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SS~ゆうむいでむりやりオメガバを書いたらこうなった

タイトルまんま

続き

 ペットショップ。
 言わずとしれた愛玩動物を売買する店だ。
 くろねこやは、そんな中でも隠れた名店として知られている。開店は午後6時から8時までと短く、予約制。だがまだ学生の店長が入れるコーヒーの旨さと、値段の割には質のいいペットたちの存在が、知る人ぞ知る隠れ家的な店に押し上げている。
 店長の話によると、自分もペットに助けられたから、いい出会いを応援したいのだそうだ。
 くろねこやは今日も予約でいっぱいだ。
「どうですか、お客さん。ピンとくる子、います?」
 いたら声をかけてくださいねと、会社帰りらしきサラリーマンへ淹れたてのコーヒーを供して店長は微笑んだ。
 店内ではGPSつきの首輪をつけられている以外は着心地の良さそうなラフな格好のペットたちが思い思いに過ごしている。本を読むもの。動画を見るもの。テレビの前で頬杖を付くもの。お客に興味津々なもの。仲良くゲームで遊んでいるもの。年齢は十代後半から二十代前半程度で、首輪から値段の書かれた小さなタグを下げている。
「娘の誕生日に心根のいい子をと思って寄ったんだ」
「それならこの子がおすすめですよ」
 と、店長が一人のペットを呼び寄せ、挨拶をさせる。
「は、はじめまして。よろしくおねがいします」
 ショートカットのその子はすこしシャイな様子で、緊張した面持ちのままぺこりと頭を下げた。

 ペットがオメガと呼ばれていたのは、遠い昔の話だ。
 今では人口のほとんどをかつてベータと呼ばれた人々が埋め尽くし、アルファなど絶滅危惧種だ。つまり世界を回しているのはベータであり、アルファはその座を譲り姿を消し、たまに生まれるオメガはペットとして扱われるようになった。一定の人権を認められたペットは愛玩動物としてこのうえなく好かれ、いつしかペットと言えばオメガを指すようになった。逆に優秀すぎるがゆえにアルファは危険分子とみなされ、ベータからは排斥運動が起きた。長い運動の結果、皇紀6972年の国民投票による憲法改正により、アルファの国外追放が定着した。もともと突然変異的に生まれるがゆえに、アルファとされた人々の行方は誰も知らない。

「おとなしい子なので、お子さんの遊び相手にはぴったりかと」
「そうだな」
 客は思案げだ。そこへひらりと黒猫が舞った。
 つややかな長い髪、霞のような白い肌、一度見れば忘れられないほど深い瞳。客は音を立てて椅子から立ち上がり、あの子はいくらだと問うた。ひと目で魅了されたらしい。
「お客さん申し訳ない。こいつは非売品なんですよ。俺の弟なんで」
「いや、いくらでもだす。せめて値段を」
「本当に申し訳ない。売れないんですよ」
「レンタルではどうだろうか、頼む」
「いやいや、うちの看板なんで。こら無一郎、奥の部屋に行ってろ」
「えー」
「えーじゃない」
「僕もお客さんのお接待したいなー」
「十分しただろう」
 黒猫はくすくすと笑いながら奥の部屋へ消えた。意気消沈した客はそのまま帰っていった。
 その晩は3人の客をさばき、閉店作業を終え、店長こと有一郎はシャッターを閉めた。ペットたちを寝室へ移動させ、無一郎が居る奥の部屋に入る。ぱたんと扉を閉めると、有一郎は店長の仮面を外した。
「よくやった」
「ふふ」
「おまえの誘惑にのるようなやつが相手じゃいい飼い主になれないからな」
「僕でお客さんを試すなんて兄さんも人が悪いね、このこの」
「売ったら知らんぷりってのは流儀じゃないんでね。毎度よくやってくれてるよおまえは」
「じゃあキスして兄さん」
「接触はダメだ、いま俺はヒート入ってるから」
「うえーん、早く終われよう。兄さんに触れられないの切なくてたまんないよう」
 クッションを抱いてころころ転がる弟は、有一郎が知る限り唯一のアルファだ。そして有一郎自身はペットたちと同じオメガだ。出産時の検査ミスでずっと自分がベータだと信じて生きてきた。それは無一郎も同じだ。ふたりは思春期に入るとともに本来の性に目覚め、双子で兄弟であるにも関わらずひかれあった。一風変わっていると言えば、アルファの無一郎がオメガの有一郎に抱かれたがるという点だ。
 それになんらかの理由があるのか、ないのかすらわからない。調べようにもアルファであると知られた時点で国外追放が待っている。番となった身からすれば今生の別れに比べれば本来の性を逸脱しているなどささいなことだ。第一、そもそも論で行くと血縁関係でひかれあうことはほぼない。その、ほぼない、が起きてしまっているのだからよけいに世間一般の常識とやらに異を唱えたくもなるというものだ。
 有一郎からすれば家族でそんな関係になった時点でドン底まで落ち、一時期は自殺も考えた。だから上だの下だの細かいことはこの際どうでもいい。いつか無一郎がアルファとして完全に覚醒したなら、そのときは自分が求められる側になるのだろうと覚悟はできている。
「はー、兄さんの子ども欲しい」
「生むのは俺だろ。いっとくけど抑制剤を飲んでもヒートはつらいんだぞ。今日は店を休もうかと思ったくらいだ」
「でも予約があるから開けたんだよね。兄さん変なところで義理堅いんだから。お店なんか休んでイチャイチャしていようよ」
「だから接触はダメだって言ってるだろ。ヒートが終わったらいくらでも抱いてやる」
「やった! 今の言葉忘れないでね」
 しくじったとばかりに顔を覆う有一郎を眺めて黒猫は笑う。
「僕ね、兄さんに抱かれるの大好きなんだ。あったかくて、やさしくて、ちょっと強引で、身も心も溶けちゃいそうになる」
「あと何年そう言ってくれるんだろうな」
 有一郎は腰を上げると、キッチンでホットミルクを作った。ミルクパンの中でくつくつと幸せな香りが踊る。砂糖とはちみつを入れてゆっくりと混ぜ終えると、有一郎はマグカップにホットミルクを注いだ。
「ほらよ」
「ありがとう、兄さん」
 世界でただ一人の君へ、今はこれだけしかできないけれど。
 甘く優しい飲み物が無一郎の心を溶かしていく。
「おやすみ兄さん」
「ああ、おやすみ」
「ヒート終わったら一緒に寝ようね」
「わかってる」
 触れることもできずに、心だけは寄り添って。おやすみの言葉を捧げ合う。朝の光よ、早く来てほしい。未来はきっと楽しいことがたくさんだから。