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SS~出オチ3行

BGMがメ○ドのエイプリルフールソングだったせいで変な方向に舵を切らざるをえなかった。これが教官パワー……。

弟がビッチ キメ学時空 エイプリルフール用

続き

「兄さん」
「なんだ」
「今日は僕がタチ!」
「お、なんだなんだ、やんのかこらやんのかこら」
 兄さんはへらっと笑いながら猫にもやられちゃいそうなファイティングポーズを取った。完全になめられている。
「だっておかしいと思わない? 僕たちは双子だよ? なんでも半分こしてきたよね? なのにセックスのときだけ僕が一方的に女役だなんて馬鹿げてる」
「おまえ早漏じゃん」
「それで言うなら兄さんは遅漏じゃん」
「……持ちがいいといえ」
 まあね、僕が満足するまで付き合ってくれるのは兄さんだけだしね。こうなったきっかけはもともと兄さんが「初体験はせめて男役がいい」と涙目ですがってきたからだ。そんな兄さんがかわいくてキュンときちゃって現在に至る。
 そうなのだ。兄さんの童貞を奪ったのは僕なんだ。兄さんは浮気しないと信じているし、定期的に探りを入れてるけれどしてる様子もない。つまり僕が兄さんを「男」にした最初の相手で最後の相手でもあるわけ。それを思うと鼻が高くなるし、正直寝てるだけで気持ちよくなれるからネコのほうが性に合ってるのも認める。ぶっちゃけ外での僕はマグロだ。冷凍はさすがにかわいそうなので、レンジでチンした程度には演技しているけれど。
「だってさ、やっぱりさ、僕だって男なわけだし、兄さんの初めてが両方ほしいな?」
「この業突く張り! 掘られるのは嫌だぞ俺は」
「じゃあ実の弟を掘って喜んでるのは誰?」
「ぐっ……」
「たまには僕に役目を渡してくれてもいいと思うんだけどな」
「……いやだ」
「えー、なんでなんでなんで? わかった今日はしない。明日もしない。兄さんがうんと言ってくれるまでしない」
 さすがにこれは効くだろう。案の定兄さんはわたわた手を動かした。そのままなめらかにろくろを回し始める。
「そ、それはおまえ、わがままってもんだろ」
「どこがわがままなの? 権利は主張しないと破棄したとみなされるんだよ? 僕はそんなヘタレな男じゃないから」
「そ、そんな事言うなら、俺だって浮気してやる!」
 今度は僕が後ずさる番だった。
「おまえ俺に黙ってちょくちょく遊んでるだろ。この際だから言っておくけれど、バレバレだからな!?」
「そそそそそんなことないよ、兄さん一筋だよ僕は!!!」
「おまえ嘘つく時、左の眉が上がるよな」
「えっ」
 思わず手を額にやると、兄さんは不穏な笑みを浮かべた。
「引っかかったな?」
「……ずるいっ!」
「ずるくない!」
「あと浮気はしてない!」
「これっぽっちも?」
「してないよう、信じて兄さん」
 僕は瞳をうるうるさせながら上目遣いで兄さんを見つめた。兄さんはこれに弱い。知ってる。けれど兄さんは急に無表情になりスマホを取り出した。
「……これを見ても?」
『おまえの弟寝取っちゃったぜーぴすぴす』
 そんな軽薄なセリフと共にピースしてるアホ面と、ラブホのベッドで寝てる僕の画像が兄さんのLINEに……。
 ああ。それは。あまりに、へたすぎて、途中で寝ちゃった、うん、兄さんの、クラスメート、です。
「俺はな、これを見た時、体中の血が沸騰したかと思ったぞ無一郎……」
 スマホを握りつぶしそうな兄さん。変な汗で体中が冷たい僕。
「そ、それは、あの、違うから! ちょっと気分が悪くなって、介抱してもらっただけだから!」
「苦しすぎるだろ、その言い訳!」
「してないの! とにかくしてないの。僕には兄さんだけ。これは本当。兄さんが一番好き」
「誰と比べて一番だ今!!!!!」
 しまった地雷を踏んだ。でもとにかく浮気は否定しないと。たとえ現場に踏み込まれようが否定する。してみせる。たぶんきっとそれが愛だと思うから。まちがってるかもしれないけれど。兄さんがこの世で一番大好きなのは本当の本当だから。
 でも否定すればするほど兄さんは意固地になっていった。たぶんあのクソボケがふざけたことしてくれやがったときから、黙って耐えてくれてたんだろう。心の中の鬱屈は想像に余りある。
「もういい、俺も浮気してやる!」
 地雷の次は核弾頭が襲ってきた。
「待って兄さん! それだけは嫌だ!」
「ああ!? 権利がどうとか言ったのはおまえだろうが!」
「愛してるのは兄さんだけだよ、本当だよ!」
「知らん!」
 兄さんは身を翻して外へ飛び出していった。靴も履かずに。
「兄さん待って、兄さん!」
 スニーカーへ足を突っ込んで兄さんの後を追った。速い。もうあんな遠くにいる。深夜の住宅街を汗みずくになって走る。通学路を抜け、駅を通り越し、気がつけば河川敷に出ていた。なまぬるい風が水の上を渡ってくる。さすがに疲れてきたけれど、僕はとにかく兄さんを見失うまいと必死だった。ここで追いかけなければいつ追いかけるんだ。そりゃあ僕が全面的に悪いけど、兄さんに嫌われるのだけは絶対イヤだ。兄さんがいなきゃ意味ないんだ。本気なのは兄さんだけなんだ。
 長い堤防の上を走り続けるうちに、バテてきたのか兄さんの動きが鈍くなってきた。僕は残ったスタミナを総動員して距離を縮める。兄さんがまたスピードを上げる。そんな追いかけっこを繰り返して、僕も兄さんもへとへとになった頃、ようやく兄さんに近づけた。
「行かないで兄さん!」
 僕はその背に向かってタックルした。ふたり、からみあって河原へ落ちていく。雑草がざくざく刺さっていたい。それでも僕は兄さんに抱きついて離れなかった。転がり落ちた先で、ぜえぜえ言いながら抱き合っていると降るような星空が見えた。そういえばこどものころ、ここの河原で水切りをして遊んだっけ。そんな思い出が妙に鮮明に蘇る。
 ぺち。
 兄さんが僕の頭を叩く。僕はぎゅっと兄さんにしがみつく。
「……どうしてくれるんだよ」
 涙に震えた兄さんの声が降ってきた。
「おまえのこと嫌いになりたいのになれないんだよ! 俺をこんなにしたのはおまえだぞ無一郎! どうしてくれるんだよ!」
 兄さんは泣いていた。片腕で顔を隠して、嗚咽をこらえていた。
「……ごめんなさい」
 そんな兄さんを見ていると自然と声が出た。
「馬鹿野郎、おまえが、俺の事好きだって言うから。愛してるって言うから。男同士だってことも双子だってことも全部捨てて添い遂げようと決めたのに、すっげー苦しいわ、どうしてくれるんだよ」
「ごめんなさい」
「無一郎」
「はい」
「なんで他のやつと寝るんだ?」
「こう、つまみ食い、みたいな……深い理由はないです」
「言い訳にもなってないぞゴミ以下か。死ねカス。いや死ぬな。犬のフンでも踏んでろ」
「うん、ごめんなさい。ちょっと踏んでくる」
「……真面目に取るなよ」
「兄さんがやれって言ったら僕は何でもするよ」
「じゃあもう浮気するな」
「してない」
「まだ言うか」
「してない。兄さんしか愛してないから」
「新手のフラグか?」
 兄さんは顔から腕をどかして僕を睨んだ。怒ってても、睨まれても、僕の大好きな顔。兄さんの顔が見れて、僕は少しだけほっとしていた。
「おまえがどうしようもないやつだってことはよくわかった」
「……ごめん」
「でもやっぱりおまえが好きだ」
「……」
「てかおまえ依存症入ってないか? だいじょうぶか? 俺とほぼ毎晩寝てるんだぞ?」
 兄さんが真面目な顔で僕を見た。
「いや、俺、おまえの事真剣に好きだけど性病とか持ってきたら引くからな?」
 さっきから心にドスを突き立てられている気がするけれども、悪いのは僕なのでおとなしく聞いておく。
 それにしても依存症、依存症かあー。考えたこともなかった。硬派な兄さんと違って、僕は早い段階から兄さんと付き合えない鬱憤を周りにぶつけてきた。だからその頃から簡単に転ぶことで裏で名が知られてたし当然誰とも長続きはしなかった。こうして兄さんとひとつになる夢がかなったのに、まだやめられないのは……うん。かも。
「兄さん」
「なんだ」
「僕、病院いってみるからついてきてくれる?」
「ああ」
「じゃあ仲直りのキスして」
 兄さんはしばらく黙った後、乱暴に僕の頬へ口づけた。
「おしまい」
「ええーここは、星空の下で抱き合ってって続くんじゃないの?」
「続かない。おまえのこと心配だから検査の結果が出るまでこれ以上はしない」
「ええー!?」
「ええーじゃない。これから俺達がいつまでも仲良く暮らせるかの瀬戸際だってわかってるのか?」
「……はい」
 綿密な検査を受けた結果、お医者さんから性格の問題ですねって一蹴されたのは一ヶ月後のことでした。
 だけどそれからは、ぐらっときても兄さんの顔を思い浮かべて踏みとどまれるようになった。兄さんとは夜の関係だけじゃなく、昼の関係も充実させるように言われたからかな。今までは兄さんが恥ずかしがって人前ではそっけないふりをしていた僕たちだったけれど、いっしょにお弁当を食べるようになったり、帰り道に手をつないで寄り道したり。するとふしぎなことにあれほど強かった性欲もすこし影を潜めた。
 もちろん後ろ指は刺されたし「距離感がバグってる」と噂されたりしたけれど、兄さんが僕を真剣に好きだって伝えてくれたのが嬉しくて、僕もそれに応えたいと思ったから、そんなのはどうでもいいんだ。
 いつまでも仲良く暮らそうね。兄さん。

 なんてやってたらあっというまに一年たった。今じゃもう親も公認だ。ハッピーエイプリルフール。
「兄さん、今日は僕がタチ!」
「……」
 兄さんは渋い顔をして首をひねっていたけど、ぼそりとおまえがどうしてもと言うなら、とつぶやいた。
「冗談だよ。僕、兄さんに愛されるのが大好きだから」
「ふーん、じゃあ今夜はいつもより丁寧にしなきゃな」
 そう言って兄さんは宝物みたいに僕を抱きしめてくれた。