「ありゃ、どうしたでやんすか」
※サルベージ品 18禁
まだおひさまはあたたかいけれど、朝夕の冷え込みが厳しくなってきた
そんな秋の日のことでした。
「ふあ、ふあ……くしゃん!」
クローバーをはんでいたヤギがくしゃみをしました。
名前はメイ。このみどりのもりに1匹しかいないヤギです。
「ありゃ、どうしたでやんすか」
ちかくに寝転んでいた大きなケモノが心配そうに寄ってきました。
名前はガブ。このみどりのもりに1匹しかいないオオカミです。
2匹は青い山を越えてやってきた仲のいいともだちどうしでした。
「花粉が鼻に入ったのかな」
メイがまだぐずぐずする鼻をこすりながらいいました。
「風邪じゃないんですかい?ふとんけとばして寝てるからでやんす」
「そ、それは関係ないと思います。いまのはただのくしゃみですよ」
「ほんとにそうなんでやんすかね」
「だいじょうぶです!」
メイはぷっとほおをふくらませてむかいの丘のほうへいってしまいました。
だけどガブの心配はあたっていたのです。ねぐらに帰るころには、どう見てもメイは風邪っぴきでした。
くしゃみ、はなみず、めまいにさむけ。ほっぺたときたらまっかです。
「あれれ、地面がゆれてるよ?」
「メイ、しっかりするっす。ほら、おいらにつかまるでやんす」
「ああだめ、目がまわるう……」
ガブの体にすがったまま、ずるずるとメイはへたりこんでしまいました。
これは大変、一大事です。
ガブはうんうんうなるメイを抱え上げて、ねぐらまでの道を全力疾走。
メイをベッドに寝かせると、ほし草のおふとんをしこたまかぶせます。
「それから、えーと、なにか体にいいものを。
ヤギが風邪をひいたときは、えーと、えーと。
こまった、何を食わせばいいんでやんしょ」
相手がおなじオオカミなら、にく食えにく!で終わるのですが、あいにくメイはヤギです。
やわらかいクローバー?朝露たっぷりの木の葉?きーんと冷えた芝草?
どれもメイが大好きなものですが、なんだかすこし風邪ひきさんにはよくない気がします。
「そうだ、ふくろうのおいちゃんに聞いてみるでやんすよ」
おいちゃんはみどりのもりでいちばんの物知りです。
善は急げ、ガブはばたばたと出て行きました。メイが目を覚ますと、ねぐらのなかはしんと静まりかえっていました。
「ガブ……?」
いつもいっしょにいてくれるオオカミのガブが、いまはどこにもいません。
「どこに行っちゃったんだろう……」
ガブのいないねぐらは妙に広くて、自分がせきをする音以外何も聞こえません。
メイは干し草のふとんの中にあたままでもぐりました。
おふとんの中はまっくらで、ちょっとだけガブのにおいがします。
ガブがそばにいるようで、メイはほっとしました。
「ただいまでやんす!」
いりぐちのほうから元気のいい声が聞こえました。
ガブです。
聞きなれたはずの声がいまはなんて心強く聞こえるのでしょう。
メイはおふとんから顔を出してガブにおかえりを言いました。
ガブは両手に大きなかごを抱えていました。
それをメイのとなりにどすんとおろすと、なんとまあ
かごの中には、ブドウにアケビにリンゴにどんぐり、
ほかにもたくさんたくさん果物や木の実がはいっていました。
「まあガブ、これはいったい?」
「ふくろうのおいちゃんにおうかがいをたてたら、
モコモコ山のむこうの林を教えてくれたんでやんす」
「そんなに遠くまでわたしのために……」
「へへへ、おいらの足ならひとっぱしりでやんす。
さあさあ、風邪っぴきにゃうまいモン食うのがいっち。
どんどん食べて早く元気になるでやんすよ」
首をたてにふったはいいものの、メイはガブの気持ちがうれしくてむねがいっぱいです。
せっかくの木の実や果物がどうしても手に取れません。
「メイ、気分が悪いでやんすか?熱がひどいでやんすか?
それとも吐き気がするでやんすか?」
ガブの心配そうな声にも、メイは首をふるのがせいいっぱいでした。
ひと言でもしゃべったら、涙がぽろりとこぼれてしまいそうだったからです。
「しゃべれないほどつらいでやんすか?
よし、おいらが食べさせてあげるでやんす」
つらいわけではなかったのですけど、メイはこくこくとうなづきました。「はいメイ、あーん」
「あーん」
ガブがさしだしたどんぐりを、メイがぱくりと食べました。
「おいしいでやんすか?」
「おいしいです」
どんぐりをこりこりかじりながら、メイがにっこり笑います。
ガブは山ひとつ越えた甲斐があったとしみじみ思いました。
「つぎはブドウでやんすよ。はい、あーん」
ガブがブドウをひとつぶ房からちぎりとって、メイの鼻先にさしだします。
メイがそれを口に入れます。
そのときくちびるがガブの指先にふれました。
メイのやわらかなくちびるがあまりにあつくてガブはどきりとしました。
まだ熱がさがりきってないのでしょう、メイのほおは赤いままです。
瞳もとろんとうるんでいます。
これは風邪です。風邪の症状です。
なのに、その顔でこくびをかしげられると
ガブはもうどきまぎしてしまってしょうがありません。
『おちつくでやんす。メイは病気でやんす。変な気を起こしちゃいけないでやんす』
頭ではそうわかっていても一度その気になってしまうと、
いろいろとよけいなことを考えてしまいます。
ガブは決まりが悪くて視線をそらしたままブドウをちぎりました。
「ひょわっ」
またメイのくちびるが指先に触れて、ガブは思わず後ずさってしまいました。
おどろいてめをまんまるにしているメイにガブはぱたぱたと両手を振りました。
「な、なんでもないでやんすよ。そうだ、おいら、ちょっとおしっこにいってくるでやんす」
ガブが返事も聞かずに出て行ってしまったので、ねぐらにはメイがぽつんと残されました。『ああ、あぶなかった。あぶなかったでやんす』
ガブはダッシュでねぐらを離れるとようやくひと息つきました。
あのままだとうっかり押し倒していたかもしれません。
それもこれもメイがあんまりおいしそうだか……いやいや
ガブはぶんぶん頭を振りました。
『メイは病気だっていうのにおいらときたら!まったく情けないでやんす』
ガブはため息をつきながら歩き続けました。
帰ろうとするたびにメイのとろんとした瞳が思い浮かんで
もやもやした気分になってしまうのです。
気がつくとガブはさらさら川のほとりまでやってきていました。
澄んだ流れを見ているうちに、ガブはいいことを思いつきました。
「ひー!つめてえ!」
ガブは川に入りました。
水は身を切るように冷たく、さっきまでのもやもやぽよんな気分も吹き飛んでしまいます。
ガブは牙をガチガチ言わせながら川底の丸くてひらたい
きれいな石を拾い上げると、ぬるぬるをしっかり洗い流しました。
それをもってねぐらに走ります。「ただいまでやんす!」
「おかえりなさいガブ、どこまで行ってたんですか?」
ふとんからはいだそうとするメイをおさえて、ガブはさらさら川から持ってきた石をわたしました。
ひんやりした石がメイのあついてのひらにすっぽりおさまります。
「メイの熱にいいと思って、ちょっくら行ってきたでやんす」
「ガブ……」
メイはガブにぎゅうっと抱きつきました。
「ガブ、ありがとうガブ」
熱のこもったメイのからだが、冷えきったガブにはふだんの何倍もあつく感じられました。
と、同時にまたもやもやぽよんの気分が戻ってきたのです。
『やばい。やばいやばい。やばいでやんす』
「ひ、ひとつじゃ足りないかもしれないでやんす。
もうひとっ走り行ってくるでやんす」
ガブはひきつった笑いを浮かべてメイをふとんの中に押しやるとあたふたと出かけて行きました。
水で静めてさらさら川から帰ってくると
「おかえりなさいガブ」
メイがぎゅう。
「あ、やっぱりもういっかい行ってくるでやんす」
ばたばた。
「おかえりなさい」
ぎゅう。
「もう一回……」
あたふた。
「おかえりなさい」
ぎゅう。
メイのまくらもとに石がつみあがっていきます。
『ああ、おいらはなにをやってるでやんすかー!』
あおーん。
何度目かもわからないさらさら川行きマラソンコースを走りながら
ガブは物悲しく遠吠えをしました。「うーん、こまったでやんす」
さらさら川についたガブは浅瀬をうろうろしていました。
もう岸の近くにはメイのもとへもっていくのに手ごろな石がありません。
深みにはあるのですが、そこまで行くとガブの全身がぬれてしまいます。
ただでさえさらさら川はとても冷たくて、ガブも風邪を引いてしまいそうです。
「深みにひろいにいってメイのところへもどるか
それとも遠回りだけど川を下ってみるか、うう、迷うでやんす」
ガブが首をひねったとき、うしろで小枝を踏む音が聞こえました。
ふりむくと、そこにはねぐらで寝ているはずのメイがいました。
メイは顔を真っ赤にしてガブのもとへ走ってきます。
「うわ!」
勢いよく抱きつかれて、ガブは浅瀬でしりもちをついてしまいました。
凍りつきそうな水が2匹をぬらします。
「どうしたでやんすか。寝てなきゃダメでやんすよ!」
ガブはメイの肩をつかんで無理にうわむかせると、ぎょっとしました。
メイが泣いています。
大粒の涙をぼろぼろとこぼしています。
「……だって……だってあなたが……
わたしを見るなり出て行ってしまうから……!」
あとは言葉になりませんでした。
メイはガブの胸にすがりついて大声で泣き出しました。
「……ずっといっしょだって……いったのに……ずっと……いっしょだって……」
泣きながらメイは力なくガブの胸をたたきます。
ガブは何も言えませんでした。
ただそのちいさなからだを強く抱きしめることしかできませんでした。メイの泣き声がだんだんおとなしくなってきました。
ガブは水からあがろうとメイを抱えなおし、はっとしました。
メイのからだが震えています。
それは嗚咽からくるものとはあきらかに違いました。
あわててひたいに手をあてると、ひどい熱です。
無理もありません、ほんとうはふとんのなかにいたはずなのですから。
ガブはメイをしっぽでくるんで、走りだしました。
「……さむい……さむいよ……」
うわごとのようにメイがつぶやきます。
『ああ、おいらはバカだ。どうしようもないバカだ』
ガブは苦虫を噛み潰したような顔でねぐらまでの道をひた走りました。
ねぐらにたどりつくとガブはメイのからだをふき、
干し草のふとんをどんどんかぶせます。
メイのふるえはとまりません。
まだ熱があがっている証拠でした。
ガブは自分もふとんにすべりこむと、メイをだきしめました。
すこしでもメイがよくなるなら、なんでもするつもりでした。
「ガブ……ガブ……」
「メイ、おいらはここでやんす。メイのそばでやんすよ」
ふるえるメイを腕に抱き、ガブはそばにいるよと言い聞かせ続けました。いつのまに眠っていたのでしょう。
ガブが目を開けると、メイは腕の中でやすらかな寝息を立てていました。
熱もずいぶん下がったようです。
ガブは安心してメイをだっこしなおしました。
するとメイがちいさなあくびをして、もぞもぞと動きました。
「ありゃ、起こしちゃったでやんすか?」
メイがいいえとかすれた声でこたえました。
ガブは水さしから水を取ってメイに飲ませました。
メイはおいしそうにのみほすと、ガブの胸に顔をうずめました。
ガブはその背中をなでてやりました。
遠くからかすかに虫の音が聞こえてきます。
そとは満月のようでした。
ねぐらの入り口に金とも銀ともつかない光が
ゆうらりゆうらり舞いおりてきます。
「ガブ」
腕の中でメイがささやきました。
「さっきはごめんなさい。ガブはわたしのために、
さわさわ川まで何度も往復してくれたのに」
「いや、気にすることないっす。あれはただおいらが……」
ガブは言いよどみました。
メイはそんなガブを不思議そうに見上げています。
「いや、あの、えーっと、あれはその」
「ガブ、言いたいことがあったらなんでも言って。
わたしたち、ほんとのともだちでしょう?」
ガブは口をとんがらせたり、への字に曲げたり、しかめっつらをしたり、
ひとりで百面相をしていましたが、やがて観念したように言いました。
「メイにさわりたかったんでやんす」
「……さわってるじゃないですか」
「いやだからあ、えーとでやんすな……」
また百面相をはじめたガブにメイはきょとんとしていましたが
やがて、あ、なるほど、とつぶやきました。
「うう、メイ。おいらを殴ってほしいでやんす。
あんたが病気で心細いってのに、
おいらは自分のことばっかり考えてたでやんす」
ガブは目をぎゅっとつむってメイの前に頭をさしだしました。
「そんなこと考えてたんですか、わるいオオカミさんですね」
メイはわらいながらガブのほっぺたをむにっとつまんでひっぱりました。
それからそこに、やさしくキスをしました。
そしてまぶたに、はなすじに、くちびるに。
くちびるだけは、すこし長く。
「メイ?」
メイはガブの手を取って、自分の胸に押しあてます。
そこはガブに負けないくらい高鳴っていて、
どぎまぎするガブに、メイははずかしそうに笑いかけました。
「……わるいオオカミさんには、わるいヤギさんです」「んふ……う……ん……」
ガブの手やくちびるが触れるたびに、メイのからだがふるえます。
くちづけられるたびに病ではない熱がたかまっていきます。
『あ……気持ち……い……』
ガブの手が愛でるように触れてくれています。
そのうえ微熱のせいであたまがぼぅっとして、
まるで空に浮かんでいるようです。
このままガブの一部になってしまえたらいい、メイはそう思いました。
「メイ、つらくないでやんすか?」
ガブの声にメイはうなづきました。
ガブはメイの負担にならないように、片腕をたてて体重を逃がしながら愛撫してくれます。
そのせいでいつものようにガブの体が密着してきません。
メイはそれをさみしく思いました。
「ガブ……」
メイはガブの背中に腕をまわして、ガブをひきよせました。
不意をつかれたガブがメイのうえにかぶさる形になりました。
ごつごつしたガブの体、そのかたい毛皮の感触がここちよくてメイはうっとりしました。
「重くないっすか?」
しんぱいそうにガブが耳元でささやいてきます。
メイはガブに体をすりよせました。
「ガブ、はなれないで。おねがい。いっしょにいて」
ガブはメイのあたまをなでると、長いキスをくれました。
そして両足をひらかせてメイの中にはいりこんできます。
「あ……はあ……あ……」
奥まではいりこむと、ガブはもういちどキスをくれました。
つながったままのキスにメイは背筋がぞくぞくします。
「つらかったら言うでやんすよ」
そういってガブはゆっくりと動きはじめました。
ねぐらの中にたかいあえぎと低く乱れた吐息と、そして2匹のまじわる水音が響きました。
メイの中はいつもよりもあたたかく、ガブはじわじわと追い詰められていきます。
気がつくとメイのめもとに涙がにじんでいました。
「メイ、だいじょうぶでやんすか?」
おどろいて動きを止めたガブにメイはほほえみました。
「……だいじょうぶ……うれしいだけ……」
メイがガブの顔をなでます。
ガブをとりまいた部分が、ガブ自身をきつく締めつけます。
「つながってると……ひとつになれた気がして……うれし……」
「……メイ……」
限界でした。からだもこころも。
「メイ!おいら、おいらあんたがだいすきでやんす!
きのうよりおとといより、いまは、いままででいちばん……!」
メイを抱きしめて、思いのたけを叫んで、あとはもう激情のままに
まじわる2匹の心は、ひとつでした。木漏れ日がきらきらさしこむみどりのもりを、オオカミとヤギが歩いていました。
2匹とも背中に重そうな荷物をしょっています。
「よいしょ、よいしょ」
「メイ、だいじょうぶっすか。病み上がりなんだから
あまり無理しないほうがいいでやんす」
「へいきですよ、このくらい」
メイは背中の荷物をゆすり上げて、また歩きだしました。
荷物の中身は石でした。
昨日ガブが勢いで運んできたたくさんの石を、さらさら川に返しにきたのです。
小川につくと2匹は、どうもありがとうとお礼をいいながら
流れの中へ石をふり落としていきました。
小川のほとりには美味しそうな草がたくさんはえていました。
2匹はそこでお昼ご飯を食べ、たくさんおしゃべりをしてねぐらに帰りました。
すると。
「ありゃ?」
ねぐらの奥、かべのくぼみに、まるい小石が置いてありました。
「こいつはさらさら川の石でないでやんすか?」
「そうですよ。昨日ガブが持ってきてくれたやつです」
「忘れていったんでやんすかね。よし、おいらが返しに行ってくるでやんす」
「あ、だめ。だめですよ。それ、とってあるんですから」
「ええ?」
ガブの気遣いがうれしかったから記念においてあるのだと
メイは教えてくれました。
たしかに小石はきれいな木の葉につつまれて、大事そうに飾ってあります。
「そ、そりゃ気持ちはうれしいでやんすけど……」
小石のせいで、遠吠えしながらマラソンしたときの気分を思い出してしまって
ガブは情けないやら恥ずかしいやら。
「だめなんですか?あーあ、残念だなあ」
残念残念とくりかえすメイをまえにすると、
そんな理由で小石を返しにいくのも気が引けてしまいます。
『だめじゃないけどだめでやんす……』
また百面相をはじめたガブを見て、
メイはそっと笑いをかみころしました。おしまい
■ノヒト ... 2010/06/25(金)09:40 [編集・削除]
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