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SS~Little small world

 
『ねえ、寒いのん』
 
 ※妲望で望普 12禁 暗い
 
 
続き
 
 

 
 
『ねえ、寒いのん』
 鼓膜ではなく脳へ、染み透るように声が響いた。いや、声というよりは意思か。伏羲はふいとうしろを振り向いた。
 天を突くような巨女だった。うすらぼんやりと輪郭が定まらず、肌の向こうに蒼穹が透けている。
「太母が姿を現すでないよ」
『だってこの星、冷めていくのよん。わらわ寒いのん』
 伏羲が目をすがめる。いよいよこの惑星も本格的に老いてきたということか。やがてすべての熱量を宇宙に放出し、朽ち果て死の星になる。
「やっと終わりが来たのか、めでたいことではないか。おぬしも太母を楽しんだのだ、そろそろよいであろう?」 
『いやん。せっかくこの星の真の支配者になったのに。もう少し楽しい夢を見ていたいのよん』
「ふん、相変わらず貪欲な女だのう。で、どうしたいのだ」
『あたためてちょうだい、太公望ちゃん。あなたの命の火が欲しいのん』
 ふむ、と伏羲はあごをつまんだ。やぶさかではないが、と前置きして付け加える。
「アレをくれるんなら考えんでもない」
 女は口に手を添えて笑った。笑い声の代わりに風がびょうびょうと吹く。吹いた風は砂塵を齧り、伏羲の黒衣を打って耳障りな音をたてた。
『そっちこそ相変わらずねん。まだ執着してるのん』
「やかましーわ、ボケ。くれるのかくれんのか、どっちだ」
 口の中に入りこんだ砂利を吐き出し、伏羲が毒づく。その様を眺めながら女はうっそりと笑った。
『交渉成立ねん』
 
 その日、神界から神が一柱消えた。
 
「もう行くのん?」
 下衣を身につけていたら女の声が彼の背にかけられた。天蓋から垂れるレースを払いのけそこなう。
「せっかちねえん。そんなだからあの子に嫌われるのよん」
「本当におぬしは人の神経を逆なでするのが上手いのう」
 伏羲は顔をしかめながら振り向いて女の手を取る。粘土のように冷たかった肌には、今はぬくもりがあった。凍りかけたその身体を暖めてやるのは質の代償だからだ。
「もう十分ぬくもっておろう。これ以上は後だ」
 上衣を着込もうとして、面倒だからマントだけ羽織った。立ち上がると視界がぐらりと揺れる。命を削ってくれてやっているのだ、重い疲労は何も情交のためだけではない。たたらを踏んで態勢を立て直したその背に忍び笑いがぶつかる。
「始祖ともあろう者が見苦しいわねん」
「誰のせいだ」
「これだから太公望ちゃんをからかうのはやめられないわん」
「たまには王天君のことも思い出してやれ」
「あらん、いつでも大事に思ってるわよん。わらわのかわいい王天ちゃんですものん」
 それ以上は掛け合いするのも馬鹿らしく、伏羲は扉を作ってそこを出た。白い息を吐きながら嘆息する。やはりあの女は苦手だ。太公望の憎悪と王天君の思慕が交じり合って、自然と苦虫を噛み潰したような表情になる。
 寝台の間を出ると、色のない廊下がある。冷えきっていて肌寒い。ここは惑星の中。太母の胎内。その奥に捕らわれた哀れな魂を目指して伏羲は廊下を進んだ。
 あの女への執着が太公望と王天君のものなら、この執着は伏羲自身のものだ。そしてそれ故に、自分が受け入れられることはないだろう。
「それならそれでよい」
 誰に聞かせるともなくつぶやいた。どうせもうすぐ自分の命は尽きるのだ。ならば最後に想いを遂げてもいいではないか。相手の気持ちを叩きつぶそうとも。
 廊下の終点で、伏羲は重い扉を開いた。薄暗い室内に廊下からの空ろな光が差す。光をたどった先に、暗闇の中ほの白く浮かび上がる裸体があった。両の手足を鎖につながれうなだれているのは、かつての太公望の親友、普賢真人その人だった。
「……望ちゃん」
「伏羲だ」
 扉を閉めると、呼応して灯りがついた。オレンジ色のぼやけた灯火が血と体液で汚れた体を淫らに照らす。近づいてくる足音に普賢は嫌悪もあらわに顔をそむけ、逃れようとして鎖を鳴らした。以前ならイラついただろうその態度も、今はもうかわいらしいだけだ。
「さて」
 吐息がかかるほど近くに立ち、空色の髪にふちどられた横顔をうっとりとながめる。唇をかんでこれから始まるであろう恥辱に耐えている様に、否応なくそそられた。
「今日はどうやってかわいがってくれよう。玩具を使って責め苛もうか。それとも獣とつがわせようか。わしの影どもに弄ばせるのもよいな。いや、先に小腹がすいたから、おぬしのはらわたをつまもうか」
 歌うように耳へ注ぎこんでやると普賢の体が小さく震えた。人外の快楽を教えこんだ体は、すでに伏羲に屈服している。だがその心までは、未だにへし折ることができない。気の触れるギリギリまで悦楽に溺れるくせに、けして陥落はしない普賢が、いじましく、たまらなく愛しい。
「そうだな……今日は、優しくしてやろうか。太公望のように優しく、丁寧に」
 白い肩がびくりと跳ねる。いい反応だ。決まった。
「離して!」
 鎖を解き、くず折れた体を抱きとめる。もがく普賢を無視し、寝台へ横たえた。
「望ちゃんはこんなことしない!」
「はてさて」
 紫紺の瞳を見つめ返して薄く笑う。
「抱いてくれと懇願してきたのは誰だったかのう」
「また、それを言う……」
 普賢は悔しげに歯噛みをしながら伏羲をにらみつけてくる。
 遠い昔、まだ道士だった頃に、太公望へ普賢が告白してきたことがあった。その場ははっきり断ったものの、馬鹿なことをしたものだと今になって思う。そう考えるのも、自分が太公望ではないからだろう。だがあの時のことをひっぱりだして普賢をからかうのは、楽しくてやめられない。女のことは笑えんなと自嘲する。
「あれは…」
「一時の気の迷いであった、と。気の迷いでおぬしは十二仙になったり自爆したりするのだな」
 普賢が顔をそむける。伏羲は空色の髪をなでた。普賢が身震いするほど優しく、丁寧に。太公望の記憶という、最強の切り札を自分は持っている。ちらつかせさえすれば、普賢は手も足も出ない。
「のう、普賢。何度も言うがわしはおぬしが愛しい。太公望ではなく伏羲としておぬしを愛している」
「……キミの愛なんか要らない」
「その一筋縄ではいかぬところこそが愛しいのだ。素直で従順なおぬしも良いだろうが、ままならぬおぬしも、おっと」
 飛んできた白い手を、頬に当たる寸前で捕らえる。逃れようと手の中でもがく普賢の指先をくわえ、ねっとりと舐めた。息をつめてなすがままになる様が艶かしい。あいた手を伏羲はその首筋に走らせる。
「あまり逆ろうてくれるな。今日は優しくすると決めたばかりだと言うのに」
「僕はあなたのおもちゃじゃない!」
「玩具だよ、かわいい普賢。この状況、玩具以外の何者であろうか」
 怒りのせいか蒼白になった普賢の頬に触れる。優しく、ゆっくりと、丁寧に。
「素直に認めておけ。安心しろ、わしは太公望ではない。わしに抱かれたからといって、おぬしの魂の操が汚されるわけではないさ」
 
 行為を終えて眠りに落ちた普賢の肩に口付ける。
 白い肌につけた紅い痕を眺めていると、自然と顔が緩む。
「愛している普賢。また、な」
 つぶやいて、凍える廊下へ出た。あと何度ここへ来れるだろうか。誰かが胸の奥でわめいている。
 もうあの女の元へ戻るのか。もっとここに居させろ。もっと普賢を抱かせろ。もっとあの肌に溺れさせろ。
 黙れ、女々しい奴め。据え膳食わなんだは、おぬしだろう。
 恐ろしかったのだ。志が折れる気がして。まさかこんな形で生き延びるとは夢にも思わなかったのだ。
 言い訳は聞き飽きた。帰れ。
 彼の内で悲鳴が上がる。己が分身を無意識の底に蹴り落として、伏羲は廊下を進んだ。不愉快な戯言の代わりに普賢の寝顔を思い返す。見れば見るほど清楚な横顔だった。穢しても穢しても手折ることができない。
 否、手折ってはいけないのだ。あの美しい人を残して消え行く命ならば、毛一筋ほどの傷もその心につけてはならない。だからこそ、憎まれるほどに愛しく思う。
 伏羲は扉を振り返った。切ないという言葉の意味を、この身になって初めて知ったように思う。
 小さなため息をついて、伏羲は胸にくすぶる未練を踏み潰した。
 
 

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■ノヒト ... 2010/04/30(金)21:51 [編集・削除]

すーーーーーーんげーーーーー書きにくかった…。妲己ちゃんが絡むとやねこいわぁ。

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