「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
※パラレル
※望楊で望普 12禁? 暗い
楊ゼンが白鶴洞の戸を叩いたのは夜半過ぎのことだったが、洞主は快く迎え入れた。
「そろそろ来る頃だと思ってたよ」
そんな言葉とともに。
応接間で卓をはさんだまま、ふたりは対峙していた。一方は穏やかに茶の香を楽しみながら。他方は引き結んだ口元に緊張をはらみながら。沈黙のまま、無為な時間が過ぎていく。
「冷めてしまうよ」
先に口火を切ったのは普賢だった。
「鳳凰山の特級品だから、キミの口にも合うと思うのだけど」
楊ゼンははじかれたように顔を上げ、舌先に言を乗せ損ねて奥歯をきしらせた。仕切りなおすように大きく息をつく。
「太公望師叔と僕のこと、ご存知ですね?」
茶器に口をつけたまま、普賢は軽く柳眉を上げた。薫り高い液体を味わうと皿の上に手を戻す。
「下での話題は人気だからね。と言うか、もしかしてそんなことを聞くためにここに残ったの?」
仮にも軍師補佐ともあろうものがと匂わせて、普賢はあきれたようにため息をついた。
太公望が楊ゼンを伴って帰山し、元始天尊への定例報告を行ったのは今日の午前中。彼自身は昼食を玉虚宮で取ると、すぐに四不象にまたがって周に戻ったと聞く。
軍師である太公望とその補佐である楊ゼンが、そろって席を空けるなど好ましくない。故に、別命を帯びて帰山したのではないかともっぱらの噂だったのだが、何のことはない。普賢にしてみれば、拍子抜けもいいところだった。
だが目の前の客は、その態度を挑発と取ったようだった。
「太公望師叔は僕のものです。貴方は引いてください!」
「……」
「確かにつきあいの長さでは負けるかもしれないけど、今は僕のほうが師叔に近いんです!師叔から、ほかの誰よりも信頼されてます!あなたが知らないうちに、師叔の心は僕のものになってるんです!もうあなたは師叔にとって、過去の人なんです!」
勢いにまかせて叫んでしまうと、楊ゼンは肩で息をしながら洞主の出方を伺った。普賢は、太公望の恋人と名高い吾人は、つまらなさそうに茶器をもてあそんでいる。
「余裕ですね、そんな態度をとっていられるのも今のうち……」
「あのさあ」
発せられた言葉があまりに気だるげで、楊ゼンは驚いて口をつぐんでしまった。普賢は視線を落としたまま、茶器をいじりつつ続ける。
「キミ、とってもすなおでいい子だから教えてあげる。まず、望ちゃんは僕をそういう目で見てない。それから、彼はキミみたいないい子を平気で食い物にする奴だから、気をつけてね」
今度は楊ゼンが沈黙する番だった。予想もしていなかった応えに猛っていた心が萎え、疑問符で埋め尽くされていく。
これ、何度言ったかわからないんだけど。そう置いて、普賢はさらに続けた。
「僕と望ちゃんが道士だった頃、確かにそういう関係だったのは認めるよ。でもそれはね、世間で言われてるような関係ではないよ。
望ちゃんはね、自分より弱い子がいると安心するのさ。肉体、精神、知能、なんでもいい、とにかく彼より劣ってる、もしくはそう思わせる相手。そういう子を近くに置いて、愛玩するのさ。庇護欲?まあそんな感じの、もっと自己中なやつだよ。
お気に入りの子には、それはもうこまめでね。蜜みたいに甘い時間を約束してくれるよ。実際、僕もころりと騙されてたから、あまり人のことをとやかく言えないのだけれど。あいにく僕は、彼より先に仙人になってしまったから、お役御免ってわけ」
言い終えると、普賢は頬杖をついた。楊ゼンがかすれた声を押し出す。
「太公望師叔は、いまだ貴方の元に通っていると……」
「惰性だよ、惰性」
長い沈黙が落ちる。楊ゼンの表情にはとまどいが揺れている。それが、かさを増してあふれそうになった直前、普賢はもう一刺しした。
「望ちゃんに愛されていたいなら、キミは弱い子でいなきゃいけないよ」
痛いところを突かれでもしたのか、楊ゼンの顔が蒼白になる。そのまま立ち上がり、逃げるように洞府を出て行った。足音が遠ざかり、気配が白鶴洞から遠く離れると、初めて普賢は両の腕を伸ばして卓に伏した。
小皿の上には楊ゼンが手土産に持参した菓子が乗っている。季節の花をかたどった、はかなげな細工がほどこされたそれは、客人の気性をうかがわせるに十分だ。ほんのわずか触れただけで崩れてしまう細工を仕上げるに、どれほどの鍛錬が必要なことか。
楊ゼンは見た目に反して地道な努力家だと知っている。その心根が、食べられるのを待つ菓子のように、繊細で美しいことも。今はまだ硬い殻に覆われているのだろう魂の芯は、味わってみれば舌の上でとろけるに違いない。
普賢はため息をついた。玉鼎の元で顔を見たときから、楊ゼンが太公望の好みだろうと気づいていた。楊ゼンは才能に、特に努力をする才能に恵まれている。それでいて弱い。どこがとも、何がとも言いがたいが、ひた隠しにしている弱さを感じる。
けれど楊ゼンなら、いつかその弱さすら受け入れるだろう。太公望と共に立ち、彼の盾となり、時に剣となって、ひたむきに前を向いているうちに、いつの日か自身を脅かす影すべてを追い越すだろう。その姿は、きっと何よりも太公望を魅了するだろう。
伏せたままの普賢の肩口がずるりと落ちた。あらわになった肌のうえに一点、朱がのっている。
今日昼過ぎに太公望が来た。人目を忍んで洞府に入りこみ、甘い声音で機密を聞き出そうとした。封神台がどうの。封神計画がどうの。顔をそむけたまま快楽に溺れることで、知らないふりを貫けた気がする。よく、覚えていない。
彼が必要としているのは十二仙の地位と情報。気づいていた、気づいている。なのにまだ万が一が捨てられない。あの頃囁かれた言葉は、まだ有効なのだと。
だから、ようするに、さっきのは牽制。
先の会話で、楊ゼンの心に疑問符を投げこんだ。広がった波紋は、楊ゼンが真に開花する時を遅らせるだろう。遅れる……だけだろう。
卓に伏したまま、普賢は手を伸ばすと、菓子を握りつぶした。
■ノヒト ... 2010/06/19(土)00:11 [編集・削除]
時系列=未来視たちの弁証法
・この時点で楊ゼンとは顔合わせしただけ
・姫昌にいたっては会ってすらいない
・でも楊ゼンはガチで乙女ハート