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SS~愛染

 
『ごめんねごめんね、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい』
 
 ※暗い 18禁 猟奇表現有り
 ※望普で妲望 血ぃ出てますよ。
 ※自殺。ダルマ。ヤンデレ。自己責任でどうぞ。
 
 
続き
 
 

 
 窓もない、扉もない。光もない、ぬくもりもない。
 漠然と広く、閉じていてひどく狭い。
 切り取られた部屋の中で、男は女を抱いていた。
 篭もった空気に響くのは、男の荒い息づかい。そして腰を打ちつけるたびあふれる粘液質な水音。
 男の、汗で貼りつく黒髪の下の横顔はまだどこか幼い。欲望に溺れた両の目は女を見つめているようで、どこか遠くを見ている。だらしなく開いた口の端からよだれがこぼれて女の肌を汚した。
 女は、その熟れた肢体を汗で濡らして、けれども瞳は冷めたまま、肉厚な唇に嘲笑を浮かべている。豊かな長い髪が男の足元まで伸びて、濡れた音が立つたび蛇のようにのたくった。
 男が顔を寄せ、女の頬に口づけた。甘露のように汗を舐め取る。女の冷えた笑みが深くなる。女は手を伸ばし男の頬をなでてやった。飼い犬に褒美でもやるかのように。
 男はうれしげに笑い、愛しているとつぶやいた。

 最初、その部屋は青に包まれていた。
 黄昏の断末魔から宵闇に変わる空色のまま時を止め、深海の底のように静かだった。
 あたたまらない寝具の中で、男は同じ女を抱いていた。大柄で豊満で、長い髪と汁気のある唇を持っていた。ただ瞳の色が違っていた。そこにあるのは笑みではなく、おびえと焦燥だった。何かに駆りたてられるまま、女は肌をすり寄せた。
『股を開け。自分で動け。舐めろ。しゃぶれ。ひざまづけ、犬になれ』
 要求のすべてに、女は応えた。うなだれて睫毛を伏せ、言われるまま命じられるまま、男に総てを明け渡して、涙ひとつこぼさずに女は泣いていた。
 その様は男の心をひどくかき乱した。男の体内にはなつかしい憎悪が燃えていたが、腹の底では違和感がちりちりとはぜていた。
『四つ這いになれ。自分で広げて見せろ。尻を出せ。声を殺せ』
 縛られ、打たれ、苛まれ、気まぐれな仕打ちを受けるたび、女の肌から血が滲んでシーツに赤黒い痕をつけた。
 女は悲鳴をこらえ、苦しげに眉を寄せる。求めていたのはこれではないと腹の底で誰かが叫ぶ。生まれる前に殺した叫びは不快な火花を散らし、男をさらに苛立たせ行為を加速させた。
『もうよい、失せろ!今すぐわしの目の前から消えてなくなれ!』
 腕をもぎ、足を落とし、腹を裂き、全身に女の血脂を浴びたまま男は叫んだ。血の気を失った女の瞳が、その瞬間絶望に染まった。
『……どうして?』
 長い沈黙の果てに、初めて女は口をきいた。
 それは記憶に留められた蟲惑に誘う声音ではなく、振り返り名を呼べばいつも答えてくれた友のものだった。
『どうして?何もかも思うがまま、キミの望むまま……ほら、キミ好みの顔、キミ好みの手、キミ好みの足、キミ好みの体、長い髪、くびれた腰、大きな胸、やわらかいふともも。好きでしょう?ずっと、こうしたいと願っていたのではないの?叩いて、ぶって、打ちのめして、ひざまづかせて征服して……』
 女の瞳の色が、猥らな桃色からゆっくりと紫紺に変わっていく。
『ダメなの?やはりダメなの?まがい物はダメなの?本物でなければダメなの?そうなんだね、ダメなんだね、やっぱりダメなんだ、僕ではダメなんだ、僕はダメなんだ、キミの本物にはなれないんだ、太刀打ちできないんだ』
 もいだはずの両腕が、落としたはずの両足が、青い闇の中から浮かび上がる。それは女の四肢ではなく痩せて骨ばった男のものだった。血に濡れた肌にひびが入り、陶器が欠けるようにはがれて落ちて、下からのぞいたのは青白い小柄な体。
『そうだよね、当前だよね。どうしてだろう、ひょっとしたらなんて僕は思ってしまった。ありえないね、無理だよね、始まる前から終わってるよね。なのに万に一つもない夢を見てしまった。なんてことだ。キミを傷つけ穢してしまった。僕ではキミを捕まえておけない、わかりきっていたのに』
 ぱりんと殻が割れて、彼があらわになる。
 濡れた頬の上を、欠片とともに涙がしたたり落ちていく。
『ごめんねごめんね、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい』
 彼が、泣いていた。
『ごめんなさいごめんなさい、謝ることしかできない。
 キミが僕に戯れに口づけたあの時から、僕は僕を抑えられなくなった。
 冷涼な朝にも灼熱の昼にも混沌の夜にも、花咲く木陰でかび臭い書庫で午後のお茶の席で寒風吹きすさぶ渡り廊下で、どうかするとすぐにありえない夢物語を描いてしまう。隣に居るキミが僕のためだけに笑ってくれたら、頬に触れてくれたら、手をつないで歩いてくれたら、そんなことばかり考えてしまうよキミが隣に居てくれるそれだけで僕は満足しなくちゃいけないのに。
 僕がこんな醜い欲望を抱いているなんてどうしてキミに言えるだろう。キミの目に映る僕はいつだって最善で十全で完全でありたい。キミがその心をほんの少し僕に傾けてくれるそのためならばどんな努力も惜しまない。だけど、どんなに願っても僕の望みは果たされない。君と僕は同期で親友、それだけ、ただそれだけ、それ以上の結びつきなどありえない。キミを想うほどに僕は果てしなく空回り。
 それでもいいと、思えていたのに。嗚呼、何故僕に口づけたの?
 戯れなればこそ重過ぎた。その場限りだからつら過ぎた。幸福の片鱗を味わってしまった僕はキミの望む親友ではいられなくなった。諦めることができないのならば、せめて濁ったこの心を灼き尽くしてキミに捧げたかったのに、生き延びてしまうなんて。
 望ちゃん。変わってしまったキミ。
 己の理想の命ずるまま、人の世にも仙界にも神界にも姿を現さなかった潔癖なキミ。あらゆるくび木から解放されて神たる僕よりもさらに莫大な自由と未来を手に入れたキミにとって、僕は路傍の石ほどにも価値のない存在と成り果てていたのだろう。キミを見かけた話は数あれど、それらは皆僕以外の誰かで、キミは一度だって僕に顔を見せてはくれなかった。
 なのに僕はキミを忘れられなかった。キミの面影はあらゆるところにたち現れた。あの日垣間見た幸福の残像が僕の脳裏を離れない。時が流れるほどに僕はキミを求めてやまなくなっていく。
 あの日、キミが僕の前に姿を現したのはきっと偶然だよね。キミの中で僕は昔の僕のままで、僕もまた変わってしまった取り返しのつかないほどに変わってしまったことなど知りもしなかったろう。
 望ちゃん、ごめんよ望ちゃん。キミに餓えきっていた僕にはもう卑怯な手を使ってすがりつくしかなかった。あの人の姿をとり、キミの憎悪に、キミの中の最も古く強い感情を煽って過去に引き戻し、僕の知るあの頃に時をまき戻そうとした。僕の妄想にキミを取り込み、終わりのない憎悪の中にキミを留め置くことで。
 望ちゃん、ごめんね望ちゃん。
 僕は最もしてはならないことをした。キミの心の一番奥深くを土足で踏みにじった。君が狂うと知りながら、僕は僕を止められなかった。
 ごめんなさいごめんなさい。独りよがりな感情にキミを巻き込んでしまった。キミを傷つけ穢してしまった。ごめんねごめんなさい、僕の望ちゃんと、一度でいいから呼んでみたかっただけなんだ。それだけだったんだ、ごめんなさい本当にごめんなさい。
 僕が僕を抑えることができたならば、キミの記憶の中の僕は穏やかなまま色褪せていくことができただろうに、そう思って自分を慰めることもできたのに、もうそれもできない。おしまいだ全部おしまいだ。積み上げてきた関係も共に過ごしたあの頃も、何もかもおじゃんだ、おひらきだ。なのにまだ僕はキミを諦められない。
 ……ごめんなさい、ずっと好きでした』

 気がつくと彼は窓の外だった。
 男が外を見ると、窓枠の遥か下で、彼はぐちゃぐちゃになっていた。
 小さな体は赤と黄色と白を混ぜて握りつぶしたよう。
 半分つぶれた顔の、右目だけがぽっかり開いていた。
 その時から男は部屋の中に囚われている。
 
 部屋は暗い。
 窓のあったところには幾重にも闇が帳を下ろしている。それでよかった。二度と窓の外など見たくはない。見なくても生きていける。ここには憎い女が居て、男は復讐を遂げている真っ最中なのだから。復讐は男の人生のすべてだった、今もそのはずだ。
 窓の外は真っ白でまぶしい。思い出すだけで目を焼かれるような痛みが走る。だから男は闇を選ぶ。闇の中なら何も見なくて済む。
 男は女を抱く。艶かしい肢体に溺れ、欲望の限りに汗ばんだ肌をかき抱く。
「知っていたか。わしがおぬしを愛していたと」
 甘えた声で、男は睦言をささやいた。
「最初は憎しみだった。わしはおぬしも憎んでいた。目に映るものはすべて敵だった。役に立つかそうでないかだった。だがおぬしはわしをとろかした。頑なだった心をほどき、わしを解放してくれた」
 男は女を抱きしめる。ふたつとない宝のように、大事に大事に。うっとりとまぶたを閉じ、ぬくもりに酔う。
「知らなかったろう?わしはおぬしに悟られまいと全精力を傾けていたのだ。うつけのふりでおぬしをあざむき、その実おぬしの微笑を独り占めすることばかり考えていたのだ。
 戯れに見せかけた口づけは、わしの人生の最良のひと時だった。一瞬の永遠を胸に抱き、ひとりくたばるつもりで山を降りたのだ。なのに死にぞこなった。おぬしに犠牲を強いたくせにわしは死にぞこなったのだ。浅ましい我が身をおぬしに見せるわけにはいかなかった。
 なのにあの晩、わしは見てしまった。おぬしは泣いていたな。枕を涙で濡らしていたな。ひとりぼっちで泣いていたな。そして名を呼んだな。わしの名を。
 あの歓喜をどう言い表わせばいい?
 わしはあの瞬間一気に妄想に入り込んだのだ。ひょっとしたら、ひょっとしたらなんて思ってしまったのだ。万に一つが目の前にある気がして耐えられなかったのだ。わしは傍らにおぬしのいない生に飽き果てていた。夢とうつつを見誤るほどに。
 わしはおぬしの周りをうろついた。姿を消したまま痕跡だけ残した、おぬしにだけわかるように注意深く気配を断って。
 おぬしはひとつひとつに反応してくれたな。そして追い詰められてくれたな。嗚呼、うれしかった、うれしかったぞ。やめられなかった。喜びが体中を駆け巡って、背筋がぞくぞくして、実に甘美だったとも。わしは壊れていくおぬしを眺めながら、暗がりでひとりほくそ笑んでいたのだ」
 愛していると、男は打ち明けた。腕の中の女に向かって。
 その手が撫でるのは長い髪だ。なのに男は短いくせっ毛を撫でたつもりでいる。その唇がついばむのは豊満な肉体だ。なのに男は痩せた細い体を抱きしめたつもりでいる。
 自らの聖域を踏みにじり、行き場を失った男は部屋の中からどこにも行けない。窓の外に何があるか考えたくもないから。
 愛している。何度目かわからない告白が男の口から漏れる。情熱に燃える眼差しは焦点があってない。閉塞した空間の中を彷徨う告白は女の尻の下、押しつぶされて果てた。
 

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■ノヒト ... 2007/07/20(金)02:15 [編集・削除]

普賢菩薩と普賢自殺は響きが似てるよなあと思って。
あとやっぱ妲己ちゃんは最強。

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