※修行時代
崑崙山へ昇って早10年。太公望にはどうしても解せないことがあった。
同期の普賢のほうが修行をサクサク進めることだ。
自分の努力が足りないとは思わない(この頃はまだ真面目だったのだ)。
むしろ人一倍…いや三倍くらいはがんばってると自己評価してるのにこの差はなんだ、なんなのだ。もちろん世の中には向き不向きが存在することくらい十分承知しているし、普賢にはこの手の修行がむいてるんだろう。
だがしかしあえて言わせていただこう。
『本日の課題:水の上を歩く』
得手不得手とかそういうレベルかっつーの!
「終わったら帰って昼飯食ってよいぞ」
と言い残した師匠の姿はとうの昔に消え、時刻はすでにカラスがカアカア。全身びしょぬれのまま泉のほとりでうずくまる太公望の隣には、退屈しのぎに書を読んでいる普賢の姿。
紫色の唇からぼそりとつぶやきがもれた。
「……何故おぬしは水の上が歩けるのだ」
「見てたらできるよ。僕としてはどうして歩けないのかを聞きたいな」
こともなげに言い放たれて太公望の中で何かがぷちんと切れた。
「アホかー! 普通水の上なんか歩けんわ! それをおぬしはこれ見よがしにトコトコ歩きおってっ!
この間なんか空飛んで見せるし、ええいこの人外! ナチュラルボーン仙人! せめてコツを教えろコツを!」
「だから考えちゃダメなんだって。呼吸の仕方を覚える必要がある? 無為自然、無為自然」
「無為自然してたら沈むだろうがぁーっ!」
絶叫して体力を使い果たし、太公望はばったり倒れた。ただでさえ育ち盛りの身に昼抜きはキツイ。視線の先へ普賢の横、山と詰まれた書物が映る。
「……で、物理法則をシカトできるおぬしが、どうして物理学なんぞ専攻することにしたのだ?」
「だから、僕はなんでこんなことができるんだろうって考えてたら、自然に物理学になっただけだよ」
普賢は手を止め、うらみがましげなその顔をのぞきこんだ。
「それにしても不思議だよね。望ちゃんのほうが絶対にすごい仙人になるんだから、ちょっと浮くくらいできそうなものだけど」
「わしのほうがすごい?」
「うん、僕なんか足元にも及ばないね」
「おぬしのその過大評価はどこから来るのだ…」
「見てたらわかるよ」
「だからおぬしのそれはなんなのだ……」
「無為自然?」
「認めんぞ。おぬしESP者に違いない」
「そのうち手から弾幕出すようになるんだね」
「あーなれなれ。わしゃもう知らん」
ごろりと背を向けた太公望の腹が盛大に鳴った。
「ぎぶみー血糖値」
「そうだね、もう今日はあがってもいいんじゃないかな。元始天尊様も音沙汰ないし」
よいしょと書物を抱えて普賢が立ち上がる。
「動くのダルイ……とりあえず食えるもの持ってきてくれ…」
「何がいい?」
「甘いもの」
「適切な選択だね」
それじゃ待っててねとにこやかに笑い、普賢は歩き出した。
取り立てて急ぐわけでもないその足取りに、わし飢え死にするかもと、わりと本気で思った夕暮れ。
■ノヒト ... 2011/09/14(水)22:23 [編集・削除]
ESP者はえすぷしゃと読んでください。わかったあなたはヲトモダチ。