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SS~後宮猫

>60分以内に7RTされたら後宮パロで頭を撫でる太公望を描きましょう。
 
「…にゃあ」
 
※18禁 ふーたん女の子注意
※口調変更有り
 
 
続き
 
 

 
 
 起床を告げる鐘のけたたましい音に目を開けた。
 外はまだ暗い。普賢はいつもどおり身支度を済ませると食堂に急いだ。
 炊いた米と菜がわずかに浮いた汁、それと漬物が二切れ。皇帝にまみえることかなわない後宮の女の食事などこんなものだ。白米が食べられるだけでもありがたいのかもしれない。
 急いで食べてはいけない、下品なのだそうだ。遅すぎるのもよくない。箸の上げ下げは無論口をつける順番まで決まっている。食後の茶を飲み干し湯飲みを置く瞬間が、定時となるようにしなくてはならない。よどみなく一連の所作を終えると、普賢は型どおりの礼をして席を立った。
 同僚の娘らと列に並んで廊下を進み、当番から今日の仕事を言いつかった。南殿の掃き掃除だ。言われた場所へ向い、決められた道具を手に、定まった方法で黙々と仕事をする。無駄口は叩かない。もし声をかけられても、必要なことでなくば無視するか、『わからない』と首を振る。
 大きなものから小さなものまでおよそこの後宮に作法のないものはない。廊下の歩き方、花の生け方まですべて規則がある。最初は決まりごとの多さに困惑したが、雪が降り積もるように日々が重なっていけば自然と体が覚えていった。身寄りを失った普賢には後宮以外行き場がなかったから、規則でがんじがらめにされるのは逆に都合がよかった。何も考えなくて済む。心を殺してあわただしいだけの日々を送るうちに、過去はゆっくりと奥底へ沈んでいった。
 
 陽も昇り明るくなる頃には掃き掃除が終わった。娘らは道具を持ち替えると、担当の部屋を整えるために散っていく。
 途中で絹や麻の反物を抱えた娘らとすれ違う。彼女たちは後宮の衣服を担当する部だ。熟練者は妃妾の晴れ着を任されるので、食を担う部の次に重用されている。他に歌と踊りを捧げる部、宝石を扱い装飾品を作る部、普賢の在籍する宮中の美観を保つ部、これらを総括する部とに分けられる。
 それぞれに内部で細かな上下が存在し、お互いに縄張りを侵さないよう監視しあっている。後宮という籠の中で、家族との面会も許されず、一度入れば出ていけるのは死んだときだけともなれば、自然とそうなるのかもしれない。昔は普賢も陰湿ないじめを受けていたが、あまりに反応がないのを気味悪く思われたのだろう、今では思い出したように阿呆の子と陰口を叩かれる程度で済んでいる。
 目的の部屋につくと普賢は掃除用具を脇に置き、扉を三回叩いて平伏した。中から鐘の音が、一度鳴れば入ってよし、二度鳴れば入室禁止、三十数えて応えがなければ無人。胸のうちでゆっくりと数えて扉を開けた。
 手前と奥に間仕切られた部屋だ。螺鈿の鳳凰が鮮やかな卓と椅子が置かれている。後宮では中位に位置する女官の部屋だ。腰ほどの高さの箪笥の上に、硝子の鉢が置いてある。その中で泳ぐ金魚の世話をするのが、最近の密かな楽しみだった。
 人の都合で目玉を醜く膨らまされ、尾びれもただ長いばかりで頼りなく、狭い鉢の中よたよたと泳ぎつづける姿が哀れで、愛おしい。
 清潔な布で鉢の中を掃除してやると、金魚は慣れ親しんだ白い手をつついてきた。小さく笑って餌をやる。砂粒のようなそれを金魚が懸命に追いかける。気づかないうちにささくれていた心が穏やかになっていく。けれどものんびりと時を過ごすことは許されない。定時までに仕事を終わらせるため、普賢は衝立の奥へ入った。
 短い悲鳴が上がる。女と、もうひとつ。
 寝乱れた寝台の上に、普賢は裸のままの男女の姿を見つけてしまった。
「出てお行き、出ていきなさい!いえ、お待ち!待ちなさい!」
 髪を振り乱した女が普賢につめより肩をつかむ。衣の上から指が食いこんだ。化粧がまだらに落ちた顔が普賢をにらみつけ、次の瞬間、口の端が笑いの形にひしゃげた。
「……あら、なんだおまえじゃないの。ご安心ください、阿呆の子ですわ」
「阿呆の子だと?」
 抱きこんだ布団の向こうからいぶかしげな男の顔がのぞいている。まだ少し寝ぼけているのか、すがめた両目が落ち着きなく普賢と女を見比べていた。突然のことに固まっていた普賢は、ようやく目の前の女が部屋の主であることに気づいた。
「ええそうです。何を言っても『わからない』としか答えないおかしな子ですの。幸運でしたわ」
 言うなり女官は肩をにぎる両手へさらに力をこめた。
「いいこと、おまえ。今見たことを誰にも言うんじゃないわよ。絶対に。何か聞かれても『わからない』で済ますのよ、いいわね?」
 普賢がおとなしくうなづくと女官はようやく手を離した。両肩がもげそうに痛む。
「ほらお行きなさい。掃除はしなくていいから。いいから行きなさい!」
 追い立てられた普賢は、とりあえず礼をして部屋を出た。通りすがりかすかに金魚の姿が目に映る。
 肩をさすりながら普賢は廊下を歩いた。部屋の清掃ができず余った時間は庭を清めるために使う。角の部屋からほうきを持ち出すと、普賢は庭に降りた。金魚のことを想いながら風で落ちた木の葉をかき集める。きっともう餌をやれないのだと思うと、胸が痛んだ。
 掃いても掃いても木の葉はこぼれ、普賢はそのたびに同じ場所をたどる。意味を考えることなどとうに捨てていたから苦ではなかった。足元にまたひとひら木の葉が落ちた。金魚と同じ、目にしみるような赤だった。
「止まれ!」
 尖った声が背に刺さり、普賢は動きを止めた。
「そこを動くな!道具を離して両手を上に挙げなさい」
 言われたとおりにすると、玉砂利を踏んでいくつもの足音が近づいてくる。あっというまに縄をかけられ腕を後ろに結ばれてしまった。上背のある女性が二人、普賢の両脇について縄の端を握っている。声のしたほうを向かされると、総括部の女性達がさすまたを手に仁王立ちしていた。廊下の四方から勤めを置いて集まってきた娘らが息を殺して自分を見守っている。
 その中にあの女官の姿もあった。
「……」
 状況を理解し、普賢はため息をついた。
 濡れ衣を着せられたのだ。ひときわ冷たく重いものを。
 姦淫は死罪だ。後宮において男とは皇帝ただ一人なのだから。
 自分は審議もされず打ち首になるに違いない。

「起きろ」
 低い声が普賢の目を覚ました。独房の鍵が開く音がする。
「ぐっすりお休みになったみてぇだな、まったく太い女だ」
 粗野なひげをたくわえた看守が呆れたように自分を見下ろした。確かに独房には汚れた煎餅布団しかない。だが相部屋ではないからいつもよりよく眠れた気がする。縄で縛られたまま眠ってしまったのも誤解を招いたのかもしれない。
 しかし縄は細く柔らかく、要所以外はゆるく結わえられており、おとなしくしていればそうつらいものではなかった。現にこうして刑場へ引かれていても、後ろに組まれたまま固定された両腕がわずかに痛むだけだった。
 普賢は自分に縄をかけた女性達の目を思い出す。厳しく寄せた眉根には、けれど憐憫がにじんではいなかったか。事情を察しつつも逆らうことができない身分の、せめてもの情けがこのゆるい縄になったのだろうか。彼女たちの心中を慮ると自然と薄い笑みになった。
「…気色悪ぃな、ニヤニヤしてやがる」
「おつむりの具合が悪いらしいからな、自分がどうなるかわかってないんだろうよ。……いいことだ。怖くないまま逝ける」
 暗い声で二人の男がぼそぼそと話し合う。看守たちもまた、事の次第を肌で感じているようだった。廊下を抜けて庭に出る。石畳が敷き詰められただけの簡素だが広い庭だ。
 空は見事に晴れ渡り、その下に処刑台が置かれ首切り役人が幅広の刀を手に背筋を伸ばして立っている。台への階段の両隣には、鎧を着た兵士が数人並んでおり、端に官僚の衣を着た者が混じっている。
 皆、男だ。死は忌まわしいものであるから、皇帝の寝所たる後宮にふさわしくない。故に死刑囚は後宮から追い出され、男たちの監視のもと葬られる。
「いいかお嬢ちゃん。正面に宮殿があるだろう。あそこが陛下の御殿だ。今日は天気がいいからご本人様が見物してなさる。だから列の前でペコリってな、お辞儀をするんだよ。台に上ったらもういっぺんペコリ。後はひざまずいて目を閉じるだけだ。わかるか?わかんねぇか。まあ阿呆だからしょうがねぇやな」
 面白くなさそうに看守らは笑いあうと普賢の背を押し、列の前に立たせた。言われたとおり、普賢がお辞儀をすると一同は驚いた風だった。気を取り直した役人が手に持った書状をするするとほどき、罪状を読み上げはじめた。
 朗々とした存外によい声で、うららかな日差しと心地よい風に包まれたままその謡に揺られていると、夢でも見ているように全てを遠く感じる。だから普賢は略式の裁判が終わると、何も言われずともまっすぐに階段を昇りペコリとお辞儀をした。
 静かにひざまずき、目を閉じる。うつむくのと上向くのとどちらが刃を入れやすいかはわからなかったから、うつむいてその時を待っていた。
 それにしても、死を前にした瞬間は長いというが、こんなにも間延びして感じるものだろうか。風が何度もほおを撫で、衣のすそで遊ぶ。
 しだいに周囲もざわついてきた。普賢は瞳を開けたい衝動を抑えようと唇を噛んだ。
「おい止め!中止だ中止!その娘を陛下の元へ連れて行け!」
 前方からドラ声が響き、普賢は思わず目を開いた。
 皇帝のおわすという宮殿が空の中くっきりと浮いていた。
 
 わけのわからぬまま普賢は後宮の中を引き立てられる。驚きと好奇に彩られた無数のまなざしが自分に降りかかった。やがて本殿の奥へ行列は進み、下位の者には立ち入ることすら許されない場所へたどり着く。黄金の双竜が絡まりあう扉を前に一行は平伏した。
「お待たせいたしました。ご所望の娘でございます」
 蝶番がこすれ扉の開く気配がする。衣擦れの音が足早に自分へと近づいてきた。
「陛下への目通りを許す」
 乱暴に縄を引かれ、普賢は犬のように部屋へ転がりこんだ。分厚い絨毯の上に投げ出され、頭をつかまれ座礼を強要される。急な体勢の変化に咽を刺激され咳が出た。無礼者と背を小突かれる。
「よい、面を上げよ」
 出し抜けに男の声がして、普賢はおそるおそる顔をあげる。ぼやけていた焦点が定まり、声の主の像を結んだ。黒を基調にした長い衣をだらしなく纏い、翡翠をちりばめた天蓋付の寝台に片ひざを立てて腰掛けている。
 若い。まだ幼さを残した手足だ。短く切った黒髪の下から朝焼け色の瞳がのぞいている。ほんのりと頬が紅いのは手にした杯のせいだろう。普賢のもとへも酒の匂いが漂ってきた。
「おおこれはいい。わしの見た美女、5本指には入るぞ」
 年若い皇帝はひざを叩いて笑った。どこかうつろなそれは看守たちのものに似ていた。
「その顔で男を惑わしたのか。添い遂げられて満足か?ん、どうだ?」
 普賢が言いよどんでいるとまた背を小突かれた。痛みをこらえて言葉をしぼりだす。
「…わかりません」
「わからぬことがあるか。恋しい男と寝たのだろう」
「わかりません」
「違うというのか。外に隠し事でもしているのか」
「わかりません」
「強情なやつだのう。何か言え。悪いようにはせぬ」
「わかりません」
「刑から救ってやった恩情を仇で返すというのか」
「わかりません」
「ならもう一度死刑台送りだ。かまわんだろう?」
「わかりません」
「おぬし、死が怖くないのか」
「…わかりません」
 正直な気持ちだった。本能による恐怖も理不尽への怒りも諦念の向こうに隠れてしまってこの身が惜しいとは思えないのだ。ただひとかけ、金魚の行く末だけが不安ではあったが、口にしてしまえば真実が暴露されかねない。あの部屋は空き部屋となり、金魚はゴミとともに打ち捨てられるだろう。
「恐れながら陛下、その者は阿呆の子でござりますれば…」
 女官の一人が口を開いた。普賢が所属する部の取締役だった。
「阿呆か」
「左様でござりまする。読み書きは人並みにできまするが話すことが難しうござりまする。恐れながら陛下のお慈悲を理解しておらぬと思慮いたしまする」
「そうかそうか。いよいよもってわからんな。そのような者に恋ができるのか」
 周囲に緊張が走り、気まずい雰囲気が漂った。
 皇帝が腰を上げる。
「姦淫で死んだ女を何人も見てきたが、死刑台で泣き叫ばなんだはおぬしが初めてだ。何故だ?」
 言いながら顎に手をかけ無遠慮にのぞきこんでくる彼を正面から見つめた時、普賢の中で古い記憶がはじけた。
「望…ちゃん…?」
 皮肉気に笑っていた男の顔がすっと強張った。
「皆の者、直ちに下がれ」
「陛下?恐れながら…」
「下がれ!」
 語気荒く床を踏みつけると女官たちはそそくさと部屋から出て行き、後には皇帝と普賢だけが残された。男は縄をつかむと普賢の身体を引きずり寝台の上に放り投げる。襟首をつかまれ顔を上げると、鋭い眼光が普賢を貫いた。
「望というのは太公望のことか、言え」
 押し殺した口調とは裏腹に、男の剣幕は研いだ刃のようだ。せっぱつまった顔色がぶれるほど普賢に近づいた。
「…わかりません」
「言わねば殺す。今この場でだ」
「わかりません」
「太公望を知らぬとは言わさぬ」
「存じません、誓って申し上げます」
「おぬし、しゃべれるではないか。わしをたばかっておったのだな!」
 みぞおちを殴られ、普賢は一瞬意識が遠のいた。鞘走る音が聞こえ首筋にひやりとしたものが当てられる。
「刑場まで待てぬ。この場で打ち首だ。安心しろ、太公望もすぐに後を追わせてやる」
「お待ちください!」
 自分でも驚くほど大きな声が出た。行き違いで関係のない人まで巻き込まれようとしている、そのことが普賢の心を強くした。
「…望は、私の幼馴染です。二つ下で、弟のようにかわいがっておりましたが、大火事にとられました。恐れながら先ほどは陛下の御尊顔に、望の面影を重ねてしまったのでございます」
 疑わしげな視線を見つめ返して静かに語りかけると、目の前の男は首筋に当てた刃をわずかにずらした。ピリと引きつるような感覚が走る。
「いつのことだ」
「十年前でございます」
「おぬしも火事で焼け出されたのか」
「はい。身寄りを失い心ある人に勧められて、後宮へ奉公にあがることにいたしました」
「よくできた話だ」
 男は刀を引き、抜き身のまま床に立て体を預けた。
「阿呆のふりをしていたのはどういうわけだ」
「後宮へ上がり、右も左もわからなかった頃の癖を引きずっておりました。勤めさえ果たせば多くは言われませんので、それに…」
「なんだ」
「…争いは嫌いです。口を開いて争うくらいなら、私は阿呆でよいと思っております」
「そうか。妙に真っ直ぐな目をしていると思ったら、希代のド阿呆であったか」
 皇帝は普賢を鼻で笑い、卓の上から書状を手繰り寄せた。
「ここまで話したのだ。全部言ってもらうぞ。おぬしは簪売りを誘惑し通じたとあるが、真相はどうなのだ」
「……」
「言え、言わねばおぬしの同僚が手引きをしたことにしてくれようぞ」
 予想外のやり口に普賢は奥歯をかみ締めた。そんなことになれば罪のない娘らが連座で処刑されてしまう。逡巡の後、普賢はゆっくりと言葉を吐き出した。
「…今日私が、清掃を担当したお部屋の方が、通じた本人になります…。殿方がどなたかまでは存じません…」
「何故知った」
「…戸を叩きましたがお返事がございませんでしたので、いらっしゃらないものと思い入室しました。寝台に件のお二人を見かけましたがすぐに部屋を出るよう強く言われ、その後は庭の掃き掃除をしておりました」
「そして濡れ衣を着せられたのか。先に言いふらせばよいものを」
「…はい」
「なんだ。言いたいことがあるなら言え」
「……金魚」
 意表を突かれたのか皇帝が薄く口を開く。
「…金魚が飢えないよう、計らってくださいまし」
「なんの話だ」
 普賢は顔から火が出るような思いをしながら、中位の部屋で金魚が飼われていること、その世話を楽しみにしていたことを話した。中位に誄が及べば金魚が捨てられてしまうと考えていたことも。
「なんとまあ、阿呆もここまでくれば立派なものよ」
 皇帝は盛大にため息をつくと刀を納めた。悪意とともに口元を緩ませる。
「作り話のつもりなら陳腐なくらいがちょうどいいものだ。ひまつぶしにはなったな。それは誉めてやろう」
 襟元をつかまれ、無理に押し広げられる。露出した胸元を縄が擦った。
「後宮に男が出入りしているなど子供でも知っておるわ。濡れ衣は気の毒だとは思うが、おぬしはおぬしで誰ぞと通じたのだろう?カラスの餌になる前に天子へ奉仕するがいい」
 唇を奪われ、普賢は目をむいた。何をされようとしている?稲妻のように嫌悪が走り、反射的に歯を立てた。舌打ちが聞こえ、頬に強い衝撃が走る。遅れて痛みがやってきた。
「生意気な…」
 男の唇から一筋、赤が垂れた。
「よがるしか能のない雌の分際でわしに刃向かうか!せいぜい泣き叫べ!」
 男は衣のすそをはらい、普賢の股を大きく開かせる。徳利を手に取り、むき出しになった白い太ももの中心に向けて傾けた。どぼどぼと濁った酒が自身で触れたこともない場所へ注がれていく。
 恐ろしさに駆られて逃れようとしても、戒めの縄がきつく食いこむだけで這うこともできない。その様が男の嗜虐心を煽っているようだった。やがて天を向いた男の分身が普賢の秘所に押し当てられ、一気にねじこまれる。
「やだ、いやっ!」
 腰を砕かれたような激痛が襲った。絶叫がのどをついてあふれ、きつく閉じたまぶたの下から涙がにじんでこめかみをつたう。
「……おぬし…っ」
 合わせた肌から狼狽が伝わってきた。濡れた敷布に破瓜の血がにじんでいる。ややあって普賢は頭にそっと手を置かれた。あやすようにくりかえし撫でられ、苦痛をこらえて薄目を開けると、男が普賢を見つめていた。いたずらをして、大切なものを壊した子どものように。
『やっぱり、似てる…』
 記憶の中の少年の姿を皇帝の中に見つけ、普賢の胸中はざわめいた。小さく笑ってみせると安心したのか、彼は普賢に体を重ねた。
「力を抜け。難しいか?ならば息を吐け、ゆっくり、長くだ」
 じわじわと腰を進める。深くなる交わりに普賢はきつく敷布を握りしめた。ぴちゃと水音が上がり左胸の先端をぬめった温かい感触が這った。むずがゆいような奇妙な感覚に体が逃げる。執拗にそこを刺激されるうちに、痛みの内に甘いかげろうが立ち上る。体の芯に切ないものを感じる頃、男が低くうめき、果てた。
 
「服を持ってこさせる。しばらく待て」
 帯を締め、衿を整えると男は普賢を振り返った。刀を抜き放ち、普賢を戒めていた縄を切り落とす。腕が楽になり息苦しさが消える。
「…陛下」
「伏羲でよい」
 普賢は寝台の中で萎縮し、恐れ多うございますとつぶやいた。伏羲が縄を床に投げ捨て、清潔な毛布で普賢を覆う。
「よい、普賢とやら。わしの前で真実を語ったのはおぬしが初めてだ」
「申し訳ありません」
「謝ることではない……無理に開かせたのはわしだ。まあ端女とはいえ後宮の女、わしの妻ではあるがな」
 視線をそらされると逆に体を奪われた事実を感じる。胎の中があらためて痛みにうずき、両の瞳に涙の膜が張った。
「…なっ、こら、泣くな。泣くでない!」
 こらえきれず最初のしずくがこぼれ落ちたとき、胸の中で何かがふつりと切れた。気がつくと声をあげて泣いていた。こんなに心が揺れるのは十年ぶりだろうか。あの時からずっと、何も感じぬよう、何も考えぬよう、ただ流されて生きてきた。伏羲に抱きしめられ、その胸に体を預けて幼い頃のように素直に泣いた。
 のどが枯れんばかりに泣きつくし、頭がじんわりと痛みだした頃、ようやく理性が戻ってきた。
「…陛下」
「伏羲と呼べ。命令だ。敬語もよせ」
「しかし…」
「かまわん、わしが許す」
「伏羲…刑は、どうなったの…」
「不問に処す。おぬしに濡れ衣を着せた女も、金魚もだ」
「僕は、どうなるの…?」
「妃にしてやろう、十二番目の。大部屋付の高位だ。金魚でも猫でも好きなだけ飼うといい」
「…そんなのいらない」
「何故だ。皆おぬしを敬うようになるぞ。衣装も宝石もほしいだけくれてやる」
「……そんなの、そんなのうれしくない。僕は静かに暮らしていたいだけだったのに」
 涙のせいでまた視界がぼやけた。伏羲があわてふためき、落ち着けと普賢を叱責した。そしてふと自分の腕に目を留め、腕飾りのひとつを外す。
「ではこうしよう。おぬしは今日からわしの猫だ」
「……猫?」
「そうだ。この一角はすべてわしの私室だ。好きに歩いてよい。眠くなったらこの部屋へ戻ってくるのだぞ」
 伏羲は手を伸ばしてほっそりとした普賢の首に自分の腕飾りを巻いた。皇帝の証である竜の意匠が白い肌の上にぶらさがった。
「……猫」
「うむ、なかなか似あっているぞ。どうだ?」
 普賢は即席の首輪に手をやり考えをめぐらせた。今さら元の部に戻っても、そしらぬ顔ができようはずもない。かといって妃妾の地位にも興味はない。それならばいっそ、人ではないものとして暮らしていくのも悪くないのかもしれない。
「…わかりました」
「敬語はよせ。猫なのだから」
「うん」
「それと、人の言葉を使うのはわしの前だけにするのだぞ。悪知恵ばかり働く輩が多いからな。なに簡単だ、阿呆のふりをしておればよい」
「うん、わかった伏羲」
 男は満足そうに普賢のあごの下をくすぐった。
「…にゃあ」
「ゴロゴロだろう、そこは」
 よしよしと頭を撫でさすると伏羲は笑みを見せた。大陸の支配者とは思えないほど邪気のない笑顔だった。その上にまたも遠い日の面影が重なり、普賢は胸の内を針で引っ掻かれた気がした。
 
 

 
>>つづき

COMMENT

■ノヒト ... 2011/04/16(土)03:02 [編集・削除]

いや、違うだろう。後宮パロってのはきれいな着物着て美形がたくさん出てきていや~ん困っちゃう☆って感じだろう。なんだこれ。

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