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SS~アンモラルラヴァーズ

「調教? ただの躾けだ」

むい女体化。玄弥当て馬注意ですよ。完結。
お題ガチャから。

続き

「継国無一郎です」
 自己紹介をする声の、なんと透明なことか。黒板に書かれた名前の初々しさが感じられる筆跡。つややかな長い髪、うぶな微笑み。小さくて華奢で、出るところは出ている肢体。丈の長めのセーラー服。これが清楚でないならば、他のなにを称するのだ。
 恋に落ちるのに時間は関係ないのだと玄弥は知った。
 中等部から飛び級で高等部へあがってくる生徒がいるとは聞いていた。なにしろここ数日その噂でもちきりで、授業時間は昼寝タイムと心得ている玄弥ですらその話を聞いていたくらいだ。それが中等部で話題になっているプロ棋士志望の双子だと知ったのはついさっきのことだ。だって、興味などなかったから。玄弥にとって、学校はおもしろくもつまらなくもない、毎日のルーティンをこなすための場所だったから。
「不死川、しばらく継国の面倒を見るように」
「はい!」
 思わず大声を出してしまったものだから、玄弥は気恥ずかしい思いをした。教師に促された無一郎が隣の席に座る。
「不死川さん、これからよろしくね」
「玄弥でいいっす」
「敬語なんて使わなくていいよ、玄弥」
 無一郎はくすくす笑った。きれいだと思った。たとえようもないほどきれいだと。これが欲目であったとしても、かまわないと玄弥は思っていた。
 無一郎との仲は、日増しに深まっているように玄弥には感じられた。ノートの貸し借りをしたり、授業中にメモを交換し合ったり。中身はたわいもない内容ばかりで、先生の悪口だとか、購買のどのパンがおいしいとか、日曜日の予定だとか……。だけれど、最後の質問にはいつも「先約があるから」としか返ってこなかった。
 しかたないか、そう玄弥は考えた。無一郎は人気者だ。クラスの誰もが無一郎の気を引こうとしている。それをただ、隣の席だと言うだけで覆せるほど仲は進展していない。無一郎は気立てが良く、才色兼備。容姿端麗で、スポーツ万能。学業に至っては言わずもがな。まだ体は中等部なのに高等部の生徒たちと平均以上にわたりあっている。そしてその花のかんばせ。無一郎が笑うとそれだけで場が明るくなる。その魅力は天性のものだ。
 いつかその手をつなぐことができたら。それが玄弥の目標になった。かといって、無一郎のとなりにふさわしいかと自分で自分を問うと、どうしても弱気になる。並み居るライバルたちの中のひとりに過ぎないことを、玄弥はよく知っていたから。
 それでも。玄弥は思う。それでも諦めきれない。恋というのは、毒をはらんだ蜜のようなものだ。しだいに崖っぷちへと自分を追いやっていく。その危うさを知りながら、玄弥は無一郎の良き友であろうと日々努力を重ねていた。
 そうこうしているうちに、玄弥は有一郎の存在を知った。有一郎は無一郎の双子の兄だ。昼休みと放課後はいっしょに過ごすらしく、隣のクラスであるにも関わらず無一郎を迎えにやってくる。有一郎は無一郎と比べて地味で目立たない印象だった。あの人を拒絶したような態度がいけない。有一郎のまわりにはいつも氷の壁がはりめぐらされている。友人を作るわけでもなく、知人と交流を深めるわけでもなく、休み時間は将棋の攻略本を黙々と読んでいる。成績もスポーツも平凡。中学生らしいといえばらしい程度の結果しか残さない。
 無一郎は有一郎が呼ぶと、すなおについていく。ついぞ断るところを見たことがない。ときには予定をキャンセルしてでも有一郎を優先する。かといって有一郎が無一郎に格別やさしくしているかと問われれば首をひねらざるをえない。有一郎が無一郎を見る目は双子らしい慈しみや距離のなさが感じられない。
 そして昼休みを有一郎と過ごしたあとの無一郎は、いつもすこし様子がおかしい。頬が上気して、目がとろんとして、夢でも見ているかのようにここではないどこかをのぞきこんでいる。
(何してるんだ?)
 昼休みと放課後は姿を消す双子。その行方を知りたいと思った。今にして思えば、それが終わりの始まりだったのだ。

 決行は昼休みにした。放課後は足取りを掴むのに苦労するだろうが、昼休みならば校内にいる可能性が高いからだ。
 人混みを無遠慮に進んでいく有一郎と、手をひかれる無一郎。二人から距離をとった玄弥はこっそりと後をつけた。二人はしだいに人気のないところへ移っていく。やがてグラウンドの隅の体育倉庫の前にたどりついた。
(ヤリ部屋じゃん……)
 そこは学園内の治外法権。情熱を制御できない二人がホテル代わりに利用するところだ。そんなのはまだかわいいほうで、場合によっては乱交にまで発展していると聞く。玄弥自身も、見た目が災いして誘われたことが何度かあった。だからあの二人がなにをしようとしているかピンとくると同時に吐き気がした。
(嘘だろ、双子だぜ!?)
 周りに誰もいないのを確認した有一郎は、扉を開け、無一郎を押し込んだ。自分もすぐに中へ入り、扉を締める。驚いた玄弥はそのまま走り寄り、扉を叩いた。
「何してる! やめろ! やめろって言ってんだろ!」
 しばらく静かだったが、やがて扉が中から開かれた。うっとおしげな顔の有一郎がそこに立っていた。罵声を浴びせてやろうとしたとたん、襟首を掴まれ、中へ引き込まれる。転びそうになった体をなんとか立て直し、玄弥は薄暗い部屋で有一郎と対峙した。
「お前が何しようとしてるかはしらねぇ。でも無一郎さんを傷つけるのはやめろ」
 有一郎はそんな玄弥を鼻で笑った。
「俺はペットへご褒美をやってるんだ。邪魔しないでくれ」
「ペットだって?」
「……兄さん」
 体育倉庫のマットの上に、無一郎が横たわっていた。浅い呼吸は獣のようだ。乱れた髪のせいで表情が見えない。
「兄さん、もっとぉ……」
 ねばついた声がする。狭い部屋の中が男を誘う香りでいっぱいだと、いまさらのように気づいた。白い太ももや首筋が妙に視界へ映りこむ。
「なに、やってんだよ……。お前ら兄弟だろ!?」
「兄弟じゃなけりゃいいのか?」
 不意に有一郎が玄弥を振り向いた。
「玄弥、無一郎とヤりたいんだろ?」
「ちっ、違う!」
「そんなに前膨らませといてよく言うな。股開け、無一郎」
 無一郎が言われたとおりにする。スカートを自分で引き上げ、汗まみれのまっしろな太ももをさらけだす。その中心、下着があるべきところにはそれがなく、ただガーターベルトだけがある。そしてさらにその中央、見てはならない場所、その花びらは太いディルドを根元まで咥えこんでいた。
「これがこいつの正体だ」
 有一郎はディルドを軽く蹴り上げた。
「あぐっ!」
 無一郎の細い体が跳ねる。有一郎はそのままつま先でぐりぐりとディルドを秘所へ押し込む。
「んおっ、ぉ、おあっ、壊れる、ひい、壊れる、んっ、あっ、はあっ!」
 汗に濡れた体が反り返り、上着がずれて大きな胸があらわになった。見えた光景に玄弥はぎょっとして一歩引いた。穴開き下着、というやつだろうか。肝心の部分がまるみえのブラ。汗ではりついた大人っぽい黒レースがいやに淫靡に見える。その充血した胸の突端両方に、ピンク色のローターが貼り付けられ、細かく振動していた。肌は桜色に染まり、発情しきったメスネコのように身をくねらせて、無一郎は兄からの暴力に近い愛撫にとろけていた。
「ぉおっ、イク、にいさ、イッちゃう、にいさん、にいさんっ!」
「変態」
 冷たい一言が無一郎を鞭打つ。それが引き金になったのか、無一郎はひときわ高い声を上げて高みへと登った。大きく痙攣をくりかえし、頂点を貪っている。よだれで汚れただらしない顔は玄弥の知る無一郎とは遠くかけ離れていた。
「見ての通り」
 有一郎は氷のような眼差しのまま玄弥へ顔を向けた。
「これがこいつの本性だ。それでもいいならタダでヤラせてやる」
「な、何言ってるんだよ。有一郎がおかしな調教をしてるから、こんなことになってんだろ、そうだろ? そうだって言えよ!」
「調教? ただの躾けだ」
 言い捨てた有一郎はゆっくりと笑みを浮かべた。寒気がするほど不穏な笑みだった。
「いいことを教えてやる。俺とこいつの本名はな、継国じゃない、時透だ。父さんは崖から身を投げた。母さんは首をくくった。行き場をなくした俺たちは遠縁の継国に引き取られた。どうしてそうなったと思う?」
 有一郎はかわいた笑い声を立てた。
「こいつがな、実の父親を誘惑したからだよ。ひどい声をあげてよがりまくってたところを母さんに見つかったんだ。父さんと母さんはこいつが殺したも同然だ。そのうえ……」
「うぐっ!」
 兄が無一郎の腹を蹴る。それすらも快楽として拾ってしまうのか、無一郎は再び来た波に意識をさらわれそうになっていた。
「……父さんと母さんがいなくなった途端、今度は俺にまで手を出してきやがったんだ。みじめったらしい顔で、兄さんがほしいってすがってよ」
 憎悪の化身というものがあるなら、いまの有一郎がまさにそれだった。度を越した怒りは氷点下に変わる。それを玄弥は知っていた。
「俺はこいつを絶対に許さない」
 独り言のようにつぶやき、有一郎ははみだしかけたディルドを踏みつけた。
「あああああっ!」
 悲鳴のような嬌声をあげ、無一郎が再び腰を揺らめかす。
「まだ欲しいのか。本当に底なしだな」
「だって、はいって、な、とぉ、物足り、な……」
「だとさ。聞いたか玄弥。どうせこのあと先輩にマワされるんだ。その前にヤっとけよ」
 玄弥はうろたえた。体中が冷たい汗で濡れ、頭の中に心臓が移動したかのように動悸が激しい。舌がこりかたまりイエスともノーとも言えず、それでいて無一郎の痴態が目に焼き付いている。
「う、う、うああ!」
 弾かれたように玄弥はその場から逃げ出した。何もかも忘れてしまいたかった。孤立しがちな教室で唯一自分へ微笑みかけてくれた無一郎、その体が既に有一郎に支配されていたなんて、知りたくもなかった。

+++++

「無一郎さん、俺と逃げよう」
「玄弥……」
 夕焼けがまぶしかった。誰もいない教室で、玄弥は精一杯の勇気を振り絞り無一郎の手を握っていた。視線を落とした先の、清楚なセーラー服。だがその下に淫らな玩具に戒められた体がある。ふたりの影が長く伸び、ゆらりと揺れた。
「有一郎のそばにいると殺される。あいつはヤバい。シャレにならねぇ。本気で無一郎さんを破滅させるつもりだ」
 無一郎が顔を伏せる。長いまつげもいっしょに伏せられて、無一郎の表情は読み取れない。それを肯定と受け取り、玄弥は言い募った。
「俺の家に来いよ無一郎さん。あんなやつから必ず守ってみせるから。兄ちゃんだって賛成してくれる。もう二度とこんなつらい思いはさせないから」
「玄弥」
 ククッ。
 最初、それがなんの音かわからなかった。ややあって玄弥は無一郎が喉を鳴らして笑ったのだと気づいた。
 ククッ、クククッ。またあの笑い声。無一郎は肩をふるわせている。ひたひたと不安が押し寄せ、玄弥はつい無一郎の手を離した。と、同時に無一郎が顔を上げた。うっすらと笑いながら。
「いかない。ごめんね玄弥。いいんだよ、これで」
 なにが? 玄弥は問い詰めたかった。だがそうする前に無一郎は笑みを深くして語りだした。
「僕はね、兄さんを独り占めしてるんだ。僕は兄さんが好き。好きで好きでたまらない。どうしたらふたりきりでいられるだろうってずっとずっと考えてた。僕はねえ、いま夢がかなって嬉しいんだ。邪魔しないで」
 なんだ、何を言っている? 無一郎の言葉が頭に入ってこない。ぐるぐるとまわってまわって、玄弥の脳髄をかき乱している。
「本に書いてあったんだ、憎悪は恋よりも愛よりも友情よりも強いって。だからね、僕は兄さんに世界一嫌われることにしたんだ。父さんと交わったのは、ただ単に兄さんに似ていたから。自殺しちゃったのは予想外だったけれどね。だけどおかげで兄さんは誰よりも何よりも僕だけを見てくれるようになった、結果オーライだよね」
 全身が総毛立った。近づいてはならないと本能が訴えかける。無一郎は狂っている。有一郎など比較にならないほど。
「ああ兄さん、愛しい兄さん。もっと僕を憎んで、僕だけ見て、何をしてもいいから……」
 無一郎の瞳には、もはや玄弥は映っていなかった。
 何もできることはないのだと、玄弥は思い知らされた。胸が痛む。失ってしまった恋心の最後の燃えカスが、玄弥の背を押した。無一郎の体を突き飛ばし、倒れた肢体を自分の下に敷く。スカートを捲りあげると、あの忌々しいディルドが主張していた。
「じゃあなんで俺に優しくしたんだよ! 色目使いやがってこのアマ!」
「だって兄さんがそうしろって……」
 聞きたくない言葉の、最低なやつが耳に入ってきた。激高した玄弥はディルドを引き抜き、そこへ怒張した自分のものを押し当てる。無一郎がからだをよじった。
「やめて玄弥、僕は兄さんのもの、兄さんの許可なしにこんな事できない!」
「なにが兄さんだ色狂い! 何人に抱かれた! いまさら俺一人がふえたところでなんともないだろ! ……ガッ!」
 後ろから殴り飛ばされ、玄弥はバランスを崩した。その隙に横から伸びた手が無一郎をさらっていく。
「よお、王子様」
 冷ややかな声が玄弥の耳を打った。
「そんなにヤりたきゃちゃんと払えよ。500円だ」
 振り向くとそこには学生カバンを肩に担いだ有一郎がいた。無一郎はその後ろに隠れている。
「500?」
「ああ、500だよ。コンビニ弁当より安いだろ。それがこいつの値段だ。まさか持ってないとは言わないよな?」
 無一郎は兄だけを見ている。安堵したような、喜んでいるかのような表情で。自分がそんな値段で売られることに、なんの疑問も抱いていない。無一郎にとって、有一郎は絶対なのだと、ようやく気づいた。まるで主人と犬だ。
「お、おかしいだろ、お前ら……」
「ああ、そうだ。俺も狂ってるんだろうさ。俺はこいつを苦しめるためなら何でもする」
「先生に……」
「言いつけるってか? 言っておくがとうに無一郎を使って籠絡してるよ。なんで俺が体育倉庫の鍵を持ってると思ってるんだ」
 ぐうの音も出ず、玄弥は握った拳をおろした。惨めだった。自分より年下の男にいいようにされている。しかも恋した相手はそいつへ一心に歪んだ愛情を注いでいる。一人の人間としても、男としても、負けた気分だった。もはや何も言い返す気力がわかず、玄弥はうなだれたまま二人が去っていく足音を聞いていた。

「兄さん」
「なんだ」
「僕、悪い子だった?」
 黄昏の廊下を行く二人。無一郎がそっと兄へ声をかける。
「ああ、最悪だったよ」
「兄さんの言うとおりにしたんだ」
「知ってる。明日にはお前の悪評が出回ってるだろうな。お前が今まで築き上げた人気も信頼も友情もぜんぶなくなる」
「そんなものいらないんだ、兄さんさえいてくれれば」
 有一郎が振り向き無一郎の頬を打った。口の中が切れたのだろうか、血の味がする。無一郎はぶたれた頬をおさえ、濡れた目で兄を見つめた。
「なんだ、いまので発情したのかよ。本当にどうしようもないなお前は」
「……だって、兄さんに触れられるのが嬉しい」
「まあ言うとおりにしたし、今日のノルマは稼いだ。そこは認めてやる」
「兄さん……」
「ごほうびだ」
 一瞬、唇が重なる。ほのかなぬくもりを味わう間もなく有一郎は無一郎から離れていく。それでも胸にあふれるこの思いを止めようがない。無一郎の頬を涙がつたった。
「うれしい……」
「死ね」
 踵を返すと、有一郎は歩き出した。無一郎は思う。兄さんさえそばにいてくれるなら、どんな仕打ちを受けたってかまわない。兄さん、どうか僕をひとりにしないで。
 空はふたりの未来を暗示するかのように暗くなっていく。