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小話劇場

演出はほどほどに   by saiki 20040611


男は困惑していた・・・
目の前の分厚い対爆窓のはるか下方、
赤いLCLと呼ばれる液体をたたえた、異形の紫の鬼をその懐に抱く巨大なプールの淵で、
金とブルーネットの髪の二人の麗しき女性と、作業服に身を包んだ男たちが右往左往している。

なぜ俺は、このせっぱづまった時期に、こんな所で無駄に時間を費やしているのだろう?
男は、自らの心の底から滲み出る疑問に、答えるすべを持たなかった。
そして、じっと己の白い手袋をはめた両の手を見つめると、
趣味を疑いたくなるオレンジのサングラスの下、
恐々と顎を取り巻く髭の中心で固く結ばれた唇の中で、ギリリと音を立てて歯をかみ締め、
己が声を指向性のマイクが自分の声を拾っていることに何の疑問も持たず、
右往左往している眼下の、蟻の如き役立たずどもへと誰何の声を掛ける。

「葛城一尉・・・まだ見つからんのか?」
『はい、まだ見つかりません碇司令、先ほどまでは確かにいたのですが・・・』

男のいる場所からは、彼の声に答えた彼女がいま、
どんな表情をしているかは想像するしかなかったが、自分の声と同じように、
高性能のマイクに拾われたその声は、明らかにあせりと困惑を纏っていた。

ケージと呼称される格納庫の照明を点けた時、そこにるはずの、
わざわざ呼び寄せた予備パイロットの彼の息子が、忽然とケージから消えうせたのだ。
人付き合いの不器用な髭の男は、彼なりに息子を心配してはいたが・・・
それを、はっきりと認められるのは、彼の手の届かない場所へ行ってしまった彼の妻だけだろう。

「分かった、発見を急がせろ葛城一尉!」
『はっ!碇司令』

男の遥か眼下で、作戦部長たるその女性はどうやら、彼に対して敬礼した様だった。
使徒と呼ばれる、怪物じみた人類の敵がすぐそこまで迫る中、
正規のパイロットが負傷して出撃が困難な今や、彼の発見は急務と言える。

『葛城一尉・・・まさかと思うけど、彼ここから落ちたんじゃないかしら?』
『え、そんな・・・じゃ、なんでシンジ君、浮いてないのよ?
ま・・・まさか!?彼、金槌とか言うんじゃないでしょうね?』

遥か眼下で、二人の妙齢の女性があわてて手すりさえない橋の淵から、
すぐ下に広がるやや赤みを帯びた得体の知れぬ液体を覗き込む。

『・・・そんな、誰か!アクアラングを急いで持ってきて!!それから医者と担架を!』

髪を金に染めた女性が、その顔を青くし大声を張り上げる。

『ま、まじ?・・・でもこの水LCLなんでしょ・・・だったら』
『それは適切な処理をした後の事よ、
冷却用のLCLで息が出来るんなら、整備にアクアラングは要らないわ!』

真っ青な顔に冷や汗を回りつかせながら、髪を金色に染めた彼女は、
苛立たしげに事態の深刻さを把握していない相方を怒鳴りつけながら、
変な演出をするのではなかったと深く反省していた。

そんな彼女たちの頭上では、使徒なる怪物の攻撃のせいで、
重いライトがギイギイと耳障りな音を立て、不気味にゆれる・・・




  At that point the story comes to an abruptEND...



-後書-


異形の紫の鬼を・・・プールの淵 = 第一話の初めて碇シンジがエヴァを見るところのシーンです。
整備にアクアラング = 第一話LCLにもぐっていた赤木リツコがミサトに呼び出されるシーン、
 第20話でゼルエルに飛ばされた二号機の首の接合時にやはりアクアラングを使っています。
 もし冷却槽のLCLで呼吸できるのでしたら、簡単なフィルターで済むはずですから、
 やはりエヴァを漬け込んでるLCLは呼吸できないのではないかと(作者談
重いライトが・・・不気味にゆれて = もちろんこの後落ちてくるんでしょうね(苦笑

いやもう、とんでもなく馬鹿やっています(苦笑
多分これはブラックユーモアものです(笑
この後はもちろん続きませんのでご安心を(滝汗

ご注意!:新世紀エヴァンゲリオンは(c)GAINAXの作品です。


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