「太公望がえらくしょげていたよ」
※原作寄り 12禁
※キスの日に寄せて
口付けは昨日のことだったが、普賢はもう忘れていた。唇が触れるだけと思っていたから、その先まで行ったのは少し驚いたかもしれない。酒で濡れた舌が口内をジュルジュル強引に舐めまわして、きもちわるいなあなんて思ったりしていた。
いつものとおりふたりだけで、月を肴に晩酌をしていただけだったのだけれど、何がどうしてそうなったのかはよく覚えていない。そういえば経験がないとか練習させろだの言っていた気がする。どうにせよ、もう終わったことだった。「やあ普賢」
玉虚宮の事務室でコンソールを叩いていると、扉の開く音がして入ってきた太乙から声をかけられた。
「太公望がえらくしょげていたよ」
「そう、何でだろう」
「今夜同じ布団で寝てあげると答えがわかるんじゃないかな」
「よく一緒に寝てるよ?」
「そうなのかい、そりゃ後愁傷様」
太乙は体をゆすって笑うとそのまま出て行ってしまった。誰もいない部屋の中で、普賢がキツネにつままれた顔で座っている。しばらく首をひねっていたが横に置いておくことにしたのか、再び室内に控えめな打鍵音が響きだした。退室予定時刻を大幅に過ぎてしまった。普賢はシステムをスリープさせ作業を終える。星明りの廊下に出、夕飯の献立を考えながら帰途についた。おなかをすかせてむくれているだろう彼の事を思ってデザートを何にするか迷う。
ふと手前の柱の影に気配を感じた。
「望ちゃん」
呼びかけると半身を見せる。口をへの字に結んで黙ったまま動かない。
「どうしたの?」
「帰りが、遅いから」
「うん、慈航から追加注文が入ってきてさ。おかげでまるまる作り直すはめになっちゃって」
「それだけか」
「そうだよ」
「本当にそれだけか?」
「うん、どうしたの」
「いや」
太公望はまた柱の陰に隠れた。長々と息を吐いている。ホッとしているような、残念なような。普賢が歩き出すと、太公望もついてきた。隣りあって庵までの道を進む。ふと昼間のことが心をよぎった。
「そういえば、太乙が来て不思議なことを言っていたよ」
太公望が一瞬固まり、そしてほうと低くつぶやいた。
「望ちゃんと一緒の布団で寝なよって」
「なっ」
がっ、ごっ、べっ、と謎の怪音を発しながら太公望はシャドーボクシングを始めた。
「あやつめ! なんちゅーことを普賢に吹き込んどるか!」
「そうなの?」
普賢が立ち止まる。つられて立ち止まった太公望に吐息がかかるほど近づき、その背を柔らかく包んだ。
「昔ほどじゃないけど、今でも一緒に寝るのにね」
おっとりと微笑み、普賢は軽くつま先立った。
「キスだってよくしてるのにね」
なめらかな感触が太公望の額に残る。そのまま安心したように普賢は太公望に体を預けた。
「ふふ、望ちゃんと一緒だと落ち着くなあ」
「そうか」
太公望は普賢の腰に腕を回す。今度こそ、ため息をついた。
■ノヒト ... 2012/05/23(水)23:56 [編集・削除]
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