「好きって10回言って」
キメ学時空 あほえろのはずがただのあほになった
※兄は目上には敬語を使うイメージです
弟とケンカした。
理由? 忘れた。ちょっと待ってくれ、今思い出す。
そうだ、たしか竈門ベーカリーで炭治郎先輩としゃべっていたら、いきなり無一郎が不機嫌になったんだ。
俺はただ無一郎がパンを選ぶ間の時間つぶしとして、先輩と世間話をしていただけだったのに。だいたい無一郎にだって責はある。あいつあのパン屋に行くと端から端までじっくり回ってためつすがめつ(誇張でもなんでもなく本当にこの表現そのままで)お前は毒でも警戒してるのかと言いたくなるくらいに時間をかけて、いつものクリームパンにする。せめて新作を食えと言いたいところだが、この野郎ちゃっかり試食だけはするのだ。迷惑以外の何者でもない。
というわけですっかり俺は炭治郎先輩と顔なじみになってしまった。いっしょに竈門ベーカリーへ行くと、必ず「うちの弟がすいません」「いえいえ、ごゆっくりどうぞ」というやりとりが発生する。そこからなめらかに世間話へ入るのだが、今日はなぜか知らないが無一郎が突然機嫌を悪くして表へ飛び出ていった。
「おい、いくらなんでもその態度はないだろう。普段から竈門さんちには世話になってるじゃないか」
などと俺が説教したのが火に油を注ぎ、そこから先は何歳までおねしょしてたとか、どっちが将棋が強いかとか、最後の方はもう何を言っていたのかさえ覚えていない。ただ街頭でがなりあっているうちに、帰宅中の伊之助パイセンにふたりまとめて蹴飛ばされたのは覚えている。バカバカしくなった俺とは裏腹に、弟は怒り心頭でパイセン相手に殴りかかっていったので必死で取り押さえた。無一郎はそういうところがある。救われることもあるが、だいたいトラブルの元になるのでフリーの無一郎が隣にいないとヒヤヒヤする。
それにしても、だ。
今日は間が悪く父さんと母さんが外泊する。つまり俺一人で無一郎のご機嫌をうかがわなきゃいけないわけで、かつ機嫌を損ねた無一郎はエベレストもひれ伏すめんどくささだ。しかしまあ、両親不在ということは普段は使えない手が使えるということでもある。
「無一郎」
「……」
無一郎はリビングの椅子に三角座りしてテーブルへ頬杖をついている。テレビを見ている風だがちっとも集中してないのだと、速すぎるザッピングが教えてくれた。
「むーいーちーろー、オブッ!」
「……」
背後から脇をくすぐったら肘鉄が返ってきた。ご機嫌はまだ斜めをとおりこして垂直らしい。大型台風が普通の台風になったくらいか。だがまだ手はある。
「無一郎……」
「……」
後ろから耳へ息を吹きかけ、頬ずりをする。今度は拒絶されなかった。よし、この方針で行こう。このところご無沙汰だったしな。
「むいちろう」
「……なんだよ」
頬ずりを続けていると、無一郎がぼそりと返事をした。いい兆候だ。俺は弟の細い肩へ腕を回し、そっと抱きしめた。
「なに怒ってるんだよ。言ってくれなきゃわからないだろう?」
「……」
「いくら恋人だっていっても、言葉にしなきゃ伝わらない時があるんだから」
「……やだよ」
無一郎はそういい捨ててそっぽをむいた。よしよし、すこしずつ応えてくれるようになった。俺は両腕にすこしだけ力を込め、長い髪の隙間からのぞいている耳を軽く噛んだ。無一郎は無言だ。だが拒否するような冷たさはない。
「兄さん」
「ん?」
「好きって10回言って」
「好き好き好き好き好き好き好き好き好き好き、これでいいか?」
「やっぱり100回言って」
「100は多いだろお前」
「そうなんだ、兄さんの愛はその程度なんだね。世の中には101回プロポーズする人も居るくらいなのに。いいよいいよ、よーくわかったよ」
「あれはドラマだろ、しかもお前見たことないくせに調子いいこと言って」
「そんなことないよ。僕だって兄さんがいない時にひとりでいろんなことやってるし?」
「どんなことを?」
「わっ!」
俺は手を伸ばし、服の上から無一郎の胸をかすめるように触った。
「今夜はふたりきりだな、無一郎」
「あ、や、ふぅ……ん」
「腹を割って話し合おう?」
「……む、胸触りながら、言うセリフじゃない!」
「どこならいいんだ?」
つややかな長い髪を持ち上げ、無一郎の首筋を舐め上げる。
「ひゃっ!」
無一郎は俺を振り払い、立ち上がってテーブルの奥へ逃げ込んだ。さすがに急ぎすぎたか。俺はテーブルへ両肘を付き、無一郎を見上げた。
「どこならいいんだよ。ん?」
「兄さんに触らせるところなんてないもーん」
「言ったな?」
俺はぱっと立ち上がり、両手を後ろへ回した。
「わかった。今夜は何もしない」
「えっ」
無一郎があからさまに面食らう。その顔が面白くて、俺はつい吹き出してしまった。弟はあわてて渋面を作る。
「いいもん。兄さんが謝るまで僕だってイヤだし」
「だから何したんだよ俺が」
「……わからないわけ? 本気で?」
また雲行きがあやしくなってきた。無一郎は機嫌を損ねると目を細める癖がある。獲物を前にそろりそろりと忍び寄るネコのような目だ。ばっちりそれを見てしまった俺は全面降伏することにした。両手を上にあげ、降参のポーズを取る。
「すまない、わからない。だから謝りようがない。でもケンカはやめよう、な? 俺はお前と険悪なのは悲しいしつらい」
「……」
こういうときは素直になるに限る。無一郎は目を細めたまま俺を上から下までじっくり見やった。
「謝って」
「だから理由をだな」
「謝って、いいから謝って」
「悪かった。すまない」
「誠意がない」
「お前なあ!」
さすがに呆れて俺は大きな声を出した。すると無一郎はリビングから廊下へ一足飛びで出ていった。長い髪が揺らめき、くるりと振り返った無一郎はあかんべえをしていた。
「謝って」
「謝ってるだろ」
「ちゃんと謝って」
俺が一歩踏み出すと、無一郎は軽い足取りで一歩下がった。
「土下座でもしろってか?」
「僕はちゃんと謝ってほしいだけ」
「このっ!」
無一郎を捕まえようと手を伸ばす。無一郎は二階への階段をトトッと昇ると、踊り場でもう一度あかんべえをした。
「兄さんの鈍感、考えなし、口ばっか」
「そこまで言われる覚えはない」
自慢じゃないが俺は義理堅いほうだ。いまそれを宣言したところでこの生意気な弟は、通り雨に打たれたほどにも感じないだろうが。無一郎を追って階段を登る。あとすこしというところでひらりと身をかわされ、無一郎は俺達の部屋のドアの影へ隠れた。顔だけだして様子を見ている。うっすらと笑ってさえいた、楽しげに。
「兄さんの浮気者、バカバカ、バーカ」
「はあ? 俺にはお前だけだぞ、知ってるくせに」
これはさすがに許せない。軽口とは言え、俺の思いを侮辱するのはお前だろうと許さない。むっとしたまま俺は無一郎をさらに追った。ぱたんと扉を閉められる。
「開けろ!」
「えー、やだーあ」
甘えた声が扉越しに聞こえてくる。野郎、鍵かけてやがる! お前がそうしてほしいって言うから、わざわざホームセンターで買ってきて取り付けたやつ! 俺は無意味にガチャガチャとドアノブを鳴らした。
「あ・け・ろ!」
「どうしようかな~、何が悪かったのか兄さんが気づいてくれればな~」
きゃらきゃらと笑い声がついてきた。完全に無一郎のペースだ。落ち着け。将棋に例えるなら俺は飛車も角も握られている状態だ。ここからどうやって挽回するか。自分を落ち着かせるために深呼吸を一つ。手探りで記憶を掘り起こしていく。
今日は学校でいつもどおり過ごして、部活をこなした。ここまでは普段どおり。違うのは、帰りに朝食用の食パンを買いに竈門ベーカリーへ寄ったこと。とはいえこれも日常の範囲内。あとは炭治郎先輩との会話……。ふと思い当たることがあり、俺は軽く息を吸い込んだ。
「……禰豆子さん?」
今度は沈黙が返ってきた。
「禰豆子さんの話をしたが、もしかしてそれか?」『最近、禰豆子ってば色気づいちゃって』
などとまんざらでもなさそうに炭治郎先輩が言っていたっけな。
『そうなんですか』
『化粧に興味が出たらしくて色つきリップをいくつも買ったりしてるんだよ』
『似合うでしょうね、禰豆子さん色白美人ですし』
『またまたー。有一郎君ってば、無理して褒めなくても』
『事実を言ってるだけで』
そういやなんかこの辺で無一郎がギリィってした気がする。「……正解」
開いた扉の隙間から無一郎が顔をのぞかせた。つんと唇を突き出している。
「謝って。僕の前で他の人を美人だなんて言ったこと、謝って」
「めんどくさすぎるぞお前」
そんなところに地雷があったなんてさすがの俺も気づけなかったよ。理不尽すぎていっそ清々しい。
「悪かった」
短く言うべきことを言うと、無一郎は勝ち誇った顔で扉を開けた。そのまま踊るような足取りで俺のベッドへ飛び乗る。ぼすんとマットレスが揺れた。
「正解したから兄さんにはご褒美をあげなくちゃね」
「どこまでも自分本位だな」
「いらないの?」
短パンからすらりと伸びた生足を、無一郎は誘うように振ってみせた。
「いる」
俺は扉を後ろ手で閉め、ついでに鍵をかけて無一郎の上にのしかかった。うれしそうな笑い声があがる。
「兄さん、大好き」
「俺も」
Tシャツをめくりあげると、無一郎は自分からその端を咥えた。……誘ってやがる。据え膳は機嫌がいいうちに食え、俺が無一郎と付き合うにあたって身にしみた言葉だ。なお発案者は俺だ。まったくこいつはわがままで、めんどくさくて、かわいい。無一郎が絡むと俺も大概な阿呆だ。自覚はある。
鎖骨の形を舐め取り、肋骨の合間の薄い肉をはみ、舌ですこしずつ味わいながら下がっていく。
「……んん……」
腹に達すると無一郎が鳴いた。俺はへそのまわりに軽いキスを降らせていく。明日は体育だから痕をつけないようにしないと。そんなことを考えていると無一郎が俺の頭を拳ではさんでぐりぐりした。
「いま僕以外のことを考えていたよね?」
勘が鋭すぎるだろ、ESP者かよお前は、こえーよ。
「だめだよー? ベッドで僕以外のこと考えたらー」
「明日は体育だってことを思い出しただけだ」
「あ、そうか。じゃあ許してあげる」
「といってもお前、肌が白いからすぐに痕が付くんだよな。気をつけないと」
「禰豆子より白い?」
「ひっぱるなあ……」
俺は無一郎を抱き寄せ、頭をわしわしとなでた。
「俺にはお前だけだよ」
「……」
「101回言おうか?」
「足りないから毎日言って。そしたら一年で365回」
「来年も再来年も言ってやるよ」
「嘘にしないでね、有一郎」
急に声のトーンを落とした恋人へキスを贈る。どこかさみしげな目元をぬぐうように。そうだな。俺たちは双子で、男同士で、でもだから何だって言うんだ。もう決めたんだ。何よりも誰よりもお前を大事にすると。
ころりと無一郎がうつぶせになる。自分からパジャマのズボンを脱ぎ「はやくぅ」などとうそぶいた。肉の薄い双丘があらわになり、俺は生唾を飲んだ。あせる自分をなだめながらローションを取り出し、無一郎の秘所へたっぷりと塗り込む。
「もういいか?」
「もういいよ」
猛り立った自分を押し込んでいくと、ぬとつく肉に迎え入れられた。ぬらぬらした粘膜が食いつくような締め付けで煽ってくる。今すぐ好きに動いて解放したい衝動を抑え込み、低く深く息を吐いた。
「…はあ…おなかのなか、兄さんでいっぱい……」
陶然とした無一郎を気遣い、ゆっくりと腰を動かす。けれど無一郎は俺を振り返り、物欲しげな声でねだってきた。
「兄さん、もっと激しくして……夢中にさせてよ」
そこまで言われて我慢する必要もない。俺は一気に奥までねじ込んだ。
「んっ!」
無一郎が短い悲鳴を上げる。でも欲しがったのはお前の方だ。腰の動きを深くし、奥をトントンとノックしながら前立腺をすりあげる。
「んっ、んんっ! んあっ! あん、そん、な…イイところ…ばっかりっ!」
「注文通りだが?」
無一郎の尻があたるたびに、ぱちゅぱちゅと粘液質な音が響いた。気がつくと無一郎も腰を振っていた。俺の動きに合わせて。快楽が奏で合い重なり合う。
「うあ、あ、すご……いいのぉ、もっと、兄さん、もっとぉ……」
甘い声をあげる無一郎が可愛すぎて、俺はその白い肩へかぶりついた。
「痛っ、痕つけないって、言ったぁ……!」
「ごめん、つい」
俺はいったん自身を抜き、無一郎をあおむけにさせた。
「やっぱりこっちのほうがいいな」
「……ん、顔、見えるもんね」
「抱き合えるしな」
発情した体を絡めあい、何度も口付けを貪った。もう一度ひとつになると、中の温度が上がっていて俺は唇を噛んで自分を押さえた。熱い、溶けるようだ。このまま溶けて本当につながってしまえればどんなにいいだろう。汗で濡れた体を揺らしているうちに、理性が希薄になるのを肌で感じた。
「あっ、兄さん……、もうダメ、もうムリ、あっ、くぁ……!」
勢いよくほとばしった精液が俺の腹をいろどる。
「あっ、ひあっ、お、あ、も、うごかな、でぇ……っ」
「……一度じゃ満足しないくせに」
「…に、さ…おっ、も、あ、ぁおっ、んくっ!」
とろりと薄い精がこぼれ落ちる。無一郎は体を限界までそらし、小刻みにふるえている。虚ろな瞳に、俺だけが映っていた。この瞬間が俺は好きだ。
「後ろ、そんなにいいか? 腹の中ごりごりされるのそんなに好きか?」
「んぉ、イぐぅ! も、も、ムリ、ムリだか、お、おぁ、んっ、んんっ…うごかな、でぇっ! おねが、ひいっ…! んぶっ!」
音を立てて口を吸い、無一郎の最後の砦を突き崩す。快楽の逃げ場がない体は俺の下であがくように跳ねた。呼吸のために離した口元から銀糸がこぼれる。それを追うように再度唇を重ね、俺はひときわ強く奥をついた。とぷっ。だらだらと精を吐いていた無一郎のものがひときわ濃い液を放つ。それを指ですくい取り、胸の先をこねくり回してやる。新たな刺激に無一郎は体をくねらせ、俺の下から逃げ出そうとする。がっちりと腰をつかんでそれを妨害し、俺は激しく腰を振った。そのたびに無一郎の口から言葉とも呼べないかけらがこぼれる。意識を失いかけている体を、俺は強く抱きしめ最奥へ熱を吐き出した。「ふー」
後始末を終えた無一郎が、裸のまま転がってきて俺の腰へ腕を回した。
「気持ちよかったよ、兄さん」
鼻歌でも歌い出しそうな上機嫌。あれだけ参らされたはずがもう復帰してやがる。まったくもって大食いだ。片付けを終えた俺は体力も気力も使い果たし、ベッドへ大の字になった。眠い。寝たい。超眠い。しかし無一郎はまだまだ元気だ。
「兄さん寝ちゃうの?」
「寝かしてくれ……」
「じゃあ明日でいいや、よろしくね」
何をだ。俺は沈みかけた意識を自力で叩き起こし、言葉の意味を問うた。無一郎はにんまりと笑う。
「色つきリップ買ってきて、僕に似合うやつ」
次の日、居合わせた客にひそひそ言われながら、ドラッグストアのリップコーナーを物色するはめになったのは言うまでもない。