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SS~注ぐ雪ぐせがむ

「ねえ、知ってる? お酒って、飲むと温まるらしいよ」

キメ学 酒ネタ ちゅー

あまねさんのゆうむいSSをもとに作成させていただきました。ありがとうございます。

続き

 ぴんぽ~ん。
 こんな時間に大学寮のインターホンが鳴った。誰のせいかなんて考えるまでもない。
「こんばんは兄さん、冷えるね」
 扉を開けると予想通り、俺と同じ顔があった。双子の弟、無一郎だ。
「うー、寒い寒い。兄さんの所ならあったかいと思って来たのに」
「俺も今帰ってきたところだ。文句言うな」
「文句じゃなくて事実と願望だよ」
「いーや、いまのは文句だった。追い出すぞ」
 軽口をたたきあい、こたつに入る。独り用のこたつは俺達双子が使うには狭い。ラフな部屋着の俺の隣に、スーツ姿の無一郎が座る。ただでさえ狭いのにぴったりくっついて座られるので余計窮屈な思いをする羽目になる。だけど無一郎はそれすら楽しいのか、俺の隣は無一郎の定位置になっている。
「まずスーツを脱げ。俺ので良けりゃ着るもの貸してやるから」
「はーい。だけど部屋があったまってからでいい? 寒くってさ」
 たしかに笑えないほど底冷えする。ニュースをつけると強烈な寒波が云々と得意げに解説していたから、うんざりして電源を切った。
「冷えるってよ」
「うん、寒いね、兄さん」
 こたつに入ったままの無一郎が俺に体重をかけてきた。肩にことりと頭を乗せ、誘うようにつぶやく。
「ねえ、知ってる? お酒って、飲むと温まるらしいよ」
「アセトアルデヒドのせいだろ。血管の拡張作用がある二日酔いの元」
 俺は面倒になってみかんを剥きながらそう答えた。酒は好まない。人生楽しんでる無一郎と違い、俺には将棋がすべてだ。それすら弟と比べ自分が劣っていることを骨身にしみてわかっている、だから勝つには努力しかない。つまり酒なんぞ飲んで騒いでる暇はないのだ。
「ねえ、兄さん」
 ああ、うるさい――。当然のように横からみかんをさらっていく手を視線が追いかけ、無一郎と向き合った俺はごくりと唾を飲みこんだ。音が聞こえないほど冷えきった冬の夜、ろうそくのように熱を帯びた二つの瞳が揺らいでいる。
「たまには僕の酒に付き合ってよ」
 かすれた声が耳へ注がれる。そのままふっと耳朶へ息を吹きかけられ、体温が一度上がった気がした。
「わかった……」
 長い夜になりそうだ。
 無一郎はバッグを開けると一升瓶をとりだした。
「おまえ、最初からそのつもりでいやがったな」
「ふふっ、酔っぱらう兄さんが見てみたくて」
「うちにはぐい飲みなんかないぞ」
「大丈夫だよ」
 キッチンからマグカップをとってきた無一郎は、それへ酒を適量注ぎ、一口分口にした。濡れた唇が艶っぽい。そのまま無一郎は俺の首に腕を回し顔を近づけてきた。なるほどね、そういうことか……。抵抗はせず無一郎を迎え入れる。生ぬるい液体が少量、俺の口内へ注ぎ込まれた。
「どう? とっておきのを持ってきたんだけど」
「アルコール臭い」
「兄さんてほんとに慣れてないんだね。なら少しずつね」
 無一郎は重ねた唇の合間をゆっくりと舌でこじ開け、俺へ酒を注ぎつづけた。何度も唇が繋がり、舌が絡み合って銀の糸が垂れる。久しぶりに味わった酒はそんなに悪いものじゃなかった。無一郎のぬくもりのせいだろうか。熱燗というかぬる燗。ゆるゆると理性を溶かしていく液体は、弟自身の唾液のほうだ。
「……ぷはあ」
 顔を真っ赤にした無一郎が深呼吸をした。
「無一郎、もしかして酔ってるのか?」
「酔ってない……」
 酔ってないもんと言いながらジャケットを脱ぐ。ああもう、その辺にちらかしやがって。しわになるぞ。俺がジャケットを壁にかけるために立ち上がろうとした途端、無一郎は子どものようにすがりついてきた。
「やだ、兄さん。いっちゃやだ」
「上着をハンガーにかけるだけだって」
「僕だけ見て」
 お? 思ったより重症だなこいつは。さみしがり屋の無一郎の為に仕方なく座りなおす。目はトロンと濡れ、唇は半開き、頬は真っ赤。まちがいなく酔っている。くりかえした口付けのせいだろうか、それとも酒精の影響か、唇が紅を引いたようだ。
「絶対に兄さんを酔い潰してやるんだからっ」
 マグカップの中身を一気に飲み干した無一郎は、勢いよく俺へ抱き着いてきた。これまでとは比べ物にならない量が俺の口へ流れこんでくる。床へ押し倒されたままどうにか飲みこんだ俺に、無一郎は不機嫌を隠しもせず言った。
「兄さんはいつもお高くとまってむかつくんだよ」
「ああ、はいはい。俺もおまえの奔放さには手を焼かされてるよ」
「そういうところが腹立つの! 僕を下に見て!」
「弟なんだからそう見てしまうんだよ」
「何それ、お酒は僕の方が強いんだから!」
 ふらふらしながら言っても説得力がない。というか、大声出すとさらに回るぞ。まったくしかたない。ゆっくりと半身を起こし、俺は一升瓶を傾け、マグカップへドボドボと酒を注ぐ。それを煽り、無一郎の顎を取る。ゆっくりと唇を重ね、少しずつ口内のものを飲ませていく。
「ふにゃ……」
 無一郎はずるずると傾き、俺の胸の中へ倒れ込んだ。つぶれてしまった弟を見てようやく気づいた。
(そうか、俺は意外と強いんだな)
 幼子のように眠る無一郎の顔を覗き込んで、俺は唇の端を上げた。
「……にしても冷えるな」
 いまさらのように暖房をつけ、タイマーをセットし、無一郎を脱がして布団へねじこむ。
「兄さぁん」
 寝言でまで俺を呼んでる。俺はその髪をすくように頭をなでてやった。
「おやすみ無一郎」
 さて、こいつをからかうネタが増えた、うれしくないはずがない。今日のことをどう使ってやろう。ニヤニヤしながらマグカップに残る酒を口にする。勝利の美酒の味がした。