毎晩僕が兄さんの寝顔を覗いているなんて知ったら怒るだろうな。兄さん、兄さん。もうこの世でたった二人ぼっちなのに、そんなに冷たくしないでよ。叱らないで、声で鞭打たないで。心が痛いよ。近づきたい、兄さんにもっと。この雪山で触れあえるのは兄さんだけなのに。その心の奥に、僕はいないのかな。そんなことないよね。そうだと言ってよ。兄さん、こっち向いて。兄さん……。
俺の弟は甘すぎる。火であぶると溶けるんじゃないだろうか。もっとしゃんとしてほしいなんて、俺の我儘か? いつ滑落しても不思議じゃない危険な山で、この年で杣人をやるなんて正気の沙汰じゃない。それでもなんとかやってこれているのは独りじゃないからだ。だけど無一郎、俺達は、明日をも知れない命なんだ。一日が終わるたびに今日も生き延びたとホッとする。先に寝ついたおまえの顔を見て、つかのま平和を享受する。それすらも狼の遠吠えに食い破られて。なあ無一郎、お願いだからもっと頼りがいのある男になってくれ。もうふたりぼっちなんだ俺達は。頭の中は結局、おまえのことばかりだ。期待しすぎなんだろうか俺は。無一郎、無一郎……。
今夜も布団にもぐりこみ、棘々の兄さんへおやすみを言う。
今夜も布団へ寝かしつけ、甘ったれな弟へおやすみを言う。あの頃みたいに、同じ布団で寝る日は来るのかな。兄さん……。無一郎……。凍える吐息は雪に混じり、深く重く沈み込んでいく。