「ふーげーんーねーえー!」
※食人 血ィ ラブラブ
※狂気の現代義姉弟設定ふたたび
※刺身、海老、茶碗蒸し好きは注意
※我ながら注意書きがカオス!
「ふーげーんーねーえー!」
「うわああああ!」
背後から望ちゃんがタックルしてきた。僕の手には水inお鍋withじゃがいも(さいの目切り)。
「何するの、あぶないでしょ!ひっくり返すところだったじゃない!」
「悪い悪い、普賢姉のエプロン姿を見てるとついむらむらと」
「しなくてよろしい!」
僕は鍋を火にかけると望ちゃんの頭をはたいた。小気味の良い音がリビングに響く。
土曜日の昼下がり。お父様は出張、お母様はクラス会ついでに帰郷で、今日は帰ってこない。つまり望ちゃんの面倒は、僕が見なくちゃいけないわけで。
小腹がすいたと訴える望ちゃんのために、おじゃがのスープでも作ろうとした矢先にこれなんだから。
「普賢姉ー」
「なぁに?」
「チチもんでいい?」
「却下」
「まあそう言わずに聞いてくれよ」
急に真面目な顔になると、望ちゃんは姿勢を正した。つられて僕も背筋を伸ばす。
「俺はさ、常々責任を感じてるんだよ、普賢姉の貧乳に。こうまでさっぱり育たないのは、きっと努力が足りないからだと思うんだ。けど安心してくれ、普賢姉のチチは俺が責任をもってでかくする。さあ、遠慮せず前をたくし上げて!」
僕は無言のまま望ちゃんの頭をフライパンで叩いた。
大きなお世話です。まったく、親が出て行ったとたんこれなんだから。
望ちゃんは僕の義理の弟で、ふたつ年下の高校生で……内緒だけど僕の恋人、今のところ。1年前に強引に奪われて以来、誰もいないとすぐ抱きついてくる。
「そんなつれないところもかわいいよ普賢姉」
「いいかげんにしなさい。スープ作ってあげないよ」
「いいよ、代わりに普賢姉食うから」
瞳を閉じて顔を近づけてきた。彼の腕にやわらかく捕らえられた僕に抵抗するすべはなく、おとなしく望ちゃんを受け入れた。触れ合うだけのキスに僕もまた目を閉じる。
望ちゃんの唇は柔らかくて心地いい。うっとりと口づけに酔う僕の手から、望ちゃんはさりげなくフライパンを取り上げた。空になった手で、僕はコンロの火を消す。
「かわいいな、普賢姉」
望ちゃんはくすくす笑いながら僕の頬に何度もキスした。
僕の手を引いてソファに寝かせると、望ちゃんはやさしく抱きしめ、くりかえしキスをくれた。少しだけ体温の高い望ちゃんの体は、布地越しでも熱くて気持ちいい。穏やかな気持ちが胸にあふれてく。
「ああ本当に、食べちゃいたいくらいかわいいよ」
僕も笑いながら望ちゃんの頬をなでる。
「どうやって食べるつもり?」
悪趣味な冗談のつもりで、僕は聞き返した。望ちゃんは僕の胸に顔を埋めて口を開く。
「そうだなあ。普賢姉は煮ても焼いても美味しいけど、やっぱり新鮮なうちは刺身がいちばんだよな」
「何それ」
くぐもった笑い声が僕の胸に響く。黒曜石のような瞳が僕を見上げてくるから視線を合わせた。くすりと笑われる。
「風呂場の天井から吊り下げて、こめかみとくるぶしに穴を開けて血抜きをしてさ。そのあいだによく切れる包丁を買ってくるんだ。刃が欠けてもいいように、2本あるといい。解体は手早くやらないといけない、魂を手放した肉体はあっというまに腐るから。
昔は山の上から氷を採ってきたりしなきゃいけなかったけど、最近は冷蔵庫があるからそんな手間かけなくてよくなった」
便利な時代になったよなあって、望ちゃんが笑う。
うすら寒いものを感じて、僕も笑おうとした。ひんやりした空気を冗談にまぎれさせてしまいたい。
「望ちゃんったら、まるで本当に食べたことがあるみたい」
「あるよ」
望ちゃんは笑顔を引っ込めて僕をのぞきこんだ。
「あるよ。俺は何度も普賢姉を食べてきたからさ」
「……」
冗談だよね?そう言いたいのに、僕の口はこわばったまま動かない。望ちゃんが手を伸ばして僕の額にかかった前髪を払った。
「普賢姉の肉はやわらかくておいしいよ。やせっぽっちだから肉を剥ぐのが大変といえば大変だけどさ。まあそこも楽しいやね。
内臓は半分に裂いて水でよく洗ってから漬けとく。そうしとくと、あらかた食べ終わった頃にいい感じになってるから。心臓だけはすぐ食べちゃうけどな。厚めに切って塩とごま油でね。丸呑みしたいところだけど、厚くてぐにぐにしてるからけっこう難しいんだ。ここは……」
望ちゃんがすっと手を持ち上げる。僕の頭をとんと叩いた。
「首から落としてまるごと煮込んでるよ。頭皮を削いで、知ってる?頭蓋骨って薄い骨板の集まりなんだ。だから継ぎ目にマイナスドライバーをさしこんで、栓抜きの要領であけるんだ。
汁をすすってスプーンですくって食べるよ。味はちょっと海老に似てるかな。中身を取り出して、軽く蒸して茶碗蒸しの具にしてもいける」
「はは……望ちゃんたら……」
乾いた笑い声が僕の口から漏れる。望ちゃんは変わらずにこにこしてる。でも目が、笑ってない。
「あれは3度目のお別れのときだったよ」
僕を抱きしめなおして、望ちゃんは遠い目をした。
「むかしむかしの話だよ。普賢姉は俺のために、俺のせいで、死んでしまったんだ。
俺はすべて終わった後、魂魄だけになった普賢姉にかりそめの体を与えて一緒に暮らすことにした。幸せだったよ。一年中にこにこして過ごした。だけど、やっぱり限界が来て、俺はまた普賢姉と死に別れたんだ。
悲しかったなあ。俺はめそめそしながら世界中を歩いたよ。顔は笑ってたけど、俺はいつも泣いていた。
ところがある日、俺は普賢姉を見つけたんだ。そうだよ、普賢姉は生まれ変わってたんだ。
もちろん普賢姉は俺のことを忘れていたけど、そんなの関係なかった。普賢姉はすぐに俺を好いてくれて、またふたりで一緒に暮らしたんだ。幸せだった。普賢姉はもうただの人間だったから、年をとってしわくちゃのおばあちゃんになって、俺は一緒に年を取れなかったのがちょっと残念だったけど、でも幸せだった。
だからよけいに、悲しくてたまらなかったんだ。3度目のお別れが。あんまり悲しくてしかたがないもんだから、俺は普賢姉の小指をちぎってかじったんだ。そしたらさ」
望ちゃんは僕の顔を見てにこりと笑った。
「意外と美味かったんだな、これが」
長い指が僕の頬をなぞる。
「はりきって料理して、全部食べたよ。抜いた血は腸詰めにしたし、骨でダシもとった。都に飛んで、よく切れる包丁を買ってきたから、そんなに苦労はしなかった。望は羊さばくのが上手だなって、父上にも兄上にも誉められたことあるからさ俺は。
急いで食べなきゃいけないのはさすがに骨が折れたけど、がんばったよ。残したりなんかしなかった。愛しい普賢姉をぐずぐずの腐肉の塊にしてしまうのは忍びなかったから。幸せだったなあ。
それ以来俺はめぐりあった普賢姉が死んでしまうたびに食べてしまうことにした。生きたまま食ったこともあるし、犯しながら食ったこともあるよ。あれはよかったな。最後にはすべて煮溶かしてとろとろのシチューにして食べることにしてるんだ。残したりなんかしない。
普賢姉を食べてしまうことにしてから、俺は普賢姉とお別れするのが怖くなくなった。それに、普賢姉が俺を好いてくれるか悩むこともなくなった。だって、お別れだけどお別れじゃないからさ。どんな出会い方をしても最後にはふたりはひとつになれるからさ。
食べてるあいだ、俺は本当に本当に幸せだよ。普賢姉が俺の血肉に溶けていくのがうれしくてたまらないからさ。大好きだよ普賢姉。俺は普賢姉のまっしろな肌も、その下にたっぷりつまってる汚くて臭いはらわたも平等に愛してるんだ。
ああ、まったく……」
望ちゃんはにいと微笑み、低い声でつぶやいた。「至福の時なのだぞ」
氷のような指が僕の首筋を這う。その冷たさに悲鳴がもれそうになった瞬間、望ちゃんが僕の口をふさいだ。うっすらと口元に笑みを浮かべたまま、望ちゃんは僕の髪をやさしく梳く。
……殺される……。
逃げなくちゃ。逃げなくちゃ、なのに、全身を望ちゃんに押さえ込まれてもがくことすらできない。脂汗がにじみ、こめかみを伝ってぽとりと落ちる。
僕は観念してきつく目を閉じた。
「もー、かわいいなあ普賢姉は!」
ぎょっとして僕は目を見開いた。
「こんなヨタ話本気で信じちゃうなんてピュア過ぎだろ。ひょっとして怖い話聞いたら夜トイレにいけなくなるタイプ?」
からから笑いながら僕に抱きついてくる望ちゃんはいつもどおりだ。別人みたいな不気味な雰囲気は消えうせている。見回せばいつものリビング、キッチンでは火の気のないコンロの上にほっておかれたままの鍋がさびしげ。突如現実に引き戻され、僕はギャップにくらりと来た。
「でさ、俺腹減ったんだけど」
「……はいはい」
僕は立ち上がった。乱れたエプロンのしわを伸ばす。横目で望ちゃんの様子をうかがったけれど、小首を傾げられただけだった。
「デザートにアイスなんかがつくと最高なんだけど」
「スープ、望ちゃんが作ってくれるならいいよ」
「えー」
めんどくさいとぶーたれて、望ちゃんはソファに寝転んだ。僕より望ちゃんのほうがお料理上手なんだけどなあ。めったにふるまってはくれないけれど。そうだ。
「晩ご飯は望ちゃんが作ること」
「なんで?」
「あれだけ怖がらせといて、何もしないつもり?」
「あ、やっぱり怖かったんだ。ほんとかわいいなあ普賢姉は」
むきになって否定する僕をながめながら、望ちゃんがにんまり笑う。
「頭からバリバリ食っちゃいたいよ」
黒いはずの瞳が、朝焼け色に光った気がした。
■ノヒト ... 2007/08/18(土)02:57 [編集・削除]
10年位前の話ですが、オーストラリアでは動物愛護の観点から、イセエビの生け作りが法律で禁止されたそうです。