「……どうして最後までしてくれなかったの」
びっちむいで両片思いなお話 キメ学時空
金のネックレスだった。
学生の俺には値が張る代物だったのに、思わず手にとってしまったのはどうしてなんだろう。ピュアゴールドの輝き、トップは角のまろい直方体。これならあの肌を傷つけずに済むと、直感したのかもしれない。霞がかかったような白い、淫らな肌を。
性に奔放になっていく無一郎を、俺は止められなかった。最初に甘い肌を味わったのは俺だって言うのに。触れ合って、触り合って、人肌のよさを無一郎へ教えてしまったのは俺だ。一晩あけた俺はとてつもない罪悪感に囚われ、すべてなかったことにしようとした。そのツケ。
俺からほったらかされた無一郎が、最初に手を出したのはクラスの女子。もとから無一郎の取り巻きをやっていた子だ。それから順々に無一郎は食指を伸ばし、裏で色狂いだのどうだの噂されるようになった。今では他校にまでちょっかいを出すようになり、噂では乱交にまで参加していると聞いた。それがすべて事実だと俺は知っている。
なぜなら遅くに帰ってくる無一郎の後始末をするのが俺だからだ。
風呂場で体を洗ってやり、時に後孔へ指を突っ込んで汚濁をかきだす。そのたびに無一郎は息を荒げ、最終的には俺が見ている前で自慰をする。無一郎にとって、セックスは自慰の延長線上で、そこに罪悪感はない。ただ気持ちいいから続けているだけだ。快楽を求める体はエスカレートしていく。父も母もそんな無一郎をどう扱っていいのかわからないようだった。いつのまにか無一郎は家庭内で孤立し、相手をするのは俺だけになってしまった。
今夜も無一郎は外で遊び歩き、日が変わる頃に帰ってくる。そして赤い痕のついた体をさらけ出して俺へ頼むのだ。「兄さん、きれいにして」と。「うわ……」
風呂場で四つ這いになった無一郎の後孔へ指を突っ込んだ途端、どろりと汚濁が溢れ出てきた。多い。いつもよりずっと。
「乱パでもいってきたのかよ」
「うん、当たり」
無一郎はこともなげに答える。
「今日はねえ、ひーふー……6人とした」
「……どれだけ」
あきれた声音の俺に、無一郎はとろとろと眠たげな声で答えた。
「騙されて連れてこられた子がいてね。その子の代わりをしたんだ。真面目そうな子だったよ」
ちょっと兄さんに似てた。小さなつぶやきを、俺は無視した。
「上着を貸してあげてさ、ここは君みたいな子が来る場所じゃないよって、裏口から逃してあげた」
「そうか」
「やっぱり合意じゃないとね」
こぽっ。白と呼ぶにはあまりに濁った色が無一郎の後孔から流れ落ちる。俺はさらに奥へ指を入れた。こりこりした部分を指先がかすめる。
「あん……」
無一郎がきゅっとしめつけてきた。
「兄さん、そこ、もっとしてぇ……」
「まだ足りないのかよ。大食いにもほどがあるだろ」
「だって、あの人達一方的なんだもの。自分ばっかり楽しんじゃってさ。ん……」
しだいに無一郎の息が荒くなっていく。
「兄さん、ん、ん、あ、はあ……」
ぬるつく中を前後し、無一郎の感じるところを指先でつつくように刺激してやる。快楽を拾うのがうまい無一郎には、それだけで充分だ。
「ああ兄さん、そのまま、そのまま……!」
無一郎は自分のものを自分でしごきだした。
「ん、あ、あぅ、出ちゃう、兄さん、見てて!」
「……」
俺は声に答えず指の動きを早めた。勢いよく無一郎が白濁を吐き出す。行き場を失ったそれは排水溝へと流れていった。
「……あっ! は、はあ、はっ、はあ……兄さん……」
「淫乱」
くたりと湯船へしなだれかかる無一郎。俺は弟の最奥に溜まった汚濁をかきだし、シャワーの栓をひねった。ぼんやりしている無一郎の頭を濡らし、シャンプーで洗い、トリートメントを施す。されるがままの無一郎は人形のようだ。ぬくもりのある、人の形をしたなにか。お前が本当にそうだったなら、俺はまた違う関係を築けたのだろうか。たっぷりと時間をかけて髪を洗い流し、今度はボディタオルで石鹸を泡立てる。白い肌には汚らしい赤い痕が幾重にも残っている。首筋に、胸に、腹に、ふとももに、腕に。無一郎が夏でも長袖を着るのはこれのせいだ。ましろな泡で無一郎を包む。半ば眠りに埋もれている無一郎は、おくるみに包まれているかのようだ。
なにひとつ知らなそうな面持ちで、今夜は誰にむしゃぶりついてきたんだろう。
シャワーで全身を洗い流しながら、本当はこんなことをしてやる義理などないのだとぼんやり考える。だけど俺が、本当に無一郎を見捨てたら、こいつは糸の切れた凧のように飛んでいってそのまま消えてなくなるだろう。そう思うと心の奥底が痛んだ。それは良心とは別のものだと、とっくに俺は気づいていた。パジャマに着替えさせ、ベッドまで運んでやり、俺はいささか緊張しながらバッグの底を漁る。四角い上品な包みが出てきた。
「無一郎、無一郎、起きろ」
なぁに、兄さんと寝ぼけた顔で無一郎はまぶたをもちあげた。
「やる」
俺は包みを弟の頬へ押し付けた。無一郎はねぼけまなこでそれを受け取り、音を立てて包装紙をひんむいた。そしてすこしだけ、目を見開く。
「やるよ」
ブランド名もわからないまま買ったネックレス。角のまろい、直方体のペンダントトップ。ピュアゴールドの輝きがわずかな光を拾ってきらきらと輝いている。無一郎は体を起こした。
「兄さん、つけて」
俺は無一郎からネックレスを受け取り、おそるおそる細い首へつけてやった。まるで首輪をかけるように。永遠の誓いでもするように。
「どう?」
「鏡見ろよ」
「兄さんに教えてほしいんだ」
俺は言葉に詰まり、悩んだ挙げ句ありきたりな返事をした。
「きれいだ」
無一郎は微笑んだ。霞のかかった湖のような深い瞳が俺を見つめた。
「うれしい。これがあるかぎり、僕は『きれい』。何があっても、何をされても」
手のひらでペンダントを包み、無一郎は歌うようにつぶやく。
「兄さんは僕を抱いてくれないんだ。仕方がない。仕方ないよ、双子だもの。あれはなにかの間違いだったんだ。だけどね、僕は忘れない。忘れられない。この思いは僕の一方通行。永遠に実らない果実。それでもいい。あの晩があったから僕は生きてる。どんなに汚れても、兄さんがきれいにしてくれるから、僕は生きていける」
優しい瞳には恋の炎が燃えている。俺は引き寄せられそうになり、寸手のところで踏みとどまった。
「誰にも内緒だよ。兄さん、大好き。兄さんさえ隣りにいてくれるなら、僕は何もいらない。贅沢で欲張りで、わがまま、それが僕なんだ。わかってるんだよ」
ほろりと、無一郎の瞳から涙がこぼれた。頬を濡らし、布団に丸い円を描く。
「愛してるんだ。兄さん、いつまでも一緒に居たい。苦しいんだ。兄さん、いっそ僕を殺して」
ほろほろと、涙が零れ落ちていく。誘うようにささやく声音。気がつけば俺は無一郎の首へ手をかけていた。そのままぐっと力を込め……。「……どうして最後までしてくれなかったの」
首筋に紅い蝶を浮き上がらせたまま、無一郎は泣いていた。俺はその涙を拭うすべを持たず「おやすみ」と答えて灯りを消した。
明日も無一郎は遊びに行くだろう。俺はそれを黙って見送るだろう。同じ後悔を抱えたまま、いくつ夜を重ねればいいのか。踏み出す勇気は、まだ、ない。