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SS~あらとるとら

「別れてくれぬか」
 
 ※血ィ 殺害 食人
 ※>>B氏によるカキ氷SSの捏造派生話
 ※ふーたん女の子注意
 ※BR指定 自己責任でどうぞ
 
 
続き
 
 

「別れてくれぬか」
 机を見つめていた望ちゃんが、顔をあげるなりそういった。
 僕はその時、冷めきったお茶を淹れなおしていたところだった。
「身勝手なのは百も承知だが……」
 全身の血がゆっくりと冷えていく。手に持ったままの茶器のぬくもりもわからない。
「そう」
 反射的に微笑んで、僕は。
「あの人?」
 その一言だけで望ちゃんは顔をしかめた。痛いところを突かれたように。なによりも雄弁な肯定だった。
「おぬしは一人でも生きていける。だが、あやつにはわしがついておらねば」
「そう」
 笑みが深くなる。
 望ちゃんは眉を一瞬だけいらだたしげにしかめて、堰を切ったように語り始めた。
 僕がどれだけ薄情でつまらない女か。あの人と彼がどれだけ信頼しあっているのか。
 僕は微笑んだままうなづき、やわらかく相づちをうつ。
 それ以外できない。
「そういうわけだからおぬしとはこれぎりだ!ではな!」
 一人で勝手にしゃべり倒して、一人で勝手に興奮して、望ちゃんは椅子を蹴倒さんばかりの勢いで立ち上がった。
 僕もつられて立ち上がる。
 望ちゃんは憤然と扉を開けると、玄関とは違う方向へ行ってしまった。
 なんとなく、その後をついていく。他にどうすることもできなかった。頭の芯がしびれたようで。
 階段を昇って2階に到ると、望ちゃんは寝室に入っていった。寝台の横に無造作に置かれたままの荷物をつかみ上げ、僕を押しのけてまた廊下へ出て行く。
 寝具は昨晩愛し合った(そうだよね?)ままに乱れている。
 キミに抱かれるのも口づけられるのも、本当に久しぶりだったから、僕は萎縮してしまって声ひとつ満足にあげられなかった。
 ついていく、キミに。
 キミの足取りは速くて、置いてけぼりにされそうになる。いつだってこの背中を追いかけていた。
 キミの足取りはいつも速くて、僕を置いてぐいぐい進んでいくから。
 だから僕は。
 置いていかれたくなかったから。だから僕は。
 だから僕はいつも、平気なふりをして。
「望ちゃん」
 彼は僕を振り返りもせず、階段を降りようとする。
「望ちゃん」
 彼は僕を振り返りもせず、階段を降りていく。
 気がつけば僕はその背中に手を伸ばして、
 
 どん。

 望ちゃんは信じられないものを見る目で僕を見て、なんだかそれはちょっと喜んでるように見えなくもなくて、それからまっさかさまに。
「望ちゃあん!」
 僕はすぐに自分のしたことを理解し恐慌に駆られて彼の体を捕まえようと駆け出したけれど階段を転がり落ちる望ちゃんからはごきっとかぐしゃとかいう音が聞こえて妙に冷静な頭のすみのほうがああこれはもうダメだなとつぶやくのを他人事のように聞きながら僕は望ちゃんを追いかけて追いついたその時には既に事切れていた。
 ずれたターバンに赤いシミがじんわり広がっていく。
 首がありえない角度に曲がっていた。
 薄く開いた口からのぞく折れた前歯が妙に間抜けに見え、僕は両の目を見開いたまま少し笑った。
 僕は辺りを見回す。庭からセミの鳴き声が聞こえる以外は物音ひとつしない。廊下に立ち込めた暑気がやたらとねばついて感じる。
 僕はさらに辺りを見回し、転がったままの望ちゃんを見回し、さらに辺りを見回し、望ちゃんを見回し、さらに辺りを見回し、もう一度見回し、セミがうるさかったので殺虫剤をまくことを決意し、もう一度望ちゃんを見回し望ちゃんを見回し望ちゃんを見回しそれから何するんだっけ、さらに望ちゃんを見回し、ええとそうだ暑いんだ。こう暑くちゃよくない。
 暑いのはよくない。よくない、まったくよくない。
 僕は、よくない、よくないとつぶやきながら望ちゃんをラボまでひっぱっていく。
 重たい。重たいものをひっぱると暑い。暑いのはよくない。資材室に望ちゃんを運び込む。
 資材室には冷凍庫がある。開けるとひんやりしている。ぜんぶ凍りついてる。暑くない。いいことだ。ここなら安心だ。一番奥にしよう。ここはいいところだから一番奥だ。僕は中の棚をわしづかみにし、順番に引っ張り出す。シャーレやビーカーが次々落ちて甲高い音とともに割れる。
 手がかじかむ。指先がびりびり痛い。暑くない証拠だ。いいことだ。からっぽの冷凍庫に望ちゃんを入れる。冷凍庫はマイナス20℃に設定されている。華氏-4°F、列氏-16°Re。253.15K、-6.6°Nとも表せる。望ちゃんは小柄に見えて意外にしっかりした体をしている。冷凍庫は窮屈で僕は歯を食いしばって望ちゃんを押し込む。うなじからしたたった赤いものが僕の手に落ちた。血液にはヒステリシスがあっただろうか。不純物が多いから凝固点降下が起きているのは確かだ。あとで計算してみよう。成分は何だっただろう。確か血球成分と血漿成分に大別できたはずだ。思い出せない、腹立たしい。頭を奥に押し込んだらごりって言った。
 銀色の扉をしめる。表面には僕が映っている。銀色の表面には肩で息をしている僕が映っている。冷凍庫の銀色の表面には扉に手をかけたまま肩で息をしている青ざめた僕が映っている。冷凍庫の肩で息をしている青ざめた表面には僕に手をかけたまま扉が銀色の映っている暑い。
 暑いなあ。なんでこんなに汗が出るんだろう。なんでこんなにセミはうるさいんだろう。庭で鳴いてるのは一匹だけなのになんでこんなにセミはうるさいんだろう、そうだ殺虫剤をまかなきゃ。どこだっけ。
 僕は弾かれたように立ち上がり駆け出した。足元がぱりぱり鳴って痛みが走ったけどいまは殺虫剤を探さなくちゃ。セミがうるさい。あんなにうるさいのにじっとしてなんていられない。走るとまた暑くなる。いらいらする。セミがうるさい。頭がガンガンする。
 倉庫に飛び込んで手に当たるものをすべてひっくり返す。棚のものは下に落とし、箱という箱は片っ端から開けて違うものはぜんぶ投げ飛ばす。
 ない。ない、ない、ない。アレがないとダメなのに。どこに行ったんだ。
 しまった、そんなものはないんだ。仙道は殺戒を犯してはならないとか何とかで常備してなかったんだ。なんてことだ。面倒だ、自分で作ってしまおうか。C6H5ClとC2HCl3Oを酸性条件下で加熱すればよかったはずだ。
 太極符印を呼び出す。いつもと同じように呼んでるはずなのに輪郭がぶれてなかなか形が定まらない。3回目でようやく相棒が手の中に落ちてくる。丸くてひんやりした感触を胸に抱くとほっとする。

 がちゃり。

 音が聞こえて、僕は凍りついた。玄関のほうからだ。
「ただいま帰りやしたー」
 木咤だ。昨日から道徳のところに修行に行ってたのが戻ってきたんだ。
 昨日は望ちゃんが久しぶりに訪ねてきてくれたから、二人には無理を言ってしまったんだ。
 僕は倉庫の中で太極符印を抱きしめて息をひそめる。
「あれ、師匠?」
 おかしいなあと言う木咤の声が近づいてくる。
 倉庫の向こうは曲がり角で、角を曲がると階段があって、階段の下には望ちゃんからしみ出た赤い汁があって。
「おかえり」
 僕は倉庫の扉を跳ね開けて体を半分覗かせた。笑顔で。
「ただいま帰りやした。探し物ですか、師匠?」
「うん、ちょっとね」
「手伝いやす」
 木咤が倉庫に入ろうと近寄ってきたから、僕はあわてて首を振った。
「ううん!ううん、いいよ。大丈夫だから」
「何おっしゃってんですかい。明かりもつけてなさらねえでやすか」
「いいんだ。本当に大丈夫だから」
「そんなに汗まみれじゃお体壊しやすぜ。探し物は弟子にまかせて、師匠は涼んできてくだせえ」
「これは、だって今日は暑いから」
 あ。
 不意に口を閉ざした僕を木咤が不思議そうにながめる。
 あー……。
 そうかあ。今日は暑いんだよねえ。
 暑い日にはアレだよねえ、そうだよねえ。
 セミが鳴いてる。遠くでセミが鳴いてる。
 あけっぱなしの窓の下、陽だまりから暑気が立ち込めてぬるぬると。
「木咤」
「へえ」
「山ごもりしておいで」
「は?」
「一週間」
 木咤はあっけにとられている。僕はにこにこ笑って、駄目押しする。
「しておいで」
「……へえ、わかりやした」
 木咤は素直でいい子だ。僕は彼を弟子に持ってよかったと思う。
 揺れる金色の髪を手を振って見送って、僕はああなんだか久しぶりに心から笑ってる気がする。
 セミが鳴いているよ。庭で一匹だけ。しょうがないね、こんなに暑いんだもの。
 先ほどまでの凶暴な感情はなりをひそめて、気分が浮き立って仕方ない。踊りたいな、赤い靴をはいて。腕の中の太極符印を消す。
 こめかみを伝い落ちる汗が心地いい。うなじに突き刺さる日差しがちりちりと、細い針のようにむずがゆくてくすぐったい。
 こんなに暑いなら、きっとさぞかし美味しいだろう。

 一週間もあったら、ぜんぶ食べられるよね。

 でたらめな旋律の鼻歌を歌いながら、台所へ。
 

COMMENT

■ノヒト ... 2007/08/08(水)01:31 [編集・削除]

いただきものSSから派生させました。
許可ありがとうB氏。

ちなみにC6H5ClとC2HCl3Oを酸性条件下で加熱するとDDTができるんだそうですありがとううぃきぺたん。
なお、望には本気で別れる気なんてありませんでした。(望普的フォロー)

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