「有一郎と呼んでくれ。俺は今から一人の男になる」
ゆりゆりなしょや。マロお題ありがとうございました。有一郎生存if、原作時空。
きついことを言ってしまうのは、心配だから。
優しくできないのは、俺が未熟だから。
そんなことをあの晩、体へ教え込まれた。
蝶屋敷の懸命な救護で、奇跡的に蘇生した俺は、隠として霞屋敷で無一郎の世話をすることになった。「霞柱」
「無一郎と呼んでよ、昔のように」
弟はよく俺へそういう。ふたりきりの時は、特に。俺はそのたびにゆっくりと首を振る。
「上下関係は、はっきりとさせなくては周りに示しがつきません。それでなくても俺は霞柱のお世話をしているのですから、他の隠に妬まれやすいのです」
そう返すと、弟はしょんぼりとした顔でそれ以上は言ってこない。いつものやりとり。
世話をしているのは本当だが、妬まれたことは実は、ない。片腕が義肢なのによくやっている、手伝おうかと気遣われることさえあるくらいだ。だけど、その片腕が災いして俺は現場に立つこともできない。兵站を司る隠のもっとも重要な仕事は鬼殺隊の証拠隠滅だ。隠のおかげで鬼殺隊は闇から闇へ無限に渡り歩くことができる。
隠の本分もまっとうできない俺は、せいぜい無一郎にとりいることくらいしかできない。自分が情けないが……。いや、でも、もういい、正直に言おう。俺は現場に立てないことに安堵している。無一郎の死体を目の前で見たら、俺はきっと発狂してしまう。隠になるということはそういうことだ。息を潜めて、隊士達が命のやり取りをしているのを安全な場所で見守ることしかできない。
鬼殺隊に入り、その全貌を知った俺を待っていたのは絶望だった。
たしかに暮らしは楽になった。大きな屋敷をもらい、かろうじて雨露をしのいでいたあの頃に比べれば天と地の差だ。その代わり俺は日々、無一郎の喪失におびえるようになった。本当に俺は……惨めで情けない兄だ。
無一郎の無は無限の無。なら有限の俺は? 俺にできることはなんだろう。すこしでも無一郎の役に立ちたいんだ。
せめもと料理は凝った。美味しくて、栄養にあふれた品を片っ端から研究して調べた。無一郎の膳が豪華なのはべつに柱だからじゃない。俺が無一郎に食べてほしいからだ。その血肉になるもとを厳選して、同じ食するならすこしでも美味しくなるように。掃除は念入りに、庭も掃き清めて。邪魔なものはきれいに整頓、必要なときにいつでも取り出せるよう、納戸や土蔵のなかもきっちり把握してある。隊服以外の衣のあつらえも俺がやる。無一郎の趣味にあわせて地味で質素だが、布地だけは肌触りの良い高級品を使っている。
湯水のように金を使っても、無一郎の給金は減るどころか増えていく。命の代金だ。俺は自分の分はほどほどにケチって、無一郎の環境を整えるためにそれを使う。だから寝間着は舶来物のリネン。布団ではなく、寝台。枕は4種類、その日の気分に合わせていつでも変えられるように。月に一度は庭師と植木屋を呼び、庭を整備させ、景観にも気を使う。銀子の普段の世話も俺の係だ。あんまりなんでも俺がやってしまうものだから、霞屋敷の家令だと冗談はんぶんにからかわれている。
たしかに傍から見ると、無一郎は華族のような暮らしをしているかもしれない。だがそれはいつ途切れるかわからない人生の裏返しだ。無一郎に、明日は来ないかもしれないんだ。だから衣食住、最高の一品をお前に。有限の俺にできるのは、ここまでだから。
無一郎はいつも、無邪気な笑顔でいってきますを言う。これから死地へ乗り込むと言うのに、いっそ脳天気なくらい明るい顔で。俺は送り出すことしかできない。本音では止めたい。行くなと言いたい。柱としての無一郎の実力は知っている。日々鍛錬へ打ち込んでいるの姿も間近で見ている。それでも「もしも」があるかもしれないんだ。もういっそ大怪我をして帰ってくればいい。二度と出陣できないようなのを。いつしか俺はそう願うようになり、そんな自分に吐き気がした。
無一郎が帰ってくるまで、俺は家事の鬼になる。体を動かしていないと、嫌な妄想が俺をさいなみ、心が千々に乱れる。
ことさらに時間のかかる品を選んで無一郎のために培った料理の腕を仲間の隠へふるまい、掃除と洗濯に明け暮れ、自分の狭い部屋の布団に入り気絶するように眠る。そんな俺を仲間の隠は心配してくれたが、根が頑固なものだから、なかなかその好意に甘えることができなかった。
だって無一郎が帰ってこないかもしれないんだ。
それを思うだけでぞっとする。なにもかもすべてはお前のためで、お前がいなくては意味がないのに。霞屋敷に空白が訪れる日を、俺はただ怯えていた。刀鍛冶の里から帰ってきたある日、無一郎に呼ばれた俺は、広間でふたりきりで対峙していた。
無一郎はいつもの隊服ではなく、流水紋の入った一枚物を無造作に兵児帯で結んでいる。胸元がしどけなく開いていて、どうかすると胸の飾りが見えそうになる。そんな無防備な格好で、茶を点ててくれている。それをするのは普段は俺の役目なのだが、今日はどうしても自分がやりたいといいだしたのだ。俺は無一郎の言うことは、名前の件以外では基本的に逆らわないことにしている。それにしても人に何かをするのが当たり前になってしまって、される側になるとなんとも落ち着かない。俺は無一郎の華奢で成長途上の手が茶筅を扱うところをなんとはなしに見ていた。
優雅に動いていた手が止まり、俺へ茶菓子と茶が供される。
「以前、町で見かけてね、兄さん喜ぶかなと思ってさ」
知っている。これは間黒町で有名な一蓮屋のねりきりだ。何度か無一郎へ出したことがあるが、本人の方はたいして気にも止めてなかったらしい。思わぬ返礼に俺は心をくすぐられた。
「あ、笑ってくれた」
無一郎はほっとしように微笑を浮かべた。ほんのりとした儚さがその美貌へさす。同じ顔のはずなのに、戦場へ立つ無一郎のほうが美しく見えるのはなぜだろう。きっと何人もの仲間の死を乗り越えてきたからかもしれない。無一郎は私服の裾をさばいて、俺の近くへ寄った。
「兄さん、あのね、僕の隠になったことを後悔してる?」
なぜそんなことを言うんだ無一郎。俺とお前をつなぐ絆はもはやそこにしか残っていないのに。俺はあわてて首を振った。
「そう……あのね、兄さんが笑ってくれないから、気に食わないことを毎日させてしまっているのかなって」
「そんなことは断じてありません、霞柱。俺はあなたがこの屋敷で平穏無事に過ごせるならば、なんだっていたします」
「……」
無一郎は眉を下げて俺を見つめていた。
「でも、僕のことは、名前で読んでくれなくなった。僕は、僕はあいかわらず、兄さんは兄さんだと思っているのに」
「それは……」
「もういい、聞き飽きた」
次の瞬間、俺は口元にぬくもりを感じた。視界いっぱいに無一郎の顔が。口付けられているのだと気づいたのは、無一郎が離れていってからだった。
「兄さんは隠で、僕はその主なんだよね。だったら僕の言うことを聞いてくれなきゃダメだよ」
至近距離で甘い声でささやく無一郎。
「ねえ、兄さん僕を抱いて。つがいになろうよ」
「な……」
「ずっと、ずっと想っていたんだ。自分でも信じられない想いだけれど、あの晩を超えてたしかになった。……兄さんが好き」
「待て無一郎。俺たちは双子で兄弟だぞ」
「やっと名前で呼んでくれたね」
とっさに出た静止のセリフに、俺は硬直した。俺にとって無一郎は大事な弟だ。その一線を踏み越えるなんてできない。
「兄さん……」
再度すりよってくる無一郎に甘い香りを感じた。これ以上はいけない。俺は残った腕で、無一郎を押さえる。
「できません霞柱。柱に仕えるのが俺の喜びですが、これは禁忌です。霞柱に悪評が立つなど耐えられない」
そうだ無一郎、お前は完璧で完全で十全でないと。俺の中のお前は常に美しい。だがそれはひれ伏すためのものであって、いつかお前が意中の人を見つけたら心から祝福しようと考えていた。
「『痣』が出たんだ、僕」
「『痣』?」
「身体機能が飛躍的に強化されるんだ。代わりに、寿命が大幅に短くなる」
俺は絶句した。無一郎は淡々と告げる。それは俺の知らない顔だった。甘えたで、能天気で、何も知らなさそうないつもの弟の顔ではなく、きっとこれが本当の霞柱としての顔。
「鬼との戦いは日々激しさを増している。僕らはついに、念願の始祖、鬼舞辻無惨へ王手をかけることができるかもしれない。『痣』はそのための強力な武器になるだろう」
「だからって、そんな……」
ゆっくりと血の気が引いていく。咀嚼すれば咀嚼するほど、内容が頭に染み込んで胸が冷たくなっていく。自分の死期が近いと悟っても、人はこんなに落ち着いていられるものなのだろうか。霞柱としての無一郎は、俺が思うよりも深く、深く覚悟しているようだ。その瞳が不意に揺らぐ。
「僕は死ぬのなんて怖くない。幸せはたくさんもらった。鬼殺隊に入り、心が壊れそうな思いをしたこともあったけれど、兄さんがいたからやってこれた。兄さんがいなかったら、僕はとうに折れて野ざらしになっていただろう」
「無一……霞柱」
「だから、だから命令するよ。兄さん、僕を抱いて。抱きなさい。僕に最高の幸福を味あわせなさい。夜を駆けるとき、何も怖くないように」
俺はかすれた声で霞柱を呼んだ。無一郎はひたむきに俺を見つめている。
「一瞬でも心がぶれたら僕は負けるだろう。すべての後悔を断ち切りたいんだ。わかって」
わかりたくない。無一郎が遠くへ行ってしまう。これはさよならの儀式だ。
「いやだ」
「命令だよ」
「いやだ、いやだ。無一郎、行かないでくれ」
気がつくと俺は涙を流していた。汚れた視界の中でも、無一郎だけはよく見えた。
「兄さん、命令だと言ったよね」
「いやだ! お前とさよならするくらいならいますぐ舌を噛む!」
俺は夢中で頭を振り、拒絶した。
「俺がどんな思いで日々を過ごしてると思ってるんだ! お前に生きて帰ってきてほしい! それだけ、それだけだ! なのに……んっ」
頬を包まれ、唇が重ねられた。やわらかいぬくもりが心の芯にまで入り込んできた。
「なら兄さん、いっしょに死んで……」
「霞柱……」
「いやなんだ。生き残った兄さんが、子孫を残すのが、誰かと繋がるのが。いやだ、いやだ、いやなんだ! 許せないんだ苦しいんだ! せめて一度くらい、僕に夢を見せてくれてもいいじゃないか!」
泣いているのは無一郎も同じだった。俺は肩で息をする無一郎の背へ腕を回し、その耳元へゆっくりと語りかけた。
「喜んで共に死にます」
「兄さん……」
「この屋敷で銀子から訃報を受け取ったならば、俺はすぐに首をくくりましょう。同じところへ行けるように、あなたの部屋で」
「本当に?」
「愛しています、霞柱」
するりと言葉が俺の口から漏れた。嘘も偽りもない本心だった。ああ、そうだったのか、俺は無一郎を愛していたのか。毎日、ただ必死だった。自分の心すらかえりみられないほどに。
「愛してる無一郎」
「兄さん……僕も」
三度目の口づけ、脳が溶けそうになるほどの至福の快楽。俺はそれへ鋼鉄のいましめをかけた。
「ここじゃなんだから、今夜にしよう」
「今からでもいいのに」
「もしかして、その格好。誘ってた?」
「うん。でも兄さんぜんぜんノッてこないから、実力行使」
「お前な、弟なんだからそんな気分になれないのは当然だろ」
「今も?」
「……今は逆。せめて着崩れを直せ」
「ふふっ、効果あったみたいで良かった」
無一郎は胸元へ手をやると……。
「えい」
ぴらりと着物をめくった。肉付きの薄い細い体があらわになり、色づいた胸の飾りがいやでも目を引く。
「やめろこら、そんなことするな!」
俺は固くなりだした自分のものに気づき、冷や汗を垂らしながら無一郎を叱った。
「ふふふ、そんな顔しながら怒鳴ってもこわくなんかないもんね。ねえ、兄さん、今夜いっしょにお風呂に入ろうよ」
「う」
「命令だからね」
「……わかった」その晩、風呂を沸かすと俺は立ち上がった。
仲間の隠たちには事情を軽く話して人払いを頼んである。だから何をしようと、どんな声を出そうと大丈夫なはずだ。はず、なのだが。……現時点ですでにめちゃくちゃ恥ずかしい。知識としてはもっているが、俺は童貞そのものだから、性欲の解消はもっぱらひとりで行ってきた。正直なところ何をどうすればいいのかわからない。そもそも男同士でちゃんとできるんだろうか。できれば負担は軽くしたい。痛みもなくしたい。無一郎には快楽だけを感じてほしい。
だって大切な、大切な弟だから。弟、そう、弟、なのに肉親の情ではなくそれ以上のものを抱いてしまった。父さん、母さん、ごめんなさい。俺は今から親に顔向けできないことをします。だけど、愛してしまったんです。その人から求められる喜びを知ってしまったんです。本当にごめんなさい。もしかしたら俺は姦淫の罪で地獄に落ちるのかもしれないけれど、無一郎だけは天国に行けるようにします。それだけのことをあいつは成してきたはずだから。
「無一郎、風呂沸いたぞ」
「うん、兄さん、脱がせて」
さっそく来た。お前なあ……ともごもご口を動かしたが、無一郎はうれしそうに手を広げている。俺は兵児帯をとき、着物を脱がせてやった。ふんどし姿の無一郎の下着へ手を伸ばす。解いてやったらすでに無一郎のものは期待で半勃ちになっていた。そんなに俺に触れられるのがうれしいのか。……かわいいかもしれない。
湯殿へ無一郎を誘い入れると、弟はきょとんとした。
「どうして兄さんは脱がないの?」
「えっ。俺はお前の背中を流すために入るんだと思ってたが」
「いっしょにお風呂に入るってそういう意味じゃないよ、いちゃいちゃしようよってことだよ」
いちゃいちゃ。俺の辞書には含まれない単語が頭の中を通り過ぎていく。
「いや、俺はあくまで隠としてお前に仕えるために……」
「兄さん、往生際が悪いよ。じゃあ命令、僕といちゃいちゃしなさい」
言った直後に無一郎は眉をハの字にして上目遣いで俺を見つめる。
「それとも、僕とそういうことをするのは、やっぱりいや?」
「いやじゃないけれど、どうしたらいいのかわからないんだ」
俺はひらきなおった。さっきから無一郎に手玉に取られている気がする。うう、兄の威厳……。
「兄さん誰かと付き合ったことないの?」
「そうだよ、お前一筋だよ……」
「うれしい! じゃあね、僕がお手本をみせてあげる。とりあえず全部脱いできて兄さん」
言われたとおりにして再度湯殿へ入ると、無一郎が正座して俺を迎えた。その体は石鹸の泡にまみれている。
「じゃあ兄さん椅子に座って」
いったんからだを流した俺は、促されるまま椅子へ座った。
「背中から流すね」
いうなり無一郎は俺の背中へぴったりと肌を重ねた。びっくりして、思わず固くなった俺にはかまわず、鼻歌など歌いながらそのまま肌を擦り付けてくる。温かい肌が泡ですべって気持ちいい。
「……さっきから俺の背中に当たってるの、その、乳首か?」
「あたり」
「できれば控えてもらえると……」
「当ててるんだよ」
兄さんて本当にうぶだねと無一郎は笑う。
「お前こそ経験あるのかよ」
「ううん、ない。でも兄さんとひっつきたくていろいろ妄想してた。だからこうしてるとすごく幸せ」
肉体の快楽へ素直に無一郎は動く。じわじわと背中から熱が下腹へたまっていき、俺のものは腹につきそうなほど反り返っていた。
「あ……兄さん感じてくれてるんだ、うれしい」
「……まあ、な」
そう返すと無一郎は背中側から俺をぎゅっと抱きしめた。しばらくぬくもりに酔う。
「兄さん、前もしていい?」
「ああ」
ここまで来て断るのも男がすたる。男同士だとかそんなことは頭の隅へ蹴飛ばした。無一郎が俺を求めてくれている。そのことが俺の気分の浮き立たせ、からだを熱くする。影の中から手を伸ばしてくる罪悪感には目をつぶり、無一郎の言うとおりにする。
内心の葛藤など知らず、無一郎はこんどは俺を床へ寝かせ覆いかぶさってきた。
「ふふっ、どーん」
「こら無一郎、重いだろ」
「兄さんもいっしょに泡まみれになろうよー」
などと誘いながら無一郎はまたもからだを揺らし始めた。ぬるん。
「あ」
「あん」
声を上げたのは同時だった。性器どうしがこすりつけられて、予想もしてない快感がからだを走った。
「兄さん、今の何?」
聞きたいのはこっちだ。けど……。
「たぶん、俺のものとお前のものを重ねて動いたら、もっとすごいことになると思う」
無一郎はからだを起こしてまじまじと自分の股の合間にあるものを見つめた。そんなところまで双子にならなくていいくらいに、俺のものと同じくらい育っている。
「試してみるね」
ごくりと生唾を飲み込み、無一郎は俺のものと自分のを重ねてゆっくりと握り、そのまま腰を揺らめかせはじめた。
「あ、あ、あ、兄さん、兄さんが言ったとおりになってる。兄さんすごい」
「う、く、ふう、無一郎、もっと動いても、いいぞ」
重ねた兜の裏筋、一番いいところがこすられて射精感がこみあげてきた。亀頭をくにくにといじくられるのも弱い。俺も手を伸ばし、無一郎の亀頭を押しつぶすように愛撫してやった。
「んぅっ。兄さん、それ気持ちいい!」
「俺も、だ」
「兄さんも気持ちいい? おそろいだね」
「ああ、おそろいだよ、このままいっしょに、いこうか」
「うん、うんっ」
無一郎は腰を揺らす速さをあげた。下腹がムズムズして、腰の奥から熱がせりあがってくる。
「ん、兄さん、もう限界」
「俺もだ。無一郎、出していいぞ」
「うん、兄さんのおなかに出すね。見ていて!」
快楽に耐えるためなのか、無一郎が自分の指を噛む。
「んっ、ん~~~んんっ!」
無一郎のものから白いものが吐き出された。同時に俺自身も達し、俺の腹の上は二人分の精液で真っ白になった。
「はあ…はあ…はあ…。兄さん、兄さんねえ、気持ちいい? 僕、とっても気持ちいいよぉ」
「気持ちいいよ。理性とんだかと思った」
「まだ理性残ってるの? そんなの捨ててよ。僕だけ見て、ねえ兄さん」
おねだりされたら強くは出れない。けど、ここまでにすべきだ。俺たちは双子なんだから。俺は無一郎を腰の上から動かし、湯でからだを洗い流した。快楽でからだがうずく一方で、罪悪感で胸がきしむ。無一郎を恋させたのはしくじった。こいつはもっと、俺なんかよりずっといい人を選んで、そして幸せになるべきなのに。たとえ短い人生でも、最後まで共に歩んでくれるような。俺がそうなるのはかまわない。俺は有限だから。いつだって無一郎で頭がいっぱいだ。だけど、無一郎にあった別の可能性を潰してしまったと思うと苦悩せざるをえない。
「……兄さん」
無一郎が不安そうな顔で俺をのぞきこむ。
「もうおしまい?」
「ああ。出してスッキリしただろう?」
「おしまい、え、あれだけ……?」
無一郎がくしゃりと顔を歪めた。涙がにじみだす。
「そんな、僕は一世一代の覚悟だったのに。ひどいよ兄さん。最後までしよう?」
「もう充分だろう? 俺たちは双子なんだ無一郎、もうこれ以上お前が罪で汚れるのは見たくない。姦淫の罪は俺だけにあるべきだ」
「そんな、そんなの兄さんが勝手に思い込んでるだけじゃないか。……共に死ぬとまで言ってくれたよね、あの言葉は嘘だったの!?」
「嘘じゃない、本気だ」
「だったら最後までしてよ。僕の想いを正面から受け止めてよ」
霞のかかった湖のような瞳が俺を映す。涙の影が宿っている。無一郎を泣かせているのは他でもない俺だ。それに気づいた時、頭を棒で殴られたかのような衝撃が走った。本質から目をそらして、無一郎を悲しませている。……わかった。答えよう。兄じゃなく、有一郎として。無一郎がそうしたように、俺も俺の想いへ向き合おう。何もかも全部さらけだそう。
「無一郎、頼みがある。兄さんはよしてくれ」
「えっ」
「有一郎と呼んでくれ。俺は今から一人の男になる」
「にい……有一郎」
「好きだ無一郎。愛してる」
「有一郎、僕も」
抱き合い、そのぬくもりをたっぷりと全身で感じる。
「いっしょに、風呂へ入るか?」
精一杯のおさそいをすると、無一郎は笑顔でうなずいてくれた。……かわいい。ときめいてしまってたまらない。
湯船へ沈み、うしろから抱きしめると、無一郎は小さく笑った。
「有一郎のもの、固くなってる」
「う、それは……好きなやつにひっつかれてうれしくないわけがないだろ」
「ふふ、こうするとどうなるのかな」
「あっ、こら、やめ……なくていい」
無一郎は俺のものへぐりぐりと尻を押しつけてくる。気がつくと無一郎自身も大きく固くなっていた。前後する後孔が俺を誘っている。俺は覚悟を決め、無一郎の腰をつかんだ。
「……ん」
無一郎が恥ずかしそうに声を漏らす。何をされるのかわかっているようだ。これから始まるのは無一郎が最も望んだこと。そして俺もやはり望んでいること。
「無一郎、入れるぞ」
「うん有一郎、早く来て。もう待てないよ」
覚悟を決めて無一郎の後孔へ亀頭を押し当てる。無一郎の言が確かなら、ここも初めてのはずだ。それを今から征服する。オスの喜びが俺の胸へあふれ、つい気遣いを忘れて一気に突き上げた。
「うあああぅっ!」
「無一郎、大丈夫か!?」
あまりの声に驚き、反射的に無一郎の中から抜き出して様子をうかがう。
「あ、あはは、おしり、裂けちゃったかと思った。意外と、痛いんだね。でもこれが兄さんのものになった証……妄想してたのとぜんぜん違う、もっとして」
「ああ、俺もお前が欲しい。無理させるかもしれないが、少し我慢してくれ。だけど、どうしてもつらかったら『止まって』と言ってくれよ」
「うん、わかった。有一郎、信じてる」
軽い口づけを交わし、もう一度試みる。一度入ったからか、それとも湯のせいか、今度はたいして拒絶感がない。それでも俺はゆっくりと、慎重に押し進める。無一郎の大切な思い出が痛みで上書きされて終わるなんて嫌だった。すこしでもいいから快楽を感じてほしかった。
「はあ……はあ……入った? 有一郎」
「ああ、根本までずっぽり入った。よく我慢できてるな、えらいぞ無一郎」
「えへへ、うれし、んあんっ!」
俺は腰をつかんでいた手を伸ばし、無一郎の胸を覆った。ツンと尖った乳首を手のひらに感じる。それを転がすように手を動かし、薄い胸を揉み込んだ。
「ん、有一郎、お胸気持ちいい……」
「尻は?」
「おしりは、うん、まだ、ちょっと苦しい、お胸してて」
「ああ、わかった。すこしずつ動いて慣らしていくから。声殺すなよ。具合がわからなくなる」
「うん……ふっ、ん、あう……」
本格的に胸を揉みしだき、わずかに腰を揺らす。無一郎の表情は見れないが、痛みと快楽がない混ぜになった声が耳朶に染み込んでくる。しだいに、しだいに俺は腰の動きを深くしていった。亀頭がはみでそうなくらい腰を引き、そこからゆっくりと奥へ侵入する。気持ちいい。ゆらゆらと蜻蛉のように快楽が立ち現れてくる。射精したい思いがなくもないが、今は無一郎のからだが優先だ。
「ふう……ふっ……はあ……はあ……あっ、有一郎……」
「止めるか?」
「ちがう、逆。もっと、もっとこう……」
無一郎はじれったそうに尻を俺へすりつけた。俺は腰を引き、またゆっくりと奥へ入っていく。その途中で無一郎がびくりと反応した。
「そ、そこっ! そこもっとひっかくみたいにして!」
「こうか?」
「あっ! う、うん、そう。そこ、そこが、なんだか熱を持っていて、熱い……」
よくわからないが、ここが無一郎のいいところなんだろう。
「他にしてほしいことはないか、なんでもさせてくれ」
「お、奥ぅ、いちばん奥トントンして。今のままじゃ生殺しだよ、お願い有一郎」
「わかった」
どうやら刺激に慣れてきたようだ。俺はわからないなりに、無一郎の中を自身でまさぐりだした。言われた通りのところへ亀頭をすりつけ、最奥まで突き入れる。
「んお、おっ、お、あ、ひ……くる。何かくる」
動くたびにたぷたぷと湯が体に当たり、敏感になった肌を刺激する。俺は目の前の無一郎の尻へ集中する。犯してしまえ。中へぶちまけてしまえ。オスの本能がそうささやきかける。俺はそれに抗いながら無一郎の快楽を共に探り当てていく。
「はっ、ひい、ちょっと、怖い、けど、やめないで有一郎」
「いいんだ無一郎、それでいい。もっとよくなれ。感じろ。今のお前は柱じゃなくて俺の愛しい無一郎なんだから」
「う、うん。僕、僕、有一郎の恋人だよ。恋人になれたんだよ。いいよね、全部かなぐりすてても」
「ああかまわない。どんな姿でもお前はきれいだ」
「有一郎、あんまり煽らないで。奥来てる、きてるぅ……あ」
無一郎の反応が変わった。何かのタガが外れたように腰を振る。
「あ、あ、あっ、いいのっ、すごくいい、初めてなのに感じてる、有一郎、前ごしごしして!」
「ああ」
すでにはりつめているそれをつかみ、しごきあげると無一郎の口から悲鳴のような声が漏れた。
「あっ、す、すごい、いいっ! 気持ちいい! おしりと気持ちいいのがつながってる!」
「無一郎、出していいぞ!」
「うん、出すっ、出すね、出すっ! 有一郎!」
どろりとしたものが勢いよく湯の中へ広がっていく。全身を硬直させたままふるふると震えていた無一郎が、糸が切れたように崩れ落ちる。
「……はー……はー……ゆ、いち、ろ……」
「なんだ」
「なんか、なんでかな、ぜんぜん、満足できな、もっと、もっとほしい。おなかの奥うずうずして、止まらない……」
浅い息をする無一郎のからだは真っ赤だ。これ以上はさすがに湯あたりする。
「布団を敷いてあるから……。そっちで乱れような……朝まで」
正直なところ、俺も限界だった。早く無一郎の中に出したい。何度も何度も射精して孕むくらいねじ込んでやりたい。崩れかけの理性を総動員して風呂から上がり、からだを拭くのもそこそこに寝間着をまとい、寝室へ連れて行った無一郎を寝台の上へ投げ出した。
着せたばかりの浴衣を破れんばかりに脱がせ、桜色に染まった無一郎の肩へかぶりつく。それすら快楽として拾ってしまうのか、無一郎は高い声を上げてさらりとした精を吐き出した。
「無一郎、無一郎、もう加減なんかしない。抱き潰す!」
「して、有一郎、お願い、いっぱいして、中に出してよ!」
獣のような声を上げ、正面から抱き合い、つながる。ひとつになる。ああ心地良い。きっとこれが俺たちの本来あるべき姿。戻るべきところへ戻った。そんな気がした。朝の光がわずらわしい。となりでは無一郎が一心不乱に眠りを貪っている。裸で俺に抱きついたまま。
……そんなことをしていると襲うぞ。朝食は、まあいいか、あとで。なにかかんたんなものを作って、無一郎に食べさせよう。
その前に俺が腹一杯になりたい。こんこんと眠る無一郎の頬へ口づける。無一郎はうっすらと目を開け、誘うように微笑んだ。