「うぉい」
※普賢昇仙後
まばたきをしても視界がぼやけていて、普賢は目をこすった。
時計を見ればとうに日付が変わっている。道理で仕事がはかどるはずだ。
報告書の進捗は山を越え、あとは体裁を整えるばかり。このまま一息に終わらせることに決めると、眠気覚ましに伸びをした。木タクの午前中は洞府の掃除と菜園の手入れで埋まっているから、午後からついてやればいい。
三次元モニターを展開し、サンプルモデルを盤上に走らせる。刻々と変化するデータをいじりながら、ふと最近深夜まで仕事をしている自分に気づいた。と、同時にその原因にも。
宙に浮いた文章を人差し指で捕らえたまま、普賢はわずかに目を伏せた。しばしの沈黙のあと作業を再開する。
なんのことはない。深夜まで起きていられるのは、涼しくなって太公望が夜這いに来なくなったからだ。まだ10時だというのにあの男は人の都合も考えず寝床に押し入って、まだ来ないのかと文句を言う。あと1時間は待ってほしいところだ。
寝る支度をしたらしたで、いや、よそう。頬が熱い。
どうせすぐに寝れはしないのだ。まったく無体にもほどがある。しかもその口実が『熱いから』などと実も蓋もないものなのはいかがなものか。『おぬしの肌はひやっこくてよいのう』だそうだ。なんだそれは。自分は抱き枕か。浮気をするときは歯の浮くようなセリフを、口からリボンを引き出すごとく続けてみせるくせに。(ああ、腹が立ってきた…)。
普賢は冗長になった説明文の不要箇所をぶちぶちちぎると署名をして保存し、終了した。明朝再点検して問題がなければ完成としよう。締め切りはまだ先だが、次の仕事の下調べもしたい。
「うぉい」
窓の方から何か聞こえたが無視だ。
「くぉら、どういうことだおぬし。このわしが半月も来なかったというのに心配もせんのか」
「白鶴から近況は聞いてるよ。っていうか、確認しなくてもぴんぴんしてるじゃない」
近づいてくる足音と声に、先ほど終了したファイルを立ち上げ、あくまでモニターから目を離さず仕事に集中してる演技。
「わしばかり夜這いに来るのはおかしいではないか。涼しくなったのだから今度はおぬしの番だろう」
「は?何その理屈」
「だから、わしが『熱いのう普賢』と行っていたのだから、おぬしは『寒いの望ちゃあん』と来るべきだ、違うか」
普賢はくっと息をつまらせてそっぽを向いた。
「それ見たことかそんなに震えて」
「違うよ、これは…」
「今なら湯たんぽも付けるぞ、倉庫の鍵は攻略済みだ」
「いやだから寒いんじゃ…」
「火鉢も使う気か?いかん、いかんぞ。あれは一酸化炭素中毒を起こすから危険物扱いだと何度言えば」
「違うってば!人の話聞いてよ!」
「木タクが起きるぞ?」
「う」
しぶしぶ黙って、普賢はまだ少しうずく笑いのツボにくすりと音を立てた。まったく、めちゃくちゃな理屈で人を煙に巻いてうやむやにして。でも彼がいちばん自分を笑顔にしてくれる。
「はいはい、でも僕朝一でこれの点検する予定だから、うちで寝て行ってね」
普賢は降参して太極符印をおとなしくさせた。ついでに灯りも消してしまう。暗闇でも自分の洞府だ。つまずきはしない。勝手知ったるとなりの太公望も。
「さあ行くぞ、まったく毎晩夜更かししおって」
そう言ってぎゅっとにぎってくれた彼の手は、確かにあたたかかった。
■ノヒト ... 2010/10/03(日)03:25 [編集・削除]
うとうとしながらタイプしていたら、普賢、を次元、と打ち間違え、一瞬にして脳細胞が太公望×次元大介とかそんな新ジャンルを開拓しはじめ…らめぇ。