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SS~Mellow Mind*頂き物

 
 めふ様 >爾汝交

 参加型企画において「太公望×普賢で、うなじにちゅーor小指を絡める」をリクエストさせていただきました。ありがとうございました。
 
 
続き
 
 

 
Mellow Mind
 
 
「おぬしの首もとを見てると、なんか齧りつきたくなるのう」
と、太公望が呟いた。
振り返った普賢は、うららかな午後の日差しを受けて普段通りのやわらかい笑顔を浮かべ(笑っていると言うよりも、もはやこれが素の顔なのだと言って差し支えないほど板についたこの笑顔)、ひらひらと背中の羽を揺らしながら太公望に歩み寄り……、斥力を発生させた。
「……うむ、おぬしはそういう奴だ……」
弾き飛ばされて壁にめり込んだまま、太公望は息も絶え絶え。
「わあ、これ、おもしろいなぁ」
そんな太公望にはおかまいなしに、普賢はもらったばかりの太極符印の威力に惚れぼれとしている。
いっそ強引に手繰り寄せて口づけようか。
それをすれば普賢は怒るだろう。眉ひとつ動かさずに罵詈雑言を並べたてられそうだ。
けれどもきっと最後には拒まない。
「冗談だ」と言えばそれで終わる。
二人の距離は今、そのくらい。

所せましと積み上げられた箱の向こうでせわしなく動く影が見えた。
「引越の荷物、まだまとまらんのか?」
「うーん、たまりにたまった本とか、実験器具とか、詰めても詰めても終らないんだ。望ちゃんもちょっと手伝ってよ」
「嫌だ。わしを置いて出ていく薄情なおぬしなどに、誰が手を貸すかい」
太公望は拗ねた子供のように口をとがらせた。
「どうせすぐ遊びに来るつもりのくせに」
「あったりまえだ。新たなサボり場として、せいぜい活用させてもらうからな」
普賢は箱詰め作業の手を止めて、そっぽを向いたままの太公望に寄り添った。
「待ってるね」
嬉しそうに普賢は言った。その頬に触れると、普賢は小さく首を傾けて、静かに目を閉じた。詰まる距離。
「……庭には桃の木を植えるのだぞ」
「はいはい、わかってるよ」
窓の外に見える陽は、間もなく暮れようとしていた。

まだ霧の晴れぬ朝早く、太公望はもうずいぶんと長らく背中に体温を感じていた。
すき間風も通らぬほどに、ぴたりと触れあう体。
普賢が今どんな想いでいるのか、太公望は知っている。その想いが表に現わされることはないことも。「行かないで」と泣き叫ぶような、そんな熱情に両手放しで身を任せていられる季節など、とうの昔に過ぎてしまった。
胸元にまわされた普賢の手に、自分の手を重ねた。彼は一瞬だけ微かに反応を見せて、残ったのはやはり静寂。
どれほど体を近づけても、自分の心はすでに遥か遠くの大地に立っているのを、太公望は感じていた。陽が昇ればこの体もこの空を離れる。
長い沈黙の後に普賢が告げたのはただ一言。
「君を信じてるよ、望ちゃん」
そして風が吹いた。
普賢は涙を流していたのかもしれない。
太公望には見えなかった。

「まったく君にはとんと呆れる」
背後から抱きかかえると、普賢はそう言った。
「ただでさえギリギリなのに、こんな無駄なことに体力を使ってる場合?」
黄巾力士の固い背中の上。黄巾力士と金鰲島の動力が発する音が、あちこちで反響し、低く唸って空気を揺らしている。辺りには誰の気配もない。二人きり。
首にかかる後ろ髪を少し寄せて口づけると、普賢はくすぐったそうに身をよじった。昔と変わらぬ反応。
「僕たちの動向は全部聞仲に筒抜けだって、望ちゃんが言ったんじゃなかったっけ」
「知るか。奥に引きこもって四六時中他人を覗き見てるヤツのことなど、気にかけてられるかい」
「うわあ、本気?」
普賢は眉をひそめた。
だが普賢が見せる不服がうわべだけのものに過ぎないことなど、太公望は百も承知だ。だから太公望は、そんなものは歯牙にもかけない。
自分たち二人が考えることは多くの場合だいたい同じで、それゆえお互い相手が思っていることがだいたいわかる。喜ぶか喜ばないか、怒るか怒らないか、拒むか拒まないか、その程度の見当なら、まず外すことはない。
現に今、太公望の手が帯に伸びても、普賢は少しも逃げようとしない。くすくすと愉快そうに笑って、されるがままに身をゆだねている。だから太公望は遠慮などしない。
遮るものを一つずつ取り除いて、しばしの安息。
腕の中の存在が、愛しくてしょうがなかった。
この美しさ、この尊さ、決して失くすわけにはいかないと思っていた。
自分たち二人が思うことは多くの場合だいたい同じで、それゆえお互い相手が考えていることが、だいたいわかるはずだった……。

別れを告げるときに相手を見ようとしないのは、昔からの普賢の癖。

小春日和の空の下。
散歩の途中でその姿を見つけたのは、ただの偶然に過ぎない。
普賢は教主から何かの依頼でも受けたのか人間界に降りてきていた……のをいいことに、体よく仕事をサボってのんびりと昼寝中だった。
今も昔も普賢が真面目な努力家だという評価を周りから受けているなど、伏羲にとっては実に受け入れがたいことだ。普賢に降り注ぐ日光を遮るように傍に立ち、憮然と見下ろしてやった。腐葉土の上に真新しい落ち葉を重ねた寝台は、さぞかし心地好い眠りをもたらしてくれることだろう。その感触を彼が知覚しているかは分からないが。
やがて半刻ほど過ぎたところで普賢は眼を覚ました。ゆっくりと伸びをして立ち上がり、伏羲の横をすり抜けた。その際に小指の先がほんの少し、触れることなく交わったことも、彼はきっと知覚しないままだろう。
伏羲は去ってゆく普賢の後姿を見送った。襟元の広く開いた衣服。細いうなじからゆったりと肩につながる輪郭線が、無防備に露わだ。
手繰り寄せれば届くか。二人の距離は今どのくらいだ。
そんな気もないのに、伏羲は思考を巡らし苦笑した。
突然普賢が振り返った。伏羲の心臓が小さく弾んだ。
見えてはいないはずだ。察してはいないはず。この姿、気配、におい、質量、熱量、引き起こされる空気振動、何一つ彼は知覚していないはず。
それでも二人の視線がぶつかったまま動かずにいるのは、自分が目をそらせずにいるせいだろうか。
普賢は太極符印を取り出し、カチカチと小さく音を立てて操作した。そして満足そうに頷くと、再び踵を返して彼方へと消えた。
風が吹き、甘い香りを届けた。
伏羲が振り向くと、褐色の中ただひとつ、満開に花を咲かせた桃の木があった。
伏羲は誘われるように桃の木のもとへ向かった。
見上げると、枝の間から南中を過ぎたばかりの光がのぞいた。
桃色。実に、桃の色。
風が吹き、季節外れの花を空しく散らせた。
頬に触れた花弁を手に取り、伏羲は何百年ぶりかの涙を流した。





 
 

COMMENT

■ノヒト ... 2011/10/27(木)15:33 [編集・削除]

普段はなかよし親友なドドメを書いていらっしゃる方なのですが、ご自身の参加型企画で「普段書かないのを書いてみたい」と記されてましたので……全力で特攻してきました!!!
ヒャッハー!たなぼただね!いい迷惑だね!
こんなに萌えるSSをいただけて転げまわってます。ありがとうございました!

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