無一郎短文
鏡に映る自分の姿へ、特別な感情を抱くようになったのはいつからだろう。
冷たい平面へ唇を押しつけて、音を立てて舐め回す。口づけるように。
そのまま袴をずらして、自分の中心を掴み取る。
人目をはばかる行為だとわかっているのにやめられない。
「ん、ふぅ……あ……」
先走りで濡れた自身を鏡へ擦り付ける。ひんやりした感触を熱で冒していく。
何故こんな事をするのか、自分でもわからない。だけど心が求めている。
姿見へ白濁をぶちまけ、ようやく短くも熱いひと時が終わる。
半裸になった自分の鏡像を陶然と見つめていると、頭の奥がじんわりと痛くなっていく。
霞があふれる。なにもかもすべての輪郭をぼやけさせる霞が。
「お館様、僕は……」
いつになったらこれをやめられるのでしょうか。
いまや無一郎にとってただひとり、親にも似た思いを抱かせる人。その方へ心の底で謝りながら、無一郎は自分の犯した罪の痕跡をぬぐっていく。
情けなさに涙がにじむ。それでもやめることができないでいる。
鏡へ、水面へ、窓辺のガラスヘ、映る自分を見るたびに魂が震える。
つぶされそうな切なさと苦しさ、かすかに甘い愛おしさ。
そこへ映っているのはたしかに自分でしかないと言うのに、感情が流れていくのを止められない。
傍らへ行きたい。傍らで生きたい。
なにかが心の奥底で暴れている。
体の芯がふたたび熱くなる。今夜も凶暴になっていく。
刀のように己を研いで、雑念を振り払えたらどんなにいいか。
けれども、この想いは無一郎自身の暗い水底からごぼりと湧き上がってくるもので、対処のしようがない。そっと姿見へ身を寄せる。栗の花の匂いが残る鏡面いっぱいに自分の姿が。
ああ、抱きしめてくれないものか。
誰が、誰を? わからない。すべて消えていく。
ああ、抱きしめてなどくれるものか。
何が、何を? それがわかれば悩みはしない。涙する己の視線が、自分を見てはいないことに、無一郎は気づいていた。
熱い吐息が鏡を曇らせる。
近くて、何よりも遠い証。