【この想い、強く】



 こうして兄君さまのお隣に並んで歩いていると、ワタクシ、まだ夢を見ているのではないかと疑ってしまうことがあります。ドイツにいた頃から夢見てた、この光景。あの頃の夢に出てきた兄君さまのお顔ははっきりとは見えなくて、でも、ただワタクシの全てを包み込んでしまうような、とても優しくて暖かな笑顔だったことは、今でもはっきりと思い浮かべることができます。
 こうして日本に来て、願い叶って、兄君さまと出会って。今、ワタクシのお隣に並んでいらっしゃる兄君さまの笑顔は、全てを包み込んでしまうような暖かさはもちろんのこと、それ以上にワタクシを、こんなにも熱く昂らせてしまうお方でしたわ♪ ポッ♪

 そして、そんな兄君さまのお顔を見るたびに、あの時のことを、また思い出してしまうのです……。



 朝、窓を吹き抜ける風が、芽をほころばせた草木の匂いを部屋へと運んでくるような早春のある日。ドイツから、兄君さまのいる日本へと旅立つことが決まったワタクシを呼んで、お祖母さまはゆっくりと……こう、お話になりました。

「春歌さんは、猪のようなお方です。ふふふっ。それは大いに結構なことですよ。……ただし、何事も半端ではいけません。迷いがあっては大切な殿方をお守りすることなどできないのですから、大和撫子たるもの常に咲き誇っておいでなさい」

 あの時の、お祖母さまの優しいながらもどこか厳しさを秘めた眼差し、兄君さまのお近くでこうして暮らせるように今も忘れたことはありません。
 日本に来てからしばらくは、朝な夕なにと思い焦がれていた兄君さまとお会いできたことが本当に嬉しくて、舞の練習をしていても長刀の練習をしていても、「ああ、兄君さまはワタクシが思い描いていた以上に、素敵なお方ですわ♪」って、つい、気を抜いてしまうことが……ありました。兄君さまが、あまりに素敵過ぎるからいけないんですわよ。うふふ♪
 でも、そのわずかな隙を見逃してくれるほど、大和撫子への道は甘くはありません。兄君さまへの思いがワタクシの中でどんどん募っていくたびに、ワタクシの心に隙が生まれていく……。

 ……ワタクシ、悩みました。でも、兄君さまと何度も会って、兄君さまのことばかりを考えて……そして、それは仕方の無いことなのだと、気付いたのです。ならば、ありのままを受け入れるしかないのだと……。お祖母さまのおっしゃった言葉の意味、春歌は段々と分かってきたような気がします。兄君さまのことを思い、心乱すことはまだあるのですけれど、例えば今のように、兄君さまのお隣に並んで歩いている時に、兄君さまだけに心奪われていては兄君さまを守れませんものね。
 お祖母さま、どうか、遠くドイツの空の下から見ていてくださいね。ワタクシ、必ず乗り越えてみせますわ。兄君さまのことを思い、心乱されるのではなく、兄君さまのことを思い、それを強さに変えていくと。大和撫子として、常に兄君さまの傍らで咲き誇ると。二人の前に、例えどのような障害があろうとも、この思い、曇ることなければ、必ず突破できるとワタクシ信じています。
 兄君さまへも、届けこの想い。このつながった手を伝わる鼓動と共に、そしてワタクシを見つめるその視線を通して……って、あら?

「春歌、大丈夫かい? さっきからぼーっとしてるけど。顔も赤いし、熱でもあるんじゃ」

 まあ……うふふ♪ それは、兄君さまがワタクシのことを火照らせるほどに見つめているからですわ♪ もう、兄君さまったら、そんなに見つめられたら、春歌は、春歌は……もう止まらなくなってしまいますわよ♪ ポポポッ♪


BACK