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SS~リクエスト「ダルマ女にされちゃった普賢を優しく抱く伏義」fromA,N,Otherさま

「つらかったら噛んでくれ。すぐ止める」
 
『Folie a Deux』
 
 ※ダルマ ヤンデレ 18禁 当然暗い
 ※猟奇表現有り。自己責任でどうぞ。
 
 
続き
 
 

 伏羲が降り立ったその空間は、清浄な空気に満ちていた。
 天井の高い洞穴の中にはさまざまな草木が生い茂り、澄んだ水が足元を洗っている。ガラスのはめこまれた大きな穴が、天窓代わりに光を透きとおらせていた。すべての植物は無秩序に繁茂しているように見えて一定の節度を保ち、調和して涼やかな呼気を吐いている。見るものが見れば、ここがかつての白鶴洞に似ていると気づいただろう。
 やわらかな草葉の茂みを縫うように伏羲は進んでいく。鵬のような黒いマントが重みなどないかのように揺れて、緑の葉がさざめく。
 やがて梢の向こうに東屋が顔を出した。白を基調にした屋根の下には、花瓶に茶器、椅子や小卓、小さな本棚まで設えてある。何よりそこには大きな寝台があり、普賢がいる。
 東屋にたどりつくと、伏羲は手にしていた花束を卓に置き、寝台をのぞきこんだ。
 寝具に埋もれるようにして、白いかんばせがのぞいている。首から下は薄掛けに隠れて見えないが、奇妙にぺったりしていた。
 枕元に顔を寄せると、普賢を間近に見ることができた。血の気の薄い白い肌、薄くひらいた桜色の唇、長い睫毛が落とす影までよく見える。思わずこぼしたため息が普賢の頬にかかった。睫毛がふるえて宵闇のような瞳がのぞく。
「今帰ったぞ」
 頬をなでてやると普賢は艶やかに微笑んだ。その様は朝露に濡れる百合を思わせ、伏羲は吐息をこぼす。
「のどは渇いておらぬか?深山の湧水がある、飲むといい」
 水差しを手に取ると、伏羲は氷を割り入れた青いグラスに清水をそそぐ。ゆるく振って混ぜ合わせ、華奢な装飾が施された銀の匙を取り出す。
 氷水をすくった匙は、物言いたげな視線を受けて止まった。伏羲は笑うと触れてもいいかと問うた。普賢がうれしげに頬を染めてまぶたを閉じる。
 伏羲は清水を口に含み、くちづけた。体温を吸ってぬるくなった水が注ぎこまれる。普賢はかすかな音をたてて飲み干す。口づけはそれだけでは終わらず、ふたりの舌先がお互いの口内をくすぐり、唇と唇が何度も重ねなおされる。
 唇が離れたあともふたりは離れず、お互いの輪郭がぼやけるほど近くで見詰め合う。名残惜しげに軽いキスをくりかえした。
 陶然と微笑む普賢の、内側からこぼれてくる眼差しを受けて、伏羲は目を細めると再び唇を寄せる。長いキスの果てに普賢は伏羲の肩越しに何かを見つけた。つられて振り返ると、卓の上に忘れられていた花束が目に入る。
「おお、そうだ。今日は土産があったのだ」
 伏羲は花束を持ち上げる。青い花弁がふるえた。中央を包みこむ薄絹のような花びらが、上気した普賢の頬を透かしていた。
「道すがら見かけたのだ。この清浄な青、まるでおぬしのようだろう?」
 伏羲は花束をほどき、はにかんでうつむく普賢のまわりに青い花を散らす。
「ああ、やはりな。よく似合う」
 シミひとつないシーツの上で、空をすくい取ったような花はよく映えた。普賢は顔を横にして散らばった花々を眺める。吐息を受けて薄い花びらが小さくふるえた。
「気に入ったか?」
 普賢がうなづく。伏羲は花のひとつを手に取り、寝台の脇にある花壇の真砂に刺した。切花であったはずのそれはすぐに根を張り、水を吸い上げはじめた。
 視界からはずれた花を探して普賢の顎があがる。伏羲は普賢を抱き上げた。
 掛布の下から現れた体には、腕がなかった。両足もまた、つけ根から切り落とされたようにすっぱりとなく、桃色にてらてら光る肉がもりあがっている。ふくらみの真ん中、骨にあたる部分がぽつりとへこんでいた。
 手足をもがれた人形のような肢体は、痩せて骨ばってはいるが女のものだ。腹の下に視線をたどらせればあえかな女陰が見える。
 伏羲は小さな体をひざの上にのせてやる。その場所からは、葉を凛とかかげて瑞々しく輝く青い花がよく見えた。
 普賢が伏羲を見上げておだやかに微笑む。
「礼にはおよばぬ」
 伏羲は普賢を抱きなおし、三たび唇を重ねた。お互いの口内をまさぐる水音が響き、息継ぎのたびに荒い呼気がはさまる。
 伏羲は普賢を寝台に寝かせ、白い肌を丁寧に愛撫していく。時に吸いついて赤い痕を残し、時にくすぐるように舌を動かした。首筋から鎖骨にかけての線を楽しむと、肋骨を一本一本確かめるようになぞる。骨と骨の合間をじっとりと舐めあげ、固い感触に歯を立てた。
 普賢の息が浅くなっていく。おとがいがあがって小さくふるえた。腹をたどっていた手がへそのあたりで遊んでいる。そこから下が熱を持ってたまらないのか、普賢は不自由なりに身じろぎをくりかえす。
 情熱に染まった頬にキスを落として、伏羲は下腹部に顔を寄せた。あるべきはずの両脚はなく、そこを隠すものは何一つない。充血してつんとたった肉芽の下に桜貝がある。
 伏羲はそこではなく、かつて両脚のあった部分に口づけた。ケロイド状に固着した傷口は、痩せぎすな普賢の体の中で唯一ふっくらとしている。肉を生々しく感じさせる見た目とは裏腹に、触れてみれば赤子の肌のようななめらかさだ。へこんでいる中央部では、干からびた骨が盛り上がった肉に半ば埋もれている。伏羲はいたずらに指をそこにあてがい、押した。
 さすがに痛かったのか、普賢が眉を寄せて首を振る。髪が敷布を打つささやかな音が耳に届いた。低く笑いながら謝罪すると、傷口を丹念に舌で舐めあげる。時に肉のふくらみに歯を立ててはやわらかさを楽しんだ。
 次第に普賢の中心が蜜をにじませ、濡れていく。触れられることを求めてひくひくと動くたびに、普賢の口から悩ましげな吐息が漏れた。したたり落ちた蜜が敷布の上に円を描く。
 伏羲が体を起こす。片手を普賢の頬に包みこむようにそえた。親指を普賢の口元にやる。普賢はそれに吸いつき口内へ誘った。
「つらかったら噛んでくれ。すぐ止める」
 あいた手で前をはだけると、黒い服の中から若木のように引き締まった男の体が現れた。彼の中心は熱く脈打っており、解放を求めて天を向いている。うっとりとそれをながめて、普賢は口に含んだままの指の腹を舌先でくすぐった。
 伏羲が普賢の体に覆いかぶさる。怒張したそれを濡れた部分におしつけると、男によって開花させられたそこは待ちわびた刺激にわなないた。ゆっくりと押し入り、押し広げていく。奥へ奥へと自ら誘う柔肉が蜜をしたたらせて伏羲を包みこみ、きゅうとしめあげた。
 やがて最奥にたどりつく。子を孕む器を先端に感じて伏羲が熱い息をこぼす。そこを押し上げると普賢がびくりとふるえた。親指を吸う力が一瞬だけ強くなる。
「ここが好きだのう、おぬしは」
 伏羲はゆっくり腰を引き、ぎりぎりまで引き抜く。そしてまた中の感触を楽しみながらじんわりと奥へ押し入っていく。寄せては返す波のような交わりに、普賢がもどかしげな視線を送る。全身が上気して、白かった肌は桃色に染まっている。手足があったはずのところも、幾分赤みを増していた。
 伏羲が腰を進めるにつれて普賢の胸が反り返り波打つ。木の実色の胸の突端が上向いていた。限界が近いのか、伏羲の動きも荒くなっていく。
「……普賢、普賢。もっと、もっとだ……普賢」
 くぐもった吐息と粘液の交わる卑猥な水音が響く。緑に隠れて、ヘビのような遊びに夢中になっていたふたりの体が、ひときわ強い動きを最後にはりつめて固まる。どちらのものともとれない追い詰められたあえぎ。狂おしげに開いた口の端から唾液がこぼれた。
 絶頂を貪りつくし、糸が切れたように二人は寝具に埋もれる。荒い息のまま伏羲は骨も折れよとばかりに普賢を抱きしめた。
「ああ、たまらぬ……普賢……わしの魂を慰撫する者よ。何でもしよう。おぬしのためならば。だからわしに、おぬしと夫婦の契りを交わす喜びを、いついつまでも与えてくれ」
 汗で濡れた頬にくりかえし口づけ、伏羲は熱に浮かされた眼差しをのぞかせた。
 ……かつて普賢は男だった。
 だが輪廻の先で女の身を授かった。それをいいことにここへ閉じこめ、手をちぎり足をもぎ、のどを灼いて声を奪い、ただ抱かれるためだけの肉塊に変えたのは己だ。
 そう、かつて普賢は男だった。
 だからこそ太公望はすべて諦めたのだ。
 
 +++++
 
 彼と普賢は幼馴染だった。
 その頃の彼は記憶も力も封じられていた。
 ただの人として幼少期を下界で過ごし、そして時の権力に一族を惨殺されて仙界へあがる。すべては予定調和、彼自身が仕組んだ計画の一端だった。
 人の間で得た12年分の記憶、あたたかな思い出。それと真逆をなす凄惨な光景に荒廃した精神こそが、計画の原動力となるはずだった。
 当初の予定通りにことは運ばれ、彼は首尾よく復讐に目がくらんだまま崑崙へ舞い戻った。
 そこで誤算に出会った。
『呂望って言うの?なら、望ちゃんだね』
 微笑むその人に、彼は出会ってしまった。
 ほっそりとした体、血の気の薄い白い肌、空色の髪と眠たげな紫紺の瞳。
 崑崙での地位は元始天尊の一番弟子、彼と同期にあたる。まったくの実力でその座を勝ち取りながら、物腰は柔らかく何事も丁寧。おだやかな立ち居振る舞いは洗練されており、彼の周りだけ澄んだ空気があるかのようだ。
 名を普賢という。
 誤算だった。あまりにも彼は伏羲としての記憶を封じすぎていた。
 己の使命を忘れ、故郷も忘れ、友も血を分けた妹も忘れた彼は、傷ついた孤独な魂が普賢に流れていくのを止められなかった。
 普賢は彼を受け止めてくれた。友として誠実にあらんかぎりに、彼の苦悩を理解し、鼓舞し、叱咤し、抱きしめてくれた。気がつけば、復讐に煮えたぎっていたはずの魂は浄化されていたのだ。
 あの日彼は朝日を見た。崑崙の外郭で、普賢とふたり朝日を見た。
 紫紺がゆっくりと色を変えていき、地平線の奥から最初の光があふれ出すのを見た。
 世界があまりに美しく、涙が止まらなかった。蒼天に、彼は新しい理想郷を見た。
 視野は広がり、計画はさらに精度を増した。冷たく硬い心では手に入れることの叶わない多くを得た。
 代わりに蜜のような病熱に悩まされることになったけれど、普賢が男であったから彼は自身をなだめることができた。草原で羊を飼い、普賢とふたりで暮らす。そんな夢をまどろみの中だけにとどめておけた。
 知られるわけにはいかなかった。知られればいつも隣にある微笑がかげり、普賢は半歩彼から離れるだろう。そのわずかな距離こそが恐怖だ。
 想いを内に秘めたまま、彼は突き進んた。数多の犠牲の上に、記憶を取り戻し、力を取り戻し、太公望であったことすら踏み台にして。
 犠牲の中には普賢も居た。肉体を脱ぎ捨てたものは皆、彼の差し金で箱庭に閉じ込められた。普賢もまた然り。生き残った者も自ら望んで生命の営みから外れた。ここに計画は完遂した。彼は満足し、消息を絶って市井に溶けた。
 
 どれほどの時が流れたのだろう。
 人の世に耽溺し遊びほうけていた彼は、ふと自由に飽きてしまった。
 つかの間の友人達と別れ、人ごみに濁った街角で振り返った彼は、自分のうしろに影法師がないことに気づく。
 夕焼けの下、誰もが急ぎ足で歩いていた。疲れた男は仕事鞄をかついで、太った女が買い物袋を提げて、子どもたちはぎっちり詰めこんだ勉強道具を羽でも生えているかのように軽々と持ち運んで、家路へ、家路へ、家路へ。影と影が重なり別れまた重なる中、彼の足元だけ茜色に染まったままだった。
 己が世界から切り離された存在だと気づいた時、伏羲は呆然とした。
 閉鎖系の中に生きる彼は何物をも必要としない。水も食物も、呼吸や睡眠でさえ娯楽であり嗜好品だった。
 細胞は自滅と再生を際限なくくりかえし、身体を常に最適化する。永遠に若く、永久に強く、久遠に光り輝く完全無欠の存在。老いも病も無論死でさえ彼には追いつけない。すべての力を取り戻した彼は、生物としてのあらゆる条件を否定して、なお問題なく動き続ける永久機関だった。
 雑踏の中、伏羲は自分が孤独であることを知った。
 矢も盾もたまらず、彼は神界へ飛んだ。彼が打ち捨てたまま忘れ去っていた鳥かごのもとへ飛んだ。
 普賢に会いたかった。遠間から一目見るだけでいい。普賢に会いたかった。
 普賢は変わらずそこに居るはずだった。変わらずあたたかな微笑を浮かべて静かに暮らしているはずだった。一目見たかった、それだけでよかった。たとえその微笑が己に向けられたものでなくとも、普賢に会うことさえできれば、彼の魂は慰められるはずだった。
 だがしかし、神界に普賢の姿は無かった。
 彼の知らないうちに、普賢は輪廻の中へ戻ってしまっていたのだ。
 焦燥に駆られて、伏羲は世界中を探し回った。迷い鳥のように空をうろつき、病んだ犬のごとくあらゆる人の群れをあさる。期待は生まれる端からはじけて飛んで、失望だけが背にべっとりと。重みに足を引きずって歩いては、青ざめて月に吼えた。叫びは既に人語ですらなく、張り裂けんばかりの胸のうちを吐き出さねばおられず。
 魂が疲弊しきった頃、伏羲はついに彼の人に出会えた。 
 真夏であった。彼には暑くもなく、寒くもなかったが。
 鵬のような黒いマントに姿を隠したまま、彼は陽炎のたちのぼる小道をふらついていた。長い長い飢餓に魂は干からびて固まっていたが、疲れを感じることのない体だけが動いて先を行く。日光に焼かれた梢の下で、彼は前から来る人の気配を感じて顔をあげた。
 重いフードの陰から見えたのは、まごうことなく彼の人だった。
 伏羲は目を疑い、こすり、そしてこらした。
 プリーツスカートの裾から見える白い太ももがまぶしい。高校生なのだろう。夏服の上で青いスカーフが揺れている。学生鞄を片手に、隣を歩く背の高い男と親しげに言葉を交わしながら、あのやわらかな微笑も、澄んだ空気もそのままに、普賢の魂を持つ少女が歩いていた。
 伏羲は我を忘れて彼女を見つめた。
 少女が歩いてくる。記憶の中よりもいくぶん高いけれど、耳に心地いい声が聞こえる。細い体は陶器のように華奢で、腰は抱きしめると折れてしまいそうだ。制服に包まれた薄い肢体は中性的だったが、あごからのどにかけてのやわらかなラインがきれいだった。
 少女が歩いてきた。小さな靴の下で砂利を踏む音がする。相槌を打つたび、どこか眠たげな瞳がゆるく弧を描く。隣の男とたわいないおしゃべりをする彼女は、恋を知る者の瞳だ。
 今はもう並の人である彼女は、伏羲の存在に気づかない。鎖骨のくぼみに汗がたまっている。彼のすぐ隣を通り過ぎようとしたその時、彼女は手をあげると、濡れて首筋に貼りついていた髪をはらった。少女の肌が香り、たまっていた汗が胸元へ流れ落ちる。真夏の日差しを受けて、宝石のように輝いた。

 諦めていたすべてが目の前にあると知った瞬間、彼は狂った。
 小さな悲鳴と鞄だけを残し、少女は学友の目の前で消失した。

『普賢、普賢、よくぞ帰ってきてくれた。よくぞ還って来てくれたな、わしの腕の中へ。もうどこにもやらぬ、どこへも行かずともよい。自由以外のすべてをおぬしの意のままにしてやろう』
『やめて何をするの、君は誰、ここはどこ、お願い離して苦しい』
『今なら言える、今こそ言える。愛している恋しているおぬしが好きだ大好きだ。普賢、わしと夫婦になってくれ。わしの伴侶となり、わしと永遠を生きてくれ』
『やめてやめて、何なの、誰のことなの、私はそんな名じゃない』
『大丈夫だ、すぐに思い出す。今にわしと過ごしたあの頃を思い出す。のう、普賢、探したぞ、探しぬいたぞ。おぬしに会いたかった、ずっとおぬしだけを見つめていたのだ』
『何なの、やめていやだ離して、私は普賢じゃない』
『ああ、よもやおぬしが女の身を得ていようとは。その身はわしのためであろう。やさしいおぬしはわしの想いに気づいてくれていたのだな。うれしいぞ普賢、うれしいぞ。さあ祝言を挙げよう。固めの杯を交わそう。おぬしとわしは永遠にひとつでつがいで一対の夫婦だ』
『離して、やめて、いやだ、知らない知らない、離してよ離してったら』
『かわいい腕だな。だがわるい腕だ。これはいらぬな。なに大丈夫だ、わしがおぬしの腕となろう。おぬしの肌を磨き髪をすいてやろう。欲しいものは何もかも取って来てやろう。だから大丈夫だ』
『やめてやめていたいいたいいたいいやあああああああああ』
『泣いているのか。だが大丈夫だ。気にするほどのことではない。わしらは夫婦になるのだし、わしはおぬしのすべてを愛している。姿形など、どう変わろうと問題ではないのだ』
『いや、いやあ、いやあ、離して、帰りたい、ここから出して』
『どこへ行くというのだ、還ってきたばかりだというのに。おぬしはいつもそうだな、わしに黙って勝手に先へ行ってしまう。もうどこへも行かずともよい。隣に居ればよい。それで充分だ、わしがそうなのだからおぬしもそうだろう?』
『いやあいたいいたいたすけていたいいたいいいい』
『見れば見るほど美しい足だ。だがわるい足だな。なに大丈夫だ、これは箱の中に入れておこう。腕と一緒に箱へ入れて鍵をかけておこうな。大丈夫だ、蓋はガラス張りにしておくから大丈夫だ、いつでも見ることができる』
『いたいよう、いたいよう、たすけておとうさん、たすけておかあさあん、たすけてコウくん、コウくん』
『望と呼んでくれ、あの頃のように。わしの名を呼んでくれ。もはやおぬししかわしの名を知らぬのだ。呼んでくれ普賢、あの頃のように呼んでくれ』
『しらないしらない、あなたなんかしらない、はなして、コウくん、いたいよう、たすけて』
『わるいのどだ。わるい声だ。これはいらぬな。なに大丈夫だ。わしらは夫婦なのだ、妻の望むことなど夫にはすべてわかるものだし、おぬしの声はわしの記憶にしっかりと刻みつけてある。問題ない、おぬしのすべてをわしは愛している』
『たすけてコウくんコウくんコウぐっ……』
 
 +++++
 
 息が整い汗が引いた後も、伏羲は普賢を抱きしめていた。
 寝台に体を起こし、腕の中の普賢を赤子をあやすようにゆすってやる。伏羲を見上げたまま普賢はうれしげに笑った。かすれた音がのどから漏れる。
 星をも砕く力を持っているのだ。華奢な少女をねじ伏せることなどわけもなかった。傷口をつかんで強引に癒し、尻穴まで犯しぬいて想いの丈をぶちまけた。狂乱の嵐が過ぎ去った時には、少女はもうすっかり壊れていた。
 少女はいとおしげな眼差しを伏羲にそそいでいる。あたたかな瞳は、はたして本当に自分に向けられているのか。真実を知るすべはない。のどは、つぶしてしまった。
「……おぬしはわしのものだ」
 伏羲の顔がくしゃりと歪む。
「どこへも行かんでよい。誰にも会わんでよい。おぬしの世界には、わしだけ居ればよい」
 語尾が揺れ、きつく引き結んだ口の端が震えた。伏羲の頬を水滴がつたわり、微笑んだままの普賢の頬にぽたりと落ちる。
「たったひとつの恋だったのだ。成就させて何が悪い!」
 叫んで、きつく抱きしめる。小さくなってしまった体を。
 突き刺すような痛みが胸にある。普賢を抱いているときだけ、痛みはわずかにやわらぐ。けれど消えることはない。
 寝台の陰に豪華な箱が置いてある。宝箱のように飾り立てられたそれの天板はガラス製で、のぞくとなまぬるい液体にたゆたう普賢の手足が見える。
 箱をひらいて、普賢の手足をつなぐことはできた。あらゆる力を取り戻した伏羲には造作もないことだ。乾いた傷口を癒し、声を再び与えることだってできる。けれど彼はそうしない。何故かと問われれば、鍵を失くしたからだと答えるだろう。箱に鍵穴など、なかったけれど。
「頼む普賢……いついつまでも、ずっとここに……わしの隣に……」
 伏羲は普賢の肩口に顔をうずめ、うめくようにつぶやき続けた。
 
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 さて。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 僕がどこにも行かないということは、キミはどこへも行けないということなのだと。
  
 気づいているのだろうか?
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 腕の中、彼が嗤ったことに、伏羲はついに気づかなかった。
 
 

COMMENT

■ノヒト ... 2007/08/29(水)02:10 [編集・削除]

あまりにリク内容がツボだったので無駄に気合が入ってしまいました。
逆ギレ、電波理論、長広舌はヤンデレ3種の神器だと思います。

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