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SS~69話より

「これ、呂大哥に渡してほしいの」
 
 ※望普in『学/校/怪/談/69話/矢/島/っ/て/誰/だ/?/』
 ※ふーたん女の子注意
 ※ナチュラルに夫婦設定。子どもはのぞみちゃん。
 ※一応、ホラー
 
 
続き
 
 

「これ、呂大哥に渡してほしいの」
「ほえ?」
 のぞみがそれを受け取ったのは、帰り道でのことだった。
「お願いね」
 それを突き出してきたのは、のぞみより年上の少女だった。まだ年若い風で道士の装束を身にまとっている。
 有無を言わせぬ態度に、つい受け取ってしまったのぞみは、手の中のそれをまじまじと見つめた。芯棒にくるりと紙を巻いただけの簡素な巻物だ。表地も貼っておらず、封代わりに赤い細ひもがからみついている。
「それでー、あなたはだれなのー?」
 のぞみが顔をあげるともう彼女の姿はなく、夕暮れの濃い斜光が玉虚宮の廊下を染め上げているだけだった。最大の疑問を聞き損ねたのぞみは頬をかく。
「……りょたいかって、だぁれー?」
 そのまま取って返して楊ゼンに聞いてみたけれど、彼にも心当たりはないと言う。
「こまったねー」
「困ったね」
 楊ゼンが巻物を受け取りためつすがめつするが、手がかりらしいものは一つも見当たらない。
「あぶりだしかしらー」
「それはないと思う」
「中に書いてはないかしらー?」
 楊ゼンが止めるまもなく、のぞみはひもをほどいてしまった。
 白一色の書状にはただ一言『愛しています』。
「すてきぃー!ラヴレターねー」
「そうだね恋文だね。差出人の名前もないってのが不気味だけど」
「きっとはにかみ屋さんなのよー。よぉーし、のぞみがんばっちゃうわー」
「……それ僕が預かっておくよ」
「のぞみが頼まれたからのぞみがとどけるのだわー。まかせてー」
 大丈夫かなあと、楊ゼンは肩をすくめた。
 扉を開け放ち、意気揚々と去っていくのぞみのちいさな後姿をながめる。
 その背にふと黒い影を見た気がして、楊ゼンは眉をひそめた。
 のぞみが家につくと、卓の上に夕飯ひとそろいと書置きが置いてあった。
『のぞみへ
 ママはパパにお呼ばれしたので出かけてきます。
 寝る前にはちゃんと歯をみがくこと 普賢』
 出て行ってからそう時間はたってないようで、椀のふたをとると湯気があがった。のぞみの好きなニンジンとピーマンのスープだ。
 のぞみは晩御飯を食べると風呂に入り、早起きするつもりでさっさと布団にもぐりこんだ。

 夢を見た。
 暗い廊下を書状を持って歩いている夢だ。
 静まり返った暗がりに、のぞみの足音だけが響いている。
「渡してくれた?」
 急に声をかけられて、のぞみはぎょっとしてふりかえった。すぐうしろにあの少女が立っていた。
「ううん、まだなのー、ごめんねー」
「ちゃんと呂大哥に渡してちょうだいね」
「それがー……のぞみは呂大哥って人は知らないのよー。楊ゼンも知らないって言ってたしー」
 でもだいじょうぶ、ちゃんと探すから。
 のぞみがそう口にする前に、少女は尖った声を出した。
「知らないはずないわ。嘘つかないでよ」
「嘘じゃないのよー……」
「そんなはずないわ」
 不穏な気配にのぞみは口をつぐんだ。少女の目は真新しい銀貨のようにぎらぎらと光っていた。
「あたしは呂大哥が好きだったの」
 少女の首元にみみずばれが浮かび上がり、みるみるうちに色を濃くしていく。 
「あたしが結婚するつもりでいたのに」
 少女の顔が醜く歪んだ。いつのまにか彼女の首元には赤い縄がからみついている。ピンとはった縄は天井のほうへまっすぐ伸び、少女の体を宙に吊り下げていた。
「あだしが呂大哥と結婚してだら、あんだなんかうまれながっだのよ゛」

 悲鳴をあげて飛び起き、震える手でスイッチを探して明かりをつけた。
 人工的な光が目を焼いたが、照らし出されたいつもの部屋にほっとする。
 全身が冷や汗でびっしょり濡れている。暗闇の中にまだあの子の気配が残っている気がして、のぞみは襟元をかき寄せた。
「どうかしたの、のぞみ?」
「あ、ママさま」
 扉を開けて顔を出したのは、のぞみの母だった。寝ている間に帰ってきたらしい。色白のおっとりした顔が心配そうにのぞみを見つめている。
「おかえりなさいなのー」
「ただいま。怖い夢でも見た?」
「うんー……」
 普賢はのぞみを抱き上げると、背中を叩いてゆすってくれた。あたたかな腕に包まれいつもの笑顔をながめていると、こわばった心がゆるんでいく。のぞみは普賢の薄い胸に頬をあてて安堵の息を吐いた。
 ふと机の上に目をやると、書状が置いてあった。寝る前に引き出しに入れたと思ったのだけれど。
「ねえママさまー」
「なぁに?」
「呂大哥って知ってるー?」
「呂、大哥?」
「うん」
 のぞみは特に期待していなかったのだが。
「パパだよ」
「ほへ?」
 きょとんとしたのぞみに普賢がほおずりする。
「パパのね、うんと昔の名前だよ。仙界にあがってしばらくは呂望って呼ばれてたんだ」
 普賢はなつかしそうに微笑んだ。
『あたしが呂大哥と結婚してたら、あんたなんかうまれなかったのよ』
 夢の中の少女の恨みに満ちた視線を思い出し、のぞみは普賢の服をつかんだ。

 +++++

「ただいまー……」
「おかえりのぞみ。手を洗ってうがいをしてね」
「はぁい」
 母に言われたとおりにすると、のぞみは重い気分で自室の扉をあけた。
 机の上には、何ものっていない。
 確認して、のぞみは胸をなでおろした。
 初めてあれを受け取った日から、2ヵ月がたとうとしていた。宛先はわかったものの、のぞみはどうしてもそれを父に渡すことができなかった。
 恋文は父の昔の恋人からのものなのだろう。そして、彼女はきっと、もう既にこの世にいない。
 のぞみは、巻物を引き出しの奥にしまいこみ見なかったふりをした。それ以来、気がつくとまた新しいものが机の上に置かれるようになった。
 引き出しの中の書状の数は増えていく一方だ。のぞみはすっかり困り果てていた。
 ため息をつくと、引き出しを開ける。存外に軽い感触がして、次の瞬間のぞみは息をのんだ。
 ない。
 書状がない、すべて消え失せている。
 あわてて部屋中を探しまわったが、書状の束は影も形も見当たらなかった。
「どうしたの、のぞみ。あらら、こんなにちらかして」
 扉が開いて、普賢がひょっこり顔を出す。
「ママさま!巻物知らない?」
「あの白いやつ?」
「そう、それ!どこにやったの?」
 血相を変えたのぞみに、こともなげに母は答えた。
「焼いちゃった」
「……ほへ?」
「裏庭でね、全部燃やしてしまったよ」
「な、なんでそんなことするのー!」
 母はころころと笑って先を続ける。
「のぞみは心配しなくていいんだよ。もうあの女の子がキミに取り憑くことはないから」
「……なんで、知って……」
 のぞみの背中を冷たいものがすべり落ちた。
 母のうしろに、黒い影が見える。まるで天井から縄で吊り下げられているかのような。
「ママは大丈夫。こんな小娘、いくら取り憑いても全然平気。望ちゃんは僕のものだもの」
 普賢はいつもどおりにこにこと笑っていた。

COMMENT

■ノヒト ... 2007/08/16(木)01:33 [編集・削除]

文庫版を買ったので。この話が特に好き。

これを書くために異説封神を読み返したら、のぞみ×楊ゼンに萌えた。

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