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SS~明けても暮れても

「合鍵くれたの兄さんじゃない」

風呂の日に寄せてぬるいソープごっこ。キメ学時空。

続き

 疲れて帰ってきたら、まずは風呂。俺はそう決めている。勝負事や世間のわずらわしさを洗い落とし、風呂でのんびりするのは気分もいいし体にもいい。俺はプロの付く棋士なうえに一人暮らしだから、なるべく規則正しい生活を送るようにしている。土日も朝寝坊なんてしないし、夜ふかしも友だちが来たとき以外はしない。日付が変わる前には寝ることにしているし、運動も欠かさない。頭を使うにはまず体の健康から。土台ができてなくては勝負はできない。
 そんなわけでキメツ大学の学生寮へ戻ってきた俺は、カバンを片付けると風呂場へ直行した。が、おかしい。明かりがついている。すりガラスの向こうの人影を見て直感した。
「こら無一郎、また俺の部屋へ勝手に入って!」
「合鍵くれたの兄さんじゃない」
 それは、そうだが! 正直後悔している……。この弟、俺の生活リズムを乱すことに関しては天才的だ。それ以外でも天才なんだけどな。弟は俺の地味な努力なんかひょいと飛び越して別次元の高みへ登ってみせる。そんな無一郎が羨ましいし、妬ましい。同じ双子に生まれたのに、天賦の才だけは弟だけが授かった。運がいいとか悪いとか、今さら言い出してもきりがない。俺は俺にできることをやるだけだ。
 とりあえず風呂から無一郎をどかせようと、俺は扉を開けた。とたん……。
 ばっしゃあーん。
 洗面器いっぱいの湯が俺へぶっかけられた。
「あははは、兄さんずぶ濡れ」
 湯船の中で無一郎がけらけら笑っている。
「おーまーえーなー!」
「ねえねえ、そんなになっちゃったらもうお風呂に入るしかないよね。一緒に入ろうよ、背中流してあげるからさ」
 無一郎は悪気のかけらもない笑みを俺に向けた。実際ないんだろう。そういうやつだ。うん、知ってる。俺はしぶしぶ服を脱ぎ、腰にタオルを巻いて浴室へ入った。
「えー、なんでそんな格好してるの」
「俺にも一応恥というものがな……」
 ため息を付きながら風呂場の椅子に座る。すると無一郎が湯船から出てきた。全裸だ。隠せよな。同じ男なのに無一郎の体がまともに見れないのは……俺たちが恋人同士だからだ。長い回り道を経て、俺達は結ばれた。それまで俺は、てっきり無一郎は女好きのタラシだと思い込んでいたんだが、それは俺への想いが通じないことへの鬱憤ばらしだったそうだ。まあ無一郎に群がる女達も、若手天才プロ棋士という肩書目当てだったから、どっこいどっこいというところか。
 無一郎は俺の後ろへ回った。宣言どおり背中を流してくれるらしい。泡立てたタオルが俺の背に当てられる。しゃわしゃわと音をたてながら無一郎はそれを動かした。悔しいが心地いい。
「ふふ、兄さんと一緒のおふろなんて中学校ぶりかな」
「その頃はこんな狡いことするガキじゃなかったよな、おまえ」
「そう? あの頃から僕はこんなこともしたかったよ?」
 言うなり無一郎は泡だらけになった俺の背中へピッタリと抱きついた。そのままなめらかな肌へ泡をまとわせたままゆっくりと上下する。ぷくりとした感触は乳首だろうか。それに思い当たった途端、かっと顔面が熱くなった。無一郎が俺へ囁きかける。
「どう、兄さん、気持ちいい?」
「……あのな」
「気持ちいい?」
「……悪くない」
「素直でよろしい」
 湯船からあがったばかりの無一郎の肌は温かく、シミひとつない体がぬるりと俺の背を這い回る。空いた手でさりげなく弟は俺の腕や脇を洗っていく。なんだか背中側から無一郎に包まれているようで心地いい。疲れもあって頭がぼんやりしてきた。
「兄さんおとなしいね」
「眠い」
「そう? なら早めに終わらせるよ」
 無一郎はちゅっと音を立てて俺の首筋にキスした。俺はその部分を抑え、無一郎を振り返る。
「おい、痕つけたな」
「少しだけね。明日の朝には消えてるよ」
 加減はわかってるよと無一郎は微笑んだ。そう余裕綽々な態度を取られると、兄としては腹立たしい。が、恋人としての俺は無一郎の透明なくらい淫蕩な笑みに心惹かれていた。体の中心が反応するのがわかる。いつもそうだ。おまえといると感情の整理がつかなくなる。理性がでしゃばって、素直になれない。いっそ兄弟でなければとも何度も考えた。けれど、双子だったからこそ俺たちはきっと出会えた。
「同じキスするならこっちにくれ」
 無一郎の首に腕を回し、唇を重ねる。
「ん」
 唇を割り、無一郎の舌が入ってくる。執拗に歯列をなぞりあげられ、息があがってきた。
「ぷは。ふふ、お口の中も洗っておこうね、兄さん」
「そこまで頼んでな……お、おい、前くらい自分でできる」
「大丈夫大丈夫、僕に全部任せて、ね?」
 するりと前へ回ってきた無一郎が俺の首に両腕をかけ、再度唇を重ねる。そしてそのまま体を寄せて張り付く。ぬるぬるした弟の肌の感触が前面いっぱいに。下腹部で天を向いていた俺自身も巻き添えにして。
 口づけはまだ続いている。快いが、じれったくなってきた。早く無一郎に動いてほしい。ぬるつく肌へなすりつけてこの衝動を解放したい。
「ほんとはマットがあると便利なんだけどね。椅子もこういうのじゃなくて専用のやつ」
 こっちの気持ちも知らずに無一郎はのほほんと言う。だいたい一人用の間取りなんだから男二人が入ってるだけで窮屈だ。マットなんぞ敷いてるスペースはない。それよりも。
「……おまえ、そういうところへ遊びに行ってたのか」
「付き合いで何回かね。そういうのをおごるのを男の器量だと勘違いしてる先輩がたは意外といるんだよ」
 涼しい顔でそう行ってのけた無一郎は俺へ立つように促すと、風呂の壁に俺を押し付け胸の突端を重ねあわせた。
「んっ」
「ふあ、これいいね。頭とろんってなる」
 無一郎が体をゆするたびに胸が刺激され、俺は声を抑えきれず顔を歪めた。
「……ん、んん…ん…」
「兄さんたら、がまんしなくてもいいのに。むしろ感じてくれる兄さんは歓迎だな。僕も手応えを感じるし」
「おまえ、俺を抱きたいのか?」
「ううん、逆。兄さんに愛されるほうが圧倒的に気持ちいいし、脳内麻薬出る」
 よくわからん性癖だ。それとも俺の頭が硬いのか? だけどまあ経験は無一郎のほうが上だし、本当のことを言うとあれこれされるのも嫌いじゃない。とはいえやられっぱなしというのもやっぱり癪だから……。
「俺もおまえを洗ってやるよ無一郎」
 弟の腰をぐっと引き寄せた。すりつけあった性器はすでに先走りが溢れ、固く直立し、ぬとついていた。
「あっ、兄さん」
「なんだもう準備万端じゃないか」
「兄さんだって、こんなになってるくせに、あぅ」
「ん、ほら無一郎、もっと密着して、んく」
「ふああ、あ、あう、ん」
 緩急をつけて体を触れ合わせる。まるで全身が性感帯になったかのようだ。全身を泡だらけにしながら俺たちは鼻にかかった甘い声を上げた。とろとろとあふれていく蜜が裏筋の滑りを良くし快楽を拾い上げる。
「兄さん、お願いもう来て、たまらないよぅ」
 無一郎の濡れた瞳が俺を映した。俺は弟の片足を持ち上げ、つま先立ちになった無一郎の秘所へ触れた。
「ここも、ん…、洗ってやらないと、な」
「前戯なんていいからあ、もう、ね?」
「そう言われると……意地悪したくなる」
 無一郎の背でするりと指を滑らせ、泡を集めた俺はその指を秘所へねじこんだ。考えたとおり指はかんたんに飲みこまれた。
「あっ!」
「すごいなぁ、いきなり二本入ったぞ。それも根本まで」
「ん、んあ、はあっ、兄さん!」
「三本に増やす?」
「ばかあ……」
 もっと太いのちょうだい。無一郎は言外にそう言ってきた。俺は気づかないふりをして指を増やし、無一郎のイイところをこりこりといじくりまわした。
「んあぅ、ひゃ、はあっ、あ、お、あうっ」
 強く揉み込むたびに無一郎の体が揺れ、先端からとろっとした汁が溢れてくる。
「兄さん、にいさ、あ……いい、いいの、んんっ」
 俺の首にしがみついたまま、弟は泡だらけになるのもかまわず俺の胸へ顔をすりつけてくる。
「風呂でやるのも、いいものだな」
「ふえ?」
「後始末がかんたんだし」
 そう言うと俺は空いた手で無一郎の中心を強く握りしめた。限界まで張り詰めているのがわかる。俺はそれを急かすようにすりあげた。
「前でいくか、後ろでいくか、どっちが早い?」
「な、は、はああっ! どっちもするのダメッ、だめったらぁ!」
 無一郎は腰砕けになり、立っているのもやっとだ。さっきまで俺の体を好き放題してくれた面影はもうどこにもない。征服欲がくすぐられ、俺は喉を鳴らして笑った。
「ん、うん、も、ムリ、ムリぃ!」
 無一郎がしがみつく腕に力を込めた。そして下腹部をギリギリまで密着させる。どくりと弾ける感触と、後ろに突っ込んだ指がちぎれんばかりに締め付けられるのは同時だった。とてつもない快感が無一郎の中を暴れまわっているのが、表情を見ればわかった。内股でぷるぷるしてる様子が生まれたての子鹿を思い起こさせて笑いを誘った。
「ここで終わりにするか?」
「や……まだ……兄さん、いってない……」
「息も絶え絶えなくせに何言ってやがる」
「ダメ……僕ばかり……気持ちいいの」
 無一郎は頑固だ。言い出したら聞かない。知ってる。そのうえ俺の体にまで気を回してくれた。それがうれしくて俺は無一郎の額へキスを落とした。とはいえくったりと人形のようになってしまった弟を貪るのも気が引ける。どうにか弟に負担の少ない方法……あ、あった。
「無一郎、うつぶせで湯船に体を預けて、そうそう。それから膝を交差させて、うん、それでいい」
 弟の腰を抱き上げた俺は、いつもの場所の代わりに股ぐらの隙間へ自身を押し込んだ。すべすべの肌に泡がまとわりついて悪くない感触だ。さっき出したばかりの無一郎自身を刺激するのも楽しい。
「ん、素股? じゃ、もうすこし締め付けておくね……」
 無一郎は荒い息を付きながらこちらの意図を察し体を動かす。きゅっと締め付けがきつくなった。泡と体液とが入り交じるそこは、日ごろ味わう秘所とはまた違った良さがあり……。
「あ、兄さんのがこすれて、また勃っちゃうよぅ」
 弟が体をくねらせる。その動きがまた刺激になり、俺は小さくうめいた。
「兄さん気持ちいいの? うれしい……」
 無一郎はまたあの淫蕩な笑みを浮かべ、自分も腰を降り出した。まるで本当に繋がってるみたいだ。かわいい無一郎。誰にも渡さない。渡したくない。
「は、はあ、ん、くう……」
「んあっ、ふ、あ、あぁ……」
 ふたりで高みへ登っていく。無一郎は自分のものへ片手をやり、俺を導いてさらなる快感を得ようとしている。すりあわせる感触に無一郎の手のぬくもりが加わり、背筋がぞくぞくする。
「にいさ、あ、もうちょっと、もうちょっとだけ!」
「ん、付き合ってやるから……」
 いますぐにも出したい、そんな欲を抑え込み、俺は無一郎自身への愛撫に専念した。
「あ、あ、すごいの来る……二回目なのにぃ。熱い、熱いよぅ」
 ガチガチになった無一郎の中心はさらに熱を溜め込んでいる。背中越しに鼓動を感じながら、俺は無一郎を強く抱きしめた。それが合図であったかのように無一郎が勢いよく吐き出す。俺も動きを合わせ頂点を迎えた。
 俺は立ち上がるとシャワーの栓をひねった。二人分の精液が混じり合い、排水溝へと流れていく。
「あ……あう……」
 いまだ快楽の淵にいる無一郎には刺激が強すぎたようだ。とりあえず自分と無一郎の全身を洗い流し、シャワーを止めて湯船へざんぶと沈み込んだ。シングル用の湯船へ男ふたりで入ったもんだから狭いったらありゃしない。俺は無一郎を背中から抱きしめ、様子をうかがう。
 無一郎は寝ていた。安らかで幼すぎるほどの寝顔だった。頬ずりをしてやると幸せそうな声が弟の唇から漏れた。男がそんなに無防備でどうするんだ。それとも俺の前だけなのか。もしそうだったら……うれしい。
 弟の寝顔を見ていると、俺まで眠くなってきた。今頃になって疲れがのしかかる。このまま風呂で溺れるなんてシャレにならないから、髪を乾かすのもそこそこに無一郎を布団ヘ寝かした。そのとなりへ身を寄せ、弟の耳元へ顔を寄せる。
「無一郎、俺はおまえが居てくれて幸せだよ」
「当然だよね」
 げっ、起きてやがった。俺の眼前には勝ち誇った笑みの無一郎が。
「兄さん抱っこして」
「へいへい」
「僕もねえ、兄さんがいてくれて……」
 しあわせ。その言葉は寝息で上書きされた。再び眠りに落ちた無一郎が腹立たしいほどかわいすぎて、その長い髪をくしゃくしゃとかき乱した。乱暴にキスをすると、俺もまた眠りの世界へ旅立った。

 ちゅぱ。ちゅ、ちゅうう。
 夢を見ていた。ぬかるみに浸かったように体は動かず、それでいて甘い快楽が背筋を昇ってくる。誰かが俺の体を弄んでいる。ふっと意識が戻ると、俺のものをくわえた無一郎とばっちり目があった。
「兄さん、おはよう。あと少しだったのに」
 にこにこと無邪気におそろしいことを言いやがる弟は、俺のものへ舌先を這わせた。あの夢の原因はこいつか!
「ここまで来たら後には引けないよね。最後までさせてね兄さん」
「それはおまえのほうだろ!」
「じゃあトイレに駆け込むのと僕の口へ出すのとどっちがいい?」
 究極の選択を突きつけられ、俺は苦虫を噛み潰した。たぶん、いや間違いなく口だけじゃ終わらない。無一郎は昨日一つになれなかったことをひそかに残念に思ってる。なんとなくわかる。双子だから。俺もだから。
 頭の中で今日のスケジュールを並べ立てる。その間にも無一郎は断りもなく続きを始め、思考を邪魔してくる。ああもうどうにでもなれだ。どうせ今日は休みだし。とことん無一郎に付き合うのも悪くない。
(腹上死したりして……)
 可能性はなくもない。無一郎は華奢なくせにどこにそんな体力があるんだってくらい、大食いだし。そんなことにならないよう、俺が手綱を握っておかなきゃな。
「ひゃう」
 俺は無一郎をむりやり抱き寄せ、深い口付けをした。