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SS~幽霊

「様はいらない」

『誰か』を求めて彷徨う隠むい
兄出てきません 原作時空

続き

「ん……」
 ぬるりと僕の中へ入り込んでくる感触。熱く、そして若い。今夜も快楽は得られそうにない。技術も経験もない、ただ本能と僕の導きにしたがっているだけだ。
「か、霞柱……」
「無一郎と呼んで」
「無一郎様」
「様はいらない」
「はい……」
 僕は自分の上に乗った年若い隠のおとがいを、誘うように撫でた。萎縮していた体がほぐれるのを感じる。
「動いて。君の好きなように。できれば激しく」
 言葉通りに隠は獣のように腰を振り、すぐに低くうめいて果てた。抱かれれば温かいんだ、それが嘘でも。体の奥に熱いものが注ぎ込まれる感触がする。だからといって何かを感じることもなく、僕は余韻に浸る隠へ、もう少し粘ってほしかったなんて考えていた。

 隠に手を出すようになったのはいつからだろう。もう忘れてしまった。この霞がかかった頭は、良いことも悪いこともすべて消し去ってしまう。ただ、しだいに僕自身が相手を選ぶ時の傾向が見えてきた。
 まず背格好が僕と同じくらいであること。僕は柱の中でも小柄だから、必然的に若い隠になる。
 次に髪を伸ばしていること。短髪は好みじゃない。長ければ長いほうが良い。できれば僕と同じくらいには。
 それから年の頃も僕と同じであること。これは難しい。兵站を司る隠は鬼殺隊よりも数が多いけれど、来歴は皆バラバラで共通点は鬼への憎しみくらいなものだ。
 必然的に条件の合う隠は少なくなる。そして僕の我儘に合う隠は、情事の体験など持たないほうが多い。だから僕がリードする立場になる。
 布団の上で売女のように振る舞い、すこしの軽蔑と多大な快楽の味を覚えさせる。隠たちの反応はさまざまだ。「男」になれた感激で身を震わせる者、柱と寝た事実に恐れおののく者、僕に気に入られたと勘違いする者、なかったことにしたいのかそそくさと帰っていく者。誰も僕の上を通り過ぎ、零れ落ちていく。でもそれでいい。僕だって体を重ねたからといって、その相手を覚えていられないのだから。
 いつしか僕の周りには醜聞が立つようになったけれど、それもどうでもよかった。事実だしね。火のないところに煙は立たないって本当なんだなあ。それにお館様からなにか言われたわけではないし、今の僕にはお館様のお言葉がすべてだからそれ以外のものは切り捨てていける。

 僕への感情を恋と錯覚した隠がいることも知っている。
 一晩寝ただけの相手に、どうしてそんな複雑な感情が抱けるのだろうか。その思い込みの激しい隠は僕の漁色が許せず、刃傷沙汰に及んだ。
『俺と一緒に死んでください霞柱!』
 などと叫んでドスを手に迫りくる隠の剣術など所詮おままごとでしかなく、僕は盆の窪を打ち気絶させた。しばらくしてその隠は職を辞し里へ帰ったと聞いた。なんの感想も出てこなかった。相変わらず僕は鍛錬と鬼狩りへ励み、たまに褥へ隠を誘う。
 どうしてこんなことをするのか自分でもわからない。
 あえて言うなら、寒い、から。夏が近づくほど、僕には寒い夜が増えていく。
 白い息を吐くわけでもないのに、肌にじったりと汗がにじむ晩ですらあるのに。寒い。屋敷中の寝具を持ってこさせてその中へ丸まっても、とても足りなくて手足を縮こまらせガチガチと震える。何かに恐怖するかのように。それが何かつかむことができればこの頭の霞が晴れるのかもしれないけれど、背骨までしみとおる冷気に居ても立っても居られなくなり、僕は事情を知っている年嵩の隠を通じて一夜の相手を手に入れる。
 
 隣で今夜の相手が眠っている。静かな寝息だ。僕は手を伸ばし彼がきちんと息をしているか確かめる。
 生暖かい寝息が僕の手にかかり、なぜかほっとする。
 明日にはもう忘れてしまう相手なのに、僕にはこの人がいなくては生きていけないような気がして腕へしがみつく。眠りは訪れない。裸の体で、かろうじてぬくもりを享受しながら、心の奥底に巣食った不安を踏み潰す。
 なんだろう。なんだっていうんだろう。この人がゆっくりと、ゆっくりと体温を失う気がするんだ。そんなことになったら僕もいっしょに凍えてしまう。凍てついた体で夜明けを迎えることはできない。
 お願い、凍えないで、冷たくならないで。温かなままでいて。
 祈るように願うように僕は請い続ける。愚かな妄想と知りながら思考は止まらない。

 一度だけ、年嵩の隠が僕へ問うたことがある。
『誰をお探しですか』
 どんな相手でも、何を希望するかでもなく、そう聞いてきた。僕は答えられなかった。頭の中が白く染まり何も言えなかった。言葉に詰まった僕を見て、その隠は以降二度とそのセリフを口にすることはなかった。
 あれからずっとあの一言が胸に引っかかっている。何もかも霞へ消えていくのに、あの一言だけは僕の心へ傷を残した。
 探しているのか、僕は。誰かを。
 わからない、何もかも。あいまいなまま、夜はふけていく。湿気た夜風が庭から入り込み、僕の背を撫でていった。