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SS~小春日和

「今わしはコタツムリなのだ」
 
 ※ほのぼの
 
 
続き
 
 

「望ちゃん。掃除機かけるから、そこどいて」
 言われた本人はコタツから頭だけ出したまま、寒そうに顔をしかめた。もったらもったら首を振る。
「普賢よ」
「なに?」
「今わしはコタツムリなのだ」
「そんなコード切れたら死にそうな空想科学生物は認めないよ。
 僕のうちで惰眠をむさぼるのはキミの勝手だからかまわないけれど、貴重な休日を掃除にあてると決めた宿主の気持ちを察してくれないかなあ」
「どこを掃除するのだ。散らかっておるまい」
「何言ってるの!もう三日も掃除してないんだよ?部屋のすみには髪の毛が落ちてるし、たたきの上には砂が散らばってるし、冷蔵庫の裏にはこんもりとほこりが!」
「ぜーんぜん気にならん」
 望は大きなあくびをして寝返りを打った。白鶴洞のコタツ机は樫の木を切り出して作られた一点もの。だから普通のものより横長で丈が高くてごろ寝に丁度いい。
 昨晩脱ぎ散らかした上着や手袋やターバンは、いつの間にか壁にかけられていた。
「だから望ちゃんの部屋は腐海になってるんだよ」
「この野郎。英語で言うとでぃすめぇん。まだ床が見えておるわ」
「よくあんな汚い部屋で寝起きできるよね、理解できないや」
「相互の理解はどうした」
「やだなあ、無二の親友サマを特別扱いしてあげてるんじゃないの、平等主義のこの僕が。感謝してよね」
「しゃらくさい。おぬしこそ、わしの気持ちをちーともわかっておらぬではないか」
「何がさ」
「おお親友よ、わからないとは情けない。こんなにも熱く激しく炎のごとく燃え上がるわしの気持ちが」
 満腹したネコのようにゆるみきった表情で寝転んだまま、望は厳かに告げた。
「甘酒のみたい」
「……」
「むふふ、おぬし一昨日霊宝から甘酒をもらったであろう」
「なんで知ってるのさ」
「このわしに知らぬことなどない」
「太乙から聞いたんだね」
「ふーははははーそのとおりだ。おぬしのものはわしのもの、さあ出すがよい」
「あれはお客さん用にとってあるんだけど」
「なら、ますますしぶる必要はないではないか」
「泥酔して人んちに転がりこんできたあげくコタツで爆睡するお客さん?」
「世の中は広いのだぞ普賢」
「キミが適切な時間帯に適度な礼節を持って適当な手土産のひとつでも持ってきたならば、客として見れなくもなかったのだろうけれど」
 言いながら普賢は台所へ向かっていった。鍋を使う音がする。
「そうそう、ゴミをゴミ箱に投げ入れないでくれる?周りに散らばってすごく不愉快なんだけど」
「道徳も同じことをしておったぞ。おぬしその目で見ておったではないか」
「そりゃ人が自分の部屋で何してようと勝手だよ。けれどそれが僕の家の僕の部屋となると話は違ってくるんだよ。だいたい道徳は百発百中じゃない、誰かさんと違って」
 丸盆を手に普賢が戻ってきた。盆の上には湯飲みがふたつ。あたためた酒特有のほっこりした香気が広がる。
 望はようやく起き上がった。ぬるく燗された甘酒をひとくち飲んで満足そうに息を吐くと、コタツの天板に頭を乗せる。眠そうな目がゆっくりまばたきをしていた。
「今度はせんべいが怖い」
「ダメ。あんな食べかすが散らかるようなもの絶対ダメ」
 要望をはねつけると普賢は自分もコタツに入った。
 春はまだ遠く冬将軍が猛威を振るうこの頃だが、今日だけはすこし暖かい。庭先の木々も固い冬芽を狙う寒風から逃れ、ほっと一息ついているようだ。
 湯飲みを傾ける普賢は不機嫌そうな仏頂面だ。そんな顔をするのは自分の前だけだと望は知っている。
「あーあ、こんなことしてる場合じゃないのに」
「ほう」
「今日は一日掃除と片付けに明け暮れると心に決めていたのに。
 布団も干してシーツも替えてはたきをかけて窓もみがいて靴箱には風をとおして」
「たまの休日にそうせわしなく動くこともあるまい」
「たまの休日だから普段できないことをするんだよ」
 望はまばたきをしながらのんびりと言った。
「だとしても最近のおぬしはちとカリカリし過ぎておるぞ」
 そんなことないよと、軽く唇をとがらせたその仕草が望の言葉を肯定している。
「何ぞ腹の膨れることでもあったのか?
 おぬしのものはわしのもの、おぬしの悩みもわしのものだ。
 言ってみろ、すこしは気がまぎれるやもしれん」
「望ちゃん……」
 普賢は望を見つめた。 
 鷹揚とかまえた彼は、まだ自分が世界を巻き込む計画の礎に指名されたことを知らない。
 それを思うと普賢は、胸のあたりに冷たく固いものを感じる。
 行ってしまう。
 大きく広く望まれて。
「……掃除機かけたいからどいて」
「だが断る」
 望はごろりと横になった。そのまま目を閉じる。本格的な寝息が聞こえるまでもう少し。
「もー」
 怒ったふりで、普賢は自分もまた天板の上につっぷして伸びをする。
 いつもと同じ休みが過ぎていく。穏やかな日々は、もうすぐおしまいになって、振り返れば宝石みたいに輝いて見えるのだろう。
 気まぐれで自分勝手な優しい彼が、キスをくれない日が来ることを、普賢だけが知っていた。

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■ノヒト ... 2007/06/13(水)07:42 [編集・削除]

暑いと冬の話が書きたくなります。

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