満月ひとつ、星ひとつ。
※お題「らぶらぶ」「冷たい指先」「灯り」
※あとしまつからすごく後
満月ひとつ、星ひとつ。
夜空にはそれだけ、地上には何もない。
腹の上に抱えていた命をみな振り落として、引きちぎられていた大陸がひとつに戻ろうとしている。この星は休眠期、彩を失った砂漠だけが広がっている。
白い息をぽやりと吐くと、霧のように薄くひろがって消えた。じっとしているのも性に合わないので、気の向くままに歩いてみる。こんな深夜は風すら眠ってしまった。長いマントが影の後ろに線を引く。
時折見上げて、星をながめる。あれが星に見えるのは灯りのせいだ。夜も更けたというのにまだ起きているらしい。それがちらりちらりと水色に輝くたびに、わしは自然と笑みになる。
夜空に錐で穴を開けておぬしを見る。砂上を行く足取りはあくまで軽い。もうわしには聞こえているのだ、次の命の胎動が。
海の中に、土の底に、風の上に、生命がおわぁと声をあげる瞬間、胸を貫く喜び。すぐそこまで近づいている。だから何も怖いものはない。わしがどこまでも流浪で孤独でひとりぼっちなのは、自分で選んだことで今に始まったわけでもない。未来永劫というには少しばかりこの星の寿命は短かすぎるが、おぬしの安息を願いながら何をするでもなくただぶらぶらしている。
肌寒くて手袋のふちを引っ張る。砂漠の夜は寒い。かじかんだ指先をもみほぐしながら進む。
ただなんとなく前へ行くのだ。行ってもよいし行かなくてもよい。立つか座るか休むか進むか歩くか走るか飛ぶか止まるか、海でもいい陸でもいい、上でもいい下でもいい、何でもござれだ。選択肢が莫大過ぎて明確に決めることなどできやしない。歩んできた軌跡など、もう、忘れてしまった。それでもなお頭上におぬしを頂いて歩くのは心地よい。未練などと言ってくれるな。自覚している。
針の穴ほどの点の向こうにおぬしが居てくれると、そう思えるだけでわしの心は温まるのだ。氷の海、素足で渡ろうとも寒さなど感じぬ。日が昇りおぬしの髪が空の色にまぎれてしまっても、わしには見分けがつく。星は見えるのではない、見るものなのだ。
清らな声、澄んだ肌、眠たげな瞳、強い意思を抱いた稀有な魂。その姿すべてを目の当たりにしたならば、わしはきっと我を忘れて一線を越えてしまう。善き友には戻れぬのだ、だから別離を選んだ。どれもこれも、そうとも、済んだ話だ。
胸の内奥深くどさどさと荷物でも放り込むように詰めこんで鍵をかけた、それっきり。世の中には見なかったふりをしたほうがいい事もある。会いたい?
会いたくない。身の破滅だ。誰も幸せになれない。
あきらめないで望ちゃん、と。あの時おぬしが向けた瞳は、はたしてわし自身に向けられたものかそれともわしだった片割れへのものか未だに判じがたい。きっとそれはおぬしにもわからなくて、問えば困った顔をするのであろうな、手に取るようだ。
おぬしの残酷な優しさに触れ続ければ魂が融け落ちて、わしはきっとカラッポのでくのぼうになってしまうだろう。日がな一日おぬしのことばかり考えている愚鈍な肉の塊になって、おぬしからも呆れられ蔑まれて見放されてしまうであろうよ、知っているから。
星くずほどの穴、それ以上広げない。向こうにおぬしが居る。十分だ。
……正直なところを言うと時々、本当に時々、穴を広げておぬしに会いたくなる。
だがしかし忍耐だ。わしは我慢強いのだ。そういうことにしておいてくれ。
星は星のままに。道標とまでは望まぬ、ただそこで輝いてくれることがどんなに嬉しいか。おぬしは知るまい、知らんでよい。
わしは立ち止まった。星を見つめる。星の向こうに居るだろうおぬしを見つめる。深深と冷気が降り積もり、自分の息の音だけが耳に響く。
満月の光の中、忘れ去られたようにぽつりとひとつ、星が。とりたてて明るくもなければ、美しいわけでもない平凡で地味な星。だが、かけがえのない存在がそこにある。だからこんなにもキラキラと輝いて見える。おぬしはもうわしを忘れただろうか。忘れてくれていい。忘れてくれ。新しい友人はできたか?恋人は…ちょっとイヤだが…できたか?
おぬしのこれからの道にわしが居ないことを祈るよ。わしの話を振られたら「そんな人もいたね」と言ってくれればいい。
わしか?わしは、もう少し時間がかかりそうだ。まだ面影なくしてはまっすぐ歩くこともできぬ。けれどまあしかし、勝手に想うだけなのだから、そのくらいは許してくれまいか。どうか、どうか。星明りは夜道を照らすに心もとない、歩くのは自分の力でするから。
空を見上げれば、星の向こうにいつでもおぬしが。
*****
それに気づいたのは本当に偶然で、ベッドに寝転んで灯りを消そうと横を向いたら目の前に小さな黒い点があった。
羽虫かなと思ったけどちっとも動かない。目をこすってみたけど、やっぱりそこにある。盲点にしてははっきり見えるし、飛蚊症ってヤツ?目の病気かと思ったんだけど、手をかざすと隠れてしまうからどうにも不自然。近寄ってのぞきこんだらキミの頭が見えた。高い高いところから見下ろしたみたいに。
心臓って止まるんだね、ビックリした。
以来、それはずっと僕のそばにある。僕が動くとそれも動く。いつもは僕のひざのあたりを漂っているけれど、寝台に入ると枕の横、添い寝でもしてるみたいにじっとしている。
たぶんきっとこれは何かの穴で、これを通して望ちゃんも僕を見てるんだ。何度か目が合いそうになったからわかる。どういうつもりなの。いつでもキミが見えるのは嬉しいけど、お風呂やお手洗いにまでついてくるなんて、なんてキミらしい。
ずるいなあ。こんなのがあったら、僕浮気もできない(するつもりもないけど)。声は聞こえないみたいだから、望ちゃんのバカってつぶやいてやる。
どうせキミのことだから、この穴を開けたことで何かを勝手に納得してしまって、自分が見られてることに気づいてもいないのでしょう。知ってる?それって自己満足って言うんだよ。僕からはそっちへいけないから、キミが僕のところに来てくれなきゃ恨み言も言えない。ため息をつくのもしゃくだからほっぺたふくらませてみる。
いつか、星が壊れる時に、僕はここを抜け出してキミのところへ行こう。ばーかばーかって言ってやる。それから、大好きって。
今夜も小さなのぞき窓からキミにおやすみなさいを言う。
■ノヒト ... 2011/01/22(土)02:16 [編集・削除]
お題をくださったソラさんありがとうございました。
見事に爆砕しました。てひー(>w<)