高校を卒業した俺達は、晴れてプロ棋士としての道を歩み始めた。
現パロ キメツ学園 R18
高校を卒業した俺達は、晴れてプロ棋士としての道を歩み始めた。
俺が家を出たのもちょうどその頃だ。なんといっても双子の弟、無一郎は一番のライバルだったから。あいつは俺の打ち筋も癖も知り尽くしている。そこら辺の相手よりずっとやりづらい。一人で練習へ打ち込むために、キメツ学園の大学寮を借りて一人暮らしを始めた。はじめてみると自炊は性に合っていたようで、すぐに俺の部屋はたまり場になった。仲間は将棋部で同じプロを目指すやつらだ。棋譜を片手にああでもないこうでもないとわいわい騒ぎながら駒を進めるのは、練習用のソフトと対峙するのとは違った楽しみがあった。
ただ問題は。俺は嫌な予感に振り返った。
「……にいいいいさあああああん」
玄関の扉の隙間から陰気な顔だけのぞかせる無一郎の姿。
「帰れよ、無一郎」
「なんでえ!? どうしてえ!? どうして僕だけのけ者にするの! 僕も兄さんといっしょに将棋さしたいよおおお!」
「だーめだ。帰れ帰れ」
「うわーん兄さん、兄さーん!」
無一郎が想像以上に俺離れしてないことだった。いくら双子でいつもいっしょだったからって寮まで押しかけてくるか? 俺が家を出てもう半年はたってるんだぞ。俺はむりやり扉を閉めた。
「うわあああん、兄さんが、兄さんが、僕のこと嫌いになっちゃったよおおお!」
ガン! ガン! 無一郎が扉にヘッドバッドしてる。やめてほしい。真剣にやめてほしい。寮母さんに平謝りするのは俺なんだぞ。
「あーもー、違うって言ってるだろ。独り暮らしの理由は散々話したじゃないか」
「でも、でもでもおおお! 兄さんがいないなんて耐えられないようー!」
「赤ちゃんかおまえは」
「赤ちゃんですーばぶうー!!!」
無一郎はおっとりしてみえて頑固だ。一度こうと決めたら絶対に曲げない。なので俺も伝家の宝刀を持ち出すはめになる。
「そういうことは俺に勝ってから言え」
外の騒ぎがぴたりと止まった。不気味なくらい静かだ。そう、俺は今のところ765勝0敗3引き分け。兄の意地というやつで無一郎には全戦全勝なのだ。引き分けは母さんから御飯に呼ばれたせいなのでノーカンとする。
「……どうしてそういう意地悪言うの」
「意地悪じゃない。おまえもそろそろ独立したらどうだ。母さんが心配してたぞ。次に会う時は棋士として大会でだ」
「……勝てばいいんだね?」
無一郎の声のトーンが下がった。
「お、おう」
「僕が兄さんに勝ったら言う事聞いてくれる?」
「ああ、ああ。わかった。なんでも言う事聞いてやるよ。だから今日は帰れ」
あの時投げやりに答えたのを、もっと後悔すればよかったのだ。俺は。あれから無一郎はぱったりと姿を現さなくなった。聞けば以前よりさらに将棋へのめりこんでいるらしい。いいことなんじゃないか? なんて俺はお気楽に考えていた。
数年たち、俺と無一郎は念願のプロになった。学業と並列してこなさなくてはならないのは大変だったが、どちらも手を抜けない。そんななか無一郎はどこから時間を捻出しているのか、数々の浮名を流し、三文雑誌にネタを提供するようになっていた。俺はというと将棋一筋で彼女もできない。このへんは性格の違いという奴だろうか。たしかに同じ双子とはいえ、あたりのやわらかい無一郎に女がメロメロになるのはわかる。ただでさえ今をときめく天才棋士様だ。だが……。
「……負けました」
複雑に並んだ駒を前に無一郎ががっくりとうなだれる。この瞬間が俺の最高の時間だ。おい無一郎、ちやほやされているようだが、天才棋士様はもうひとりいるんだ。それがこの俺だ。おまえが女遊びをしている間に、俺は腕を磨いてるんだよ! 内心スカッとしながら、俺は別室に移りマスコミのインタビューに答える。
「今回も兄の面目躍如といったところですね」
「いや、危ないところでした。弟、失礼、時透五段もめきめきと上達しています。俺が抜かされる日も近いかもしれません」
などと言いつつ内心では舌を出す。無一郎、俺は絶対お前に負けてなんてやらないぞ。他の試合を落としても、おまえとの勝負だけは必ず勝つ。ちらりと視線をやると、両手に花状態の無一郎が、若い女性記者の袖を引いているところだった。早速今夜の獲物ゲットか。そういうことするからおまえの打ち筋は脇が甘いんだよ。兄ちゃんは絶対、ぜーーーーったいに負けてやらないからな。帰宅した俺がまっさきにしていることがおまえとの勝負の内容の分析だなんて言えるわけない。と、思っていたのだが。
「……ま」
マジか。マジでか。将棋盤をはさんで、無一郎がおさえきれない笑みを浮かべている。
「まけ、まし、た……」
全身から血の気が引いていく。ほんの一手、あの一手が、俺の油断を誘った。そこから先は無一郎の独壇場で、堤防が決壊するかのように次から次へと守りは崩されていった。投了したのは自棄みたいなもんだ。あのままいけば確実に王手を打たれていただろう。
「1勝1029敗3引き分け、だね、兄さん」
やっと勝てたよと無一郎は安堵に似た微笑を見せた。背後の記者団から黄色い声があがる。その日の夕刊には「有一郎逆転負け」とでかでかと印刷された。チクショウ、誰よりも俺がショックだっつーの、傷をえぐりやがって。マスコミのインタビューにもなんて答えたか記憶にない。少なくとも新聞に載っているひしゃげた風船みたいな自分の顔を見るに、ろくなことをしゃべれてないんじゃないだろうか。たかが一敗、されど一敗、俺を支えていたプライドがガラガラと音を立て砕け落ちていく。もう何もする気がなくなってワンカップを山ほど買い込み、寮へ戻るなりがぶ飲みしていたら気持ち悪くなってきた。何してるんだ俺は。
布団へ潜り込むとくやしさに涙があふれてきた。無一郎はどうしてるんだ。今頃ザギンでシースーか? おまえはそういう遊びもするようになった。気が付けば俺達双子は遠く離れた道を歩むようになったんだな。おまえは華やかな世界へ、俺はひたすら道を究める方へ……。次は負けない。次こそは絶対に負けない。自分にそう言い聞かせながらぎゅっと布団をかぶったその時。
ぴんぽ~ん。
インターホンが鳴った。
ぴんぽんぴんぽんぴんぽんぴんぽん。
無視してると連打しやがった。こちとら飲み過ぎで吐きそうだというのに。宅配を頼んだ覚えはない。とにかく帰ってもらおうと俺は乱暴に扉を開けた。
「……兄さん」
立っていたのは無一郎だった。心なしか瞳がうるんでいる。
「無一郎? いったいどうしたんだ」
「……僕、僕」
今にも崩れ落ちそうな体を思わず抱き留めた。ほんのり酒精の匂いがする。俺は無一郎を中へ招き入れ、というか引きずり込んで布団へ寝かせた。
「どうしたんだ。今頃祝勝会じゃなかったのか」
「抜け出してきたんだ、兄さんに会いたかったから」
「とりあえず水を飲め。待ってろ、持ってきてやるから」
「だめ、いかないで」
無一郎が俺の腕をつかんだ。細腕のくせに馬鹿力だったなと今頃思い起こす。泣きはらしたように赤い目元で無一郎はそっと囁いた。
「ねえ兄さん。あの約束を覚えてる?」
「なんの?」
「……僕が勝ったら、なんでも言う事を聞くって……」
正直俺は記憶を思い起こすのにしばらく間があった。そういえばそんなことを言った気がする。無一郎はじっとりした目でこちらを見上げてきた。
「忘れてたんだね、僕はこの日の為に修業を積んできたのに」
「そうだな、なんだ。言いたいことがあるならはっきり言え。俺も男だ。二言はない」
言うなり無一郎の顔がぱっと輝いた。
「兄さん、しよう」
「なにを?」
「セックス」
は?
頭が真っ白になった。脳が理解を拒否している。何を言ってるんだこいつは。
「大丈夫だよ、僕、いろんな人とお付き合いしてテクを磨いてきたんだ。全部僕に任せていいよ、天国へ連れて行ってあげるから、ね、兄さん!」
おれのとまどいなど、どこ吹く風といった様子で、熱に浮かされたように無一郎はしゃべるしゃべる。というか完全に頭がお花畑になっている。俺はそのポンコツ脳みそにチョップをくらわした。
「アホか! 俺とおまえは男同士で、そのうえ双子の兄弟だぞ!」
強く突っぱねると、また無一郎が泣き顔に戻った。
「兄さん……約束破る気なの……?」
「そ、そんなつもりは、ないが、ものには限度ってものが……」
「男に二言はないって言ったばかりじゃない!」
始まった、何年振りかの無一郎のだだこねが。いい年こいた男がめえめえ泣きながらすがりついてくるのはどうなんだ。しかも顔だけは整ってるもんだから、それなりに絵になってるのがまたなんとも言い難い。
「だいたい僕のファーストキスを奪ったのは兄さんじゃないかあああ!!!」
へ? 俺そんなことしたっけ。
露骨に顔に出てたのだろう。無一郎はぼろぼろ涙をこぼしながら俺の襟首をつかんだ。苦しい。勘弁してくれ。
「幼稚園の時! ソフトクリームがついてるからって僕にキスしただろ! 僕は、あの時から……兄さんの事を……!」
最後はもう見てらんないくらい無一郎は涙で頬を濡らし、俺の胸に顔をうずめてふぐううとしゃくりあげはじめた。俺はというと突然の展開すぎてどう対応していいかわからず固まっていた。
「好きだったんだ……兄さんのこと……ずっと、ずっと……僕は……」
俺は無言で無一郎の頭を撫で続けた。いつも俺の後をついて回った弟。なんだおまえはあの頃からちっとも変ってないんだな。これは俺も腹をくくらなきゃなるまい。
「……無一郎」
「なぁに」
「俺は、残念だけどおまえをそういう目で見ることはできない」
「兄さん……」
「ただし体を貸すくらいならできる」
無一郎が顔を上げた。びっくりしたのか、目をまんまるにして。
「……約束だからな。一回だけだ」
「兄さん……」
「ただ頼みがある」
「なに? なんでも言って!」
「……俺が上ってわけにはいかないか?」
ここまで来て何をというかもしれないが、彼女もできたことがないのにいきなり女房役は俺には荷が重すぎる。せめて初めてくらいというのは欲張りだろうか。青年の主張として!
「うん、いいよ。僕、内緒で男の人ともおつきあいしてきたから」
ひまわりみたいに笑う無一郎はさらに俺の上手をいっていた。俺は布団に入り、無一郎の上に乗った。
「兄さん……夢みたいだ……」
それだけで無一郎はとろけそうな顔をする。俺は両腕に力を入れてなるべく体重をかけまいと必死だってのに。
で、これからどうすればいいんだ?
頭の中はそれでいっぱいだった。とりあえず俺が今まで見たAVを(……)参考にすると、まずは……。手を動かし、服の上から無一郎の胸を触る。乳首らしきところを指がかすめただけで無一郎はビクンと反応を返した。
「っ、兄さん、いきなり? ふふ強引だね」
「あ?」
なんかしくじったか? どっと汗が流れ落ちる。
「まだ脱いでもいないのに、それとも着たままが好きなのかな」
「……」
そういえばそうだった。テンパり過ぎて何やってるのか自分でもわからない。俺は急いで体を起こし、上を脱いだ。冬の冷たい空気にさらされて肌があわだった。無一郎は楽しそうに微笑んだままこちらを見ている。
「ねえ兄さん、脱がせて」
「わかってるよ」
主導権を握られているのが悔しい。あらためてスーツ姿の無一郎を眺める。しわになるといけないよな、ジャケットはそこの壁にかけて……。
「ふふ」
「なんだよ」
「兄さん、いま服の心配してたね」
「あ゛? そ、そうだよ。おまえがそんないいの着てるんだから仕方ないだろ!」
「そんなのどうでもいいから僕だけを見て」
無一郎が俺の背に腕を回し抱き寄せる。ふわりとぬくもりが俺を包みこんだ。
「兄さん、キス、しよ」
「あ、ああ」
俺は無一郎に顔を近づけ、そのまま長い時間がたった。無一郎がだんだん「まだ?」といぶかしんでいるのがわかる。わかるんだが、自分と同じ顔へキスをするのはハードルが高い。二言はないだの大見得切っておいてこの体たらく、我ながら情けない。そもそもキスってどのレベルをお望みなんだ無一郎は。やっぱりあれか、舌入れてじゅぶじゅぶやるやつか? うえええええ、待て待て、どうすればいいんだよ。俺には経験がないんだ。それこそ、そうだよ、幼稚園の時おまえにキスした時以来だよ……。
無一郎が薄目を開けた。
「兄さん、もしかして初めてなの?」
「ああ、そうだよ! 何もかも初めてだよ!」
「うれしい……僕が兄さんの初めての人になれるなんて」
無一郎は俺と片手を合わせ恋人つなぎをした。熱い。はだけた第一ボタンの下から見える白い肌が上気しているのがわかる。
「じゃあ練習からしようか。最初は僕からするから、兄さんは目を閉じて」
言われたとおりにすると、頭を引き寄せられた。
ふにり、柔らかい感触が唇に。そしてすぐに離れた。思わず瞼を開けると、視界が滲むほどの至近距離に無一郎がいた。
「もう一度、同じように、兄さんから」
囁くその声へ誘われて俺は顔を寄せ……鼻がぶつかった。
「ぷっ」
「ふふふ」
ひたいをくっつけて笑いあう。なつかしくて温かい、子どもの頃に戻ったみたいだ。そういえば俺達けっこうベタベタしてたよな。そうか、あの頃から、無一郎は俺のことを。言われたことがようやくすとんと胸に落ちた。答えなくちゃいけないだろう、俺も、兄じゃなくて、有一郎として。
少し首を傾け、今度こそ唇に触れる。押し付けるだけのキスだったのに、何とも言えず心が満たされた。
「兄さん、次は力を抜いて、唇をもっと柔らかく……」
「ん」
無一郎に主導権を取られるのも、もう気にならない。そうすることで無一郎が気持ちよくなれるなら、それこそ男冥利に尽きるってもんだろう。
口付けはだんだん深くなっていった。唇をなめあい、吐息を飲み込み、歯列をなぞり、唾液を絡み合わせる。ふしぎと無一郎の口内は甘かった。気が付けば俺は獣が水場をあさるように無一郎の口内を蹂躙していた。さすがに呼吸が続かず、いったん離れると唇の間に銀糸がつながり、ぷつんと途切れた。
「兄さんがっつきすぎだよ。かわいいね」
頬を染めた無一郎がくすぐったげに笑う。
「うれしいな。こんなに求めてもらえるなんて……」
無一郎が俺の手を取り、頬へあてる。満足したように瞳を閉じるものだから、俺は少しあわてた。
「無一郎」
「なぁに兄さ、あ……」
俺の股間のあたりに目をやった無一郎が納得したように手を放す。
「兄さんが不慣れだから少しずつと思ってたけど、最後までしちゃう?」
俺は無言でうなずいた。頬が熱い。たぶん耳まで真っ赤になっている。
「次はどうすればいい、無一郎」
「そうだね……」
無一郎が半身を起こした。つられて俺も背筋が伸びる。無一郎はそのままジャケットを脱ぎ、ワイシャツのボタンをはずしはじめた。しだいにさらけだされていく無一郎の肌、間近で見るなんて何年ぶりだろう。桜色に染まった肌に触れたいと思った。シャツを脱ぎ捨てた無一郎を抱きしめる。なつかしいやさしい香りがした。
「兄さん、僕ね、さみしかったよ」
「俺もだ、無一郎」
こわばっていた心がほぐれてするすると言葉が出ていく。あ、そうだ。愛撫、愛撫をしないと。またわたわたし始めた俺に、無一郎はくすりと笑った。
「兄さん、今度はいろんな場所にキスして」
「どこらへんに?」
「兄さんがしたいと思った場所でいいけど、そうだね、まずは首筋が定番かな」
「わかった」
俺は目を閉じて無一郎の首筋を食んだ。薄い肌の下に筋肉の感触がある。たしかな存在感に酔い、俺は深く何度も無一郎の首筋へ口付けた。気が付くと強く吸っていたのか、無一郎の首はあちこちに花弁が舞っていた。
「悪い、痕付けちまった」
「いいよ、兄さんだもの。他の人なら許さないけれど」
それを聞いた途端、後ろ暗い感情が俺の背筋を駆け上がり脳に達した。そうだ、無一郎は数えきれないくらいの相手と寝てきたんだ。俺の知らない顔を、俺の知らないやつに見せてきたんだ。嫉妬が津波のように俺を襲った。頭が痛い、胸が焼ける。
「おまえさ」
「うん」
「今夜の事が終わったら、また元の生活に戻るのか?」
無一郎はゆっくりとかぶりを振った。
「兄さんさえよければ、ずっと一緒に居たい」
そしてまっすぐに俺を見つめた。
「兄さん、好きです。僕とつきあってください」
甘い、甘い感情が弾けた。つかのまの嫉妬は潮が引くように消え、代わりに胸を満たしたのは喜び。
「お、おまえがそういうなら、つきあってやらんこともない」
いつもの天邪鬼が顔を出し、俺はむすりと顔をゆがめた。本日二回目の赤面はしかし、ごまかしきれなかったようだ。
「兄さんかわいい」
無一郎が指先で俺の頬をつつく。
「かわいいのはおまえだ!」
勢いよく無一郎を布団へ押し倒し、深く交わりあうようなキスをした。無一郎とのキスは気持ちいい。そんなごく当たり前のことが、体へ染みこんでいく。それからもう一度首筋を甘噛し、ゆっくりと下がっていく。鎖骨のくぼみを舐め、意外に鍛えてある体を堪能する。肌の奥の肋骨の感触を確かめると、無一郎がくすぐったそうに身じろぎした。胸の突端にたどりついた俺は、しばらくそれを眺めていた。きれいな桃色だ。ろくに触ってもいないのに、ツンと上を向いている。息を吹きかけると無一郎はぴくりとふるえた。
「ん、兄さん、じらしちゃ、やあ……」
リクエストにはお答えせねばなるまい。俺はおもいきって桃色をぱくりと口に含んだ。
「んあっ、兄さん、いい、舌で、押しつぶすみたいにこね……ああっ!」
ちろちろと舌先で舐めているだけにもかかわらず無一郎の体は跳ねるように揺れた。言われたとおりにしたらどうなるんだろう。好奇心が俺を突き動かし、舌先で乳首を弄んだ。そのたびに無一郎は体を俺に擦り付け、大きくふるえた。
「こっちも、こっちも、ね?」
空いた手を持ち上げられ、もう片方の胸飾りに触れさせられる。俺はそれを爪の先でひっかいてやった。たまに優しく撫で、きゅっとつまみあげる。
「……ああっ! 兄さん、あ、あ、ほんとに、ん、初め、て?」
「初めてだよ。だけどだんだんわかってきた、おまえのイイところ」
俺は唇を離し、両手で無一郎の乳首をねじりあげた。
「乱暴にされるのが好きなんだろう、おまえ」
「んああっ!」
無一郎が否定するように頭を振る。そのたびに長い髪が枕を打つささやかな音が聞こえた。
「……もっとお、兄さぁん」
とろけきった顔が俺の嗜虐心に火をつけた。執拗に胸を愛撫し、無一郎の反応を愉しむ。
「あっ、にいさ、あ、ん、はっ、なんか変、変だよ僕、こんなの、初め、て……兄さん、兄さん!」
何かを怖がるように無一郎が俺に抱きついてくる。
「変なの、僕、いつもと違う、ん、ああっ、やめて、もうやめて、お願い兄さん、やめ……っ!」
高い声をあげた無一郎の全身が硬くなった。その後一気に弛緩する。
「あ……は……あ……」
「無一郎、大丈夫か?」
「ん、だいじょ……ぶ、まさか、胸で、イクなん、て……」
視線を下げスラックスを脱がすと、下着は白濁でべとべとだった。ついでなのですべて脱がせ、自分も下を脱ぐ。生まれたままの姿で抱き合うと、それだけで無一郎はふるりと反応した。
「にいさ、変なんだ、僕……なんだか……全身が、性感帯になったみたい……」
「というと?」
「ふあっ!」
わき腹に手を滑らせると、無一郎は反り返った。
「どういうことなのかな。俺さ、初めてでさっぱりわからないから教えてくれよ無一郎」
「……わかってるくせにぃ」
無一郎はうらめしげな視線を俺に送るが、嫌がるそぶりは見せなかった。
「兄さんの触るところ全部が感じるんだ……もっと触って……有一郎」
小さくうなずき、俺は無一郎の乳首を舐め転がしながら、片手を下腹で遊ばせた。さっきの余韻でべとついているが、嫌悪感はなかった。むしろ無一郎が俺の拙い愛撫で感じてくれた事実が刻まれているようでうれしかった。甘い喘ぎを聞きながら、そこからさらに太ももへ手を伸ばす。内側を撫であげると、無一郎は恥ずかしそうに片腕で目元を覆った。
「隠すなよ、見えないだろ」
「だって……」
「見たいんだよ。見せてくれよ、無一郎」
無一郎はかすかにうなずきを返すと、腕を下ろした。何をしてもその薄くきれいな唇から喘ぎが漏れる。無一郎は時に苦しげに、時に溶けたように表情を変えて俺に応えた。そんな無一郎が愛しくないはずがない。俺はついに無一郎の中心にたどり着いた。さっき吐き出したばかりだというのに、にぎりこむとギリギリまで勃起しているのがわかる。これはきついだろうな。優しく包み、ゆっくりとすりあげるだけで無一郎は高い嬌声をあげた。
「兄さん……! そこ、あっ、いいよぅ、気持ちいい、気持ちいいよ、兄さん兄さん!」
「どんな感じだ?」
「なんか、体中に、電流みたいなのが走って、ふあ、あ、兄さんじらさないで、お願い」
「まだおあずけ」
そう言って俺は無一郎の頬をつまむようにキスをした。欲に駆られて何度も射精させるのは無一郎の負担になる。俺がセーブしてやらないと。なんて考えている俺を無一郎がねだるように見つめてくる。じっと。ああ、この目には弱い。兄弟げんかの最後はいつも、結局おまえの勝ちだったな。
「次はどうしてほしい?」
「意地悪ぅ……」
無一郎は腰を浮かせ、俺に擦り付けてきた。
「兄さんが欲しい、奥まで来て、むちゃくちゃにして」
「よく言えました。えらいえらい」
頭を撫でてやると無一郎はふにゃりと体の力を抜いて俺に寄りかかってきた。その隙をついて無一郎の後孔へ手を伸ばす。秘所へ触れると無一郎の体がこわばったが、嫌がってはいない。むしろうれしそうだった。
「兄さん、指、入れて、大丈夫だから」
「ん、わかった」
俺は慎重に人差し指を滑りこませた。思ったほど抵抗はなく、俺の指はぬるりと中へ飲み込まれた。
「兄さ、もうちょっと奥の、ん、そこ、そ、そこ! んはっ、あっ、んああっ」
中にあるこりこりした部分を押しつぶすように愛撫してやると、そのたびに無一郎はあられもない声をあげた。よだれがつうと口の端からもれ、布団に染みを作る。
「なるほど、ここがおまえのイイところなんだな、無一郎」
「あっ、はああ、…ん、ん、兄さん、そこばっかり、ずるい、あ、あ、来る、おなかの奥におっきいの来る、僕、男なのに…来ちゃいけないのが来るぅ……!」
気が付くと無一郎は自分で自分の乳首をいじっていた。加勢とばかりに腹へ舌を這わせてやると悲鳴じみた声があがった。前の根元をぎゅっと握りしめ、後ろを容赦なく責め上げる。
「あ、あ、兄さん、兄さ、ぁ、ん!」
限界が近いのか無一郎はぎゅっと俺の頭へ抱き着いた。呼吸が苦しかったがそれには耐え、後ろの指を増やして無一郎のイイところを何度も深く愛撫した。
「お、あ、兄さ、もう…ダメ…あ、イクッ、イクッ、兄さんに愛されて、兄さんの手で……!」
無一郎の全身に力が入る。ギリギリと締め上げられて俺は窒息するかと思った。
「あ……あ…うあ…あ……こんな、こんな、あう……初めて……」
体から力を抜いた無一郎は布団へ横たわった。ひくりひくりと小刻みに震えながら。俺は無一郎をうつぶせにし、形のいい尻を持ち上げた。頂点を迎えたばかりの後孔は、よだれをたらしてさえいる。俺はそこへ自分の中心をあてがった。無一郎がぎょっとしてふりかえる。
「待って兄さん、まだイイの終わってない……!」
「むちゃくちゃにしてほしいんだろ?」
余裕ぶったセリフを吐いたが俺自身が既に限界だった。加減せず根元まで一気に突き入れる。無一郎が声にならない悲鳴をあげた。中は熱く蜜を塗り込んだようにぬめる。比較しようにも経験がないからよくわからないが、めちゃくちゃ気持ちいい。無一郎の体はねだるように締めあげてきた。腰を揺らしてやると無一郎は涙をこぼして懇願してきた。
「いやっ、兄さん、いやだよ、イクの止まらないよ! …僕…僕へんになっちゃう、許して、ねえ許して!」
「だめだ」
「ああっ、あっ…あっ…あああっ! はあ、無理、イキっぱなし、で、あああ…兄さん…にいさ、あっ! 許して!」
激しく腰を振ると、言葉とは裏腹に無一郎の体は俺を迎え入れた。突き入れれば広がり、抜けばきつく絞めつけてくる。俺を煽る淫蕩な体。何人もの相手に抱かれて汚れて……いや、きっと磨かれてきた体。なんとしても無一郎の腹に俺をぶちまけたい。俺のものだと所有を刻みつけたい。無意識にくいしばっていた歯の合間から唾がこぼれ、無一郎の背にぱたりと円を描いた。
「にい、さ、おねが、もうむり……むりぃ……」
無一郎の声がかすれてきた。頂点が近いのか、それとも通り越して極楽でも見ているのか。
「俺がイクまで我慢な」
言い捨ててやると鞭打たれたように無一郎は反った。ついでに締りもよくなる。
「エロい体だなあ無一郎は。そうだよな、毎晩こんな気持ちいい事してきたんだもんな」
「ごめ、ごめんなさ、お、あ、にいさ……」
「女だけじゃないんだろ? 何人咥えこんだ?」
「お、ぼえて、な…い…」
「だめだろ、天才棋士サマがそんな体たらくじゃ」
音が立つほど尻を叩いてやると無一郎は陽物から透明な液体をまき散らしながら切羽詰まった喘ぎをあげた。
「お、絞めつけた。尻叩かれて感じてるのか。本当に変態だな」
「は、はい…無一郎は、叩かれて興奮するマゾ豚です…。ごめんなさい、こんな弟でごめんなさい兄さん……」
「ド淫乱でMで自分の事豚呼ばわりする弟かー、ちょーっと引くよなあー」
言葉にしたとたん、無一郎は真っ青な顔でこちらを再度振り返った。
「待って、お願い兄さん、嫌いにならないで!」
あまりの剣幕に俺は笑いを誘われてしまった。乱れてしまった無一郎の頭をくしゃくしゃと撫でる。
「俺がお前を嫌いになるわけないだろ」
「兄さん……」
「ほら力抜けよ。俺ももう少しだから。選ばせてやる、中がいい? 外がいい?」
「ん……中、中がいい、中に出して」
俺は無一郎の耳朶を軽くかむと、獣のような体位でつがった。繋がったまま動いたせいで結合部がぐちゅりと鳴り、中を大きくかき回す。それだけで無一郎は軽く達した。
「お、おあっ…んぅ…にいさ、ん、すごい、すごいのぉ……」
焦点の合ってない瞳で宙を見つめる無一郎は快楽の虜になっている。そうさせているのが俺だという事実にゾクゾクした。ぬめついた肉の感触。浅ましいほど貪欲に締め上げてくる孔。既に追い詰められていた俺はすぐに高みへ手をかけた。
「んっ、出る。無一郎の中に、全部っ」
「ああ兄さん! 兄さん早くぅ! いっしょ、ね? いっしょにイクからあ!」
「んっ……!」
ひときわ強く突き入れると、先端から大量にあふれだす感触がした。同時に想像も絶する悦楽が体を走り抜けた。それは波のように二度、三度、襲っては返し、俺の全身を内側から焼きつくした。射精する、それだけのことが、無一郎相手だとこんなにも抗いがたい快感になるなんて。生理的にきつく閉じていた目をようやっと開き、肩で息をしながら後ろから無一郎を抱きしめる。
「無一郎、おつかれさん」
「ぅ…ぁ…あぁ……ん……うぅ……」
「おい、だいじょうぶか?」
顔を覗き込むと、無一郎はまだ快楽の淵をさまよっていた。汗と涙とよだれでぐしゃぐしゃになった顏はぼんやりしたままで、俺は不安に駆られその頬を軽く叩いた。
「ん、んん、あっ。……ぅあああ、ぁ……」
それすら快感になるらしく、無一郎はふるふると震えている。とりあえず汗でびっしょりだから水でも飲ませよう。俺は無一郎の中から己を引き抜いた。
「んあああっ!」
枕にしがみついて大声をあげた無一郎が脱力し布団に埋もれる。
「無一郎、だいじょうぶか? 聞こえているなら返事をしろ」
「……うぇ、あ、あ、きもちい゛…むり…」
「悪かった、やり過ぎた。そのまま休んでろ」
あわてて無一郎に毛布をかぶせ、台所で水をくんでくる。やっちまった。いろいろとしでかしちまったが、今はとにかく無一郎の体が一番だ。布団へ戻ると無一郎は寝ぼけたようなまなざしで俺を見つめた。
「……すごかった」
独り言みたいに呟く。
「体が、兄さんでいっぱいになって、幸せで、どうしようもなくなって、ちょっと暴走しちゃったかも……」
「理性吹っ飛んでたのは俺も同じだ。ほら、水。飲めるか?」
「……飲ませて?」
俺はうなずくと無一郎の肩を抱き、口元にコップをあてがう。けれど無一郎は切なそうな瞳でゆるく首を横に振った。
「そうじゃなくて……」
言わんとしてるところを察し、俺は自分の頭をガシガシかいた。
「すまん、無一郎。さすがに今はダメだ」
「どうして」
「おっぱじめる前におまえのことをそういう目で見れないと言ったよな」
「うん」
「あれ嘘ついた。もうおまえのことをそう言う目でしか見れなくなってる」
無一郎の顔が朱で染めたように赤くなった。
「我ながらチョロいと思うし、できたらもう一戦交えたいけど、これ以上おまえに負担をかけたくないのも本当だ。今夜はこれで終わりにしよう。……明日もあるんだろう?」
「……うん」
無一郎は頬を染めたままにっこり笑った。
「僕たち、つきあってるんだもの」
「じゃあ恋人の俺からお願いだ。大人しく水を飲んで寝ろ」
「はい」
コップの半分を空にした無一郎は小さくあくびをした。
「あのね、兄さん……僕ね、本当に、本当にいろんな人と寝たよ。だけど、こんなに満たされるのは初めてだ」
「そうか」
「兄さんとの距離が離れたのが悲しくて悔しくて、八つ当たりの自暴自棄だったけれど。もう一度キスしたくて、唇だけは守ってきた」
「……」
「兄さん、キスして。この夜が嘘じゃないって証明してみせて。僕を安心させてよ。そしたら約束通り寝るから」
「ああ、わかったわかった」
俺は無一郎と唇を触れ合わせた。やわらかい、やさしいキス。だけど何度もくりかえしているうちに息が上がってきて……。
「……寝るんじゃなかったのか」
「……だって兄さん、キス上手いし」
それにほら、と無一郎は邪気のない笑みを見せた。
「なんでも言う事を聞くとは言ったけれど、一回だけとは言わなかったよね?」
ドヤ顔の無一郎に軽く頭突きをくらわして、布団の中へ押しこんだ。
「おまえ、あんなに感じまくってまだ足りないのか」
「兄さんだったらいくらでも食べちゃう」
「はいはい、明日な。明日。祝勝会抜けてきたんだろう? フォロー考えとけよ」
そういえばそうだったとまばたきした無一郎は「まーいっか」とだけこぼした。それよりも今はこうしてふたり、肌をよせあっているのが心地よくて……。そのまま無一郎が俺の寮へ居座ったのは言うまでもない。