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SS~雪とほむら

「……離せよ」
 
 ※12禁 バッドエンド風味
 
 
続き
 
 
 
 
 

 扉を開けると、冷えきった部屋の中に彼が居た。寝台に腰掛けてうつむいている。
 普賢は後ろ手で扉を閉めると、望の隣に座り、その体を抱きしめた。望は身じろぎもせずにいる。
 雪が降ると、彼はいつもこんな風にふさぎこむ。内に閉じこもって誰の声も聞かなくなってしまう。普賢にはそれが心配でならなかった。だが自分にできることと言えばこうして体温を伝えることだけ。
 心の傷は仙界の丹薬でも治せない。ただ時が流れるのを待つしかない。わかっていても、普賢には彼を置いて部屋を出て行くことが出来なかった。
「……離せよ」
 どれほど時がたったのだろう。うつらうつらしていた普賢は、陰気な声に目を覚ました。顔を上げるとすぐそばに剣呑な光の目。
「離せ」
 珍しいことだった。拒まれたのは最初だけで、それ以降彼はずっと普賢がそばに居ることを許してくれていたというのに。知らぬ間に体重を預けてしまったことを怒っているのだろうか。
「ごめん」
 普賢は座りなおし、望を抱きしめなおした。途端に天地がひっくり返る。あっと思った時には普賢は寝台へ押し倒されていた。のど元をつかまれる。息苦しさに一瞬目を閉じ、開いた先には望が居た。苦しげに歯軋りをし、肩で息をしている。
「……望ちゃん?」
「おまえが悪い!」
 望が叫ぶ。
「おまえが悪い、おまえがいなけりゃ俺は知らずに済んだのに!おまえのせいだ!おまえのせいだからな!」
 言うなり望は普賢の服を剥ぎ取った。布の裂ける音が鼓膜を打つ。状況が飲めない普賢はとっさに手を上げて望を突き飛ばそうとする。だがその手を封じられ、頭の上に縫いとめられた。
 ぴちゃりと水音がする。胸の辺りに感じた違和感に普賢は短い悲鳴を上げた。望が普賢の胸元を舌先でまさぐっていた。むしゃぶりつくように舐めまわし、時に突端へ歯を立てる。そのたびに背筋を走るむずがゆい感覚に普賢は本能的な恐怖を感じた。
「望ちゃん、やめて」
「うるさい」
「僕何かした?ねえ、謝るから離して、やめて」
「うるさい!」
 わきばらに噛みつかれて痛みが走る。
「やめて望ちゃん、痛い!」
 身をよじって抗議すると彼は一瞬体を引き、しかしそれ以上の力で普賢を押さえつけた。握り締められた手首がぎりぎりと痛んだ。
「……おまえが悪いんだ……」
 暗い声に普賢は痛みをこらえて望を見上げる。望は、今にも泣き出さんばかりの目で普賢を見ていた。
「望ちゃん……」
 どうしたのとつぶやいた声は音にならなかった。唇を望に奪われたからだ。無遠慮に口内へ押し入ってくる舌に翻弄される。長い口付けを受けながら、ようやっと普賢は望が何を欲しているか知った。ようやく解放されると、普賢は意を決して望を見つめた。
「望ちゃん。いいよ、何しても」
 望の瞳が驚愕に見開かれた。打って変わってうろたえた目が普賢を映す。
「いや、だって、そんな……いいのか?」
「いいよ、望ちゃんが何を求めてるのかはわからないけど、何をしようとしてるのかはわかったから。僕がキミに、何かできることがあるのならうれしい」
 穏やかな瞳に気おされるように、望はそろそろと普賢を戒めていた手を引く。軽くせきこんだ後、楽になった両手を望の背に回した。望の体が普賢の上に倒れこんでくる。普賢の肩口に顔をうずめ、望は泣いていた。
「普賢、寒いんだ……」
「うん」
「寒くてたまらないんだ……」
「うん」
「雪が、雪が降って……覆い隠していくんだ……瓦礫も、死体も、父上も母上も兄上も、全部全部。
 俺はあそこに居なきゃいけないんだ、忘れちゃいけないから、あの寒い場所に、冷えきった雪原に、居なきゃいけないのに……」
 ぬくもりが、おまえのぬくもりが、俺を溶かそうとする。かじかんだ俺を、暖めていく。
「でも、望ちゃん」
 普賢が望の背に回した腕に力を込める。
「雪に足を取られて動けないんじゃ、意味がないでしょう?」
 胸の奥を突かれた気がして、望は顔を上げた。涙でぬれた頬に貼りついた髪を普賢の手が優しくはらっていく。
「キミが、力を求めて仙界へあがって来たくらいはわかってるよ。でも本当に強くなりたいなら踏み出さなきゃ。このままじゃキミは、凍えて止まってしまう。冬の次は春。前を向いていこうよ、時間がかかるかもしれないけど。大丈夫、キミは忘れたりなんかしない」
 力強く言いきられて望は言葉を失う。
 ……できるのだろうか、自分に。仙界へあがってきたものの、先の見えない日々に焦りを感じていた。焦りは泥濘のように彼の足に絡みつき、過去の中へ押し戻す。けれど普賢が、普賢がそう言ってくれるのなら……。
「普賢」
「なぁに」
「……ありがとう」
 2人の唇が重なる。初めての行為にお互い戸惑いながら、やがて溺れていく。
 
***********
 
 何故あの時、彼を受け入れたのだろう。
 いや、そもそも、何故自分は彼をほうっておけなかったのだろう。
 揺れる燭台の炎を前に、普賢は自問していた。
 あの日を境に、望は薄皮を剥ぐように明るくなっていった。同時に本来の才能が開花し始めた。すさまじい勢いで道士としての腕をあげていく彼に追いつこうと必死で、気がつけば自分は十二仙にまで収まっていた。
 それと平行して、次第に彼との距離は離れていった。貪るように体を重ねた日々はとうに過ぎ去り、普賢が昇仙して以来は茶飲み友達の域を出ない。そういうものだと思っていた。あの行為は孤独な心を癒すためだけのもので、自分はただ尊大な同情心で彼に手を差し伸べただけ。そう思っていたのに。
 さきほどの会話が胸のうちに響く。
 
『別れにきた』
『は?』
 まぬけな声をあげた自分に、からからと笑って(そうだ、そういうふうに笑えるようになったのだ)太公望は熱い茶をすすった。
『一応あんなことやこんなことをした仲だからのう。仙道らの間ではいまだにわしらができあがっていると思っておる輩もいるようだし』
『……』
『封神計画を受けることにした。明朝立つ』
『……そう、おめでとう』
『そういうわけだからおぬしとはこれぎりだ。幸せになれよ、普賢』
『あ……うん……』
『もうちっと祝ってくれ、わしは夢を叶えに行くのだから』
『そ、そうだね。おめでとう、望ちゃん』
 茶器を持った手が震えているのに気づいて、普賢はそれを机に置いた。太公望はさっさと立ち上がり上着を羽織っている。
 封神計画のことは知っていた。他でもない、封神台の設計に携わったのは自分なのだから。そして遂行者に指名されるのが彼だということも。なのに、改めて告げられた事実に打ちのめされた気がした。
 気配が近づいてきて、気がつくと普賢は椅子に座ったまま太公望に抱きしめられていた。一瞬のぬくもりが普賢を包む。味わう暇もないままそれは離れていき、太公望はひらひらと手を振った。
『さらばだ』
 返事をする暇もなかった。普賢の目の前で扉が静かに閉じられた。
 
 普賢は思い返す。あの頃のことを。小さかった望の、暗い海のような瞳を。光をはじく黒髪を。長いまつげや、高くはないが形のいい鼻梁を。
 一目惚れ。そんな言葉が浮かんだ。
 そうだ、一目惚れだったんだ。僕は。
 普賢は自分を抱きしめる。先ほどの太公望のぬくもりがまだ残っていないか探し回る。
「僕は、キミが、好き」
 唇から、勝手に言葉が出て行った。
「僕は、キミが好きだよ、望ちゃん……」
 気づいてしまったとたんその想いは野火のように広がり、普賢の中で飽和していく。隣に居た彼は、もう居ない。旅立ってしまう。何故今になって、気づいてしまったのか。
 好きだったんだ、僕は、ずっとキミのことを……。
 伏せた頬を、一筋の涙が伝った。
 なんでもしよう、キミのためならば。この身を犠牲にすることもいとわない。もうキミの心の中に僕がいなくても。

 
***********
 
 暗い廊下を、太公望は急ぎ足で歩いていた。すれ違う相手がいないのは幸いだった。こんな情けない顔、誰にも見られたくない。
 どうしても、どうしても我慢できなくて、抱きしめてしまった。別れを切り出すことが身を切られるようにつらかったから。
 道士として成熟していくにつれて、太公望は普賢のことが気がかりになっていった。孤独に溺れてあえいでいた自分を、救い上げてくれた普賢。呂望から太公望へと名を変える頃には、彼はすっかり普賢に恋していた。そしておびえを抱くようになっていった。
 自分が下へ降りた時、普賢はどうなるのか。
 だから彼は普賢から距離を置いた。つとめて想いを意識の外へ置いた。うつけのふりで己自身も欺こうとした。幸い普賢の態度はいつも友人のそれで、甘い睦言など交わしたことはない。そのことが彼を安心させ、同じくらい落胆させていた。
 きっと普賢の心に、自分はいないのだ。少々特殊な友として接してくれたに過ぎないのだろう。普賢がその心に誰かを宿すとき、自分は平静で居られるだろうか。いいや、いなくてはならない。何故なら自分たちは”友”でしかないのだから。
 封神計画は発動した。自分は遂行者として下へ降りねばならない。待ちに待った日々がようやく始まるのだ。大義の前に、未練に止めを刺しにいったのに。
 まだ腕に残るぬくもりが苦しい。もう何年触れてないのか。ほっそりとした肩だった。こころなしか動揺しているようにも見えた。それがうれしくて、苦かった。
 ついに太公望は立ち止まった。柱に手を着き、空えづきをする。
「好きだ……好きだ普賢、大好きだ……」
 朝日が昇れば、いつもの自分に戻るから。今だけは青白い残像をかき集めて身の内を焼く炎の痛みを味わっていたい。
 細い月の頼りない光が、うずくまる太公望の背を照らし続けた。

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■ノヒト ... 2010/04/16(金)15:30 [編集・削除]

あー、やっとSS書けたー!前に書いたのが2年前て自分もうちょっとがんばれや…

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