「はあ……さっきの映画、本当に面白かったねえ」
「うんうん。特に最後の女の子が先輩に告白するところとかさあ!」
「先輩の答えがまたキュンとくるんだよねえ」
「そうそう! ねえ、貴音もそう思うだろ?」
「は、はあ……」
真が私に、先程の映画の感想を求めてきました。けれど、わたくしは実は先程の映画にはそれほど興味が沸かなかったので、何と答えればよいものかと、少し思案してしまいます。
春香と真と私の三人が、何故このような喫茶店で談笑することになったのか。
それは、昨日のことでした。
春香が映画を見に行こうと、事務所の中にいる人を誘っておられたのですが、どうも高校生限定で、しかも三人必要だというのです。
というのも、高校生が三人以上だと、一人あたり千円で映画が見られるというのです。
確か……普段は2000円弱だったと思うので、それはお得ですね。
しかしながら、その場にいた高校生は、運悪く真一人。それでは春香の望む人数には足りませんでした。
そこで私に白羽の矢が立ったというわけです。
「貴音さんって高校には通ってないんでしたっけ?」
確かに、私はつい最近まで故あって学校には通っておりませんでした。それが黒井社長の方針でしたから。
「実は、今は高校へ通っているのですよ、春香」
「え?」
「いつの間に?」
春香の後ろで私の話を聞いていた真までもが、共に驚きの声を上げていました。
「実は……」
私が765プロに移ってきてしばらく経ちますが、「学校には通うべきだ」というのが、プロデューサーの方針でもありましたので、高木社長とも相談して、、私も高校へ通うこととなったのです。
古都に住んでいたときには高校へ通っていましたので、一年分だけカリキュラムが足りないということで、途中ではありますが二年生からの編入となるそうです。
「ですので、この通り」
私は懐から生徒手帳を取り出して、二人に見せしました。
「本当だー、確かに生徒手帳だ」
「これ、小道具かなんかじゃないよね?」
「うふふ。正真正銘の生徒手帳ですよ」
真が疑う気持ちも私には分かりましたので、つい笑ってしまいました。
そのような顛末がありまして、こうして三人で映画を鑑賞し、その後、喫茶店でお茶を楽しんでいるというわけです。
「はー……あんな映画みたいな恋、してみたいなあ」
「ホントだよー……早くボクの所にもやってこないかなあ、王子様」
「? 王子役は真ではないのですか?」
「あー! もう、貴音ったらひどいなあ」
「あの……申し訳ありません」
どうやら先程の質問には答えたことになっていたようで、いつの間にか全然違う話題になっていたようです。
「ところで春香、先程の映画のような恋がしたいのですか?」
実は、今春香が言った言葉が、私は少し気になっていました。
「もちろんだよ。真だって同じだもんねー」
「ねー」
どうやら、女の子というものは先程のような劇的な恋というものが好みのようですね。
「貴音は違うの?」
「私にはよく分かりません」
「でも、貴音だってするでしょ? 恋」
「恋」。果たして、私に縁のある言葉なのでしょうか。そのような感情は久しく持ったことが無いように思います。
「私は立場的に、そういった感情を持てるような状況ではなかったので……」
そこまで言って、私ははっとしてしまいました。
もしかして、気付かれてしまったでしょうか?
あまり私の身分のことを気付かせるような発言は、周囲の方も巻き込んで迷惑をかけてしまうとじいやにきつく止められていたのに……いけませんね、この方達と一緒にいると、ついつい気持ちが緩んでしまいます。
「ああ、四条家って凄い有名な家らしいって、プロデューサーが言ってたっけ。恋なんてできないくらい厳しいんだ。そりゃ、大変だ」
そういう真に春香も大きく頷いていました。どうやら勘違いしてくれたようで、私としては助かりました。
「でも、そうですね。私も恋には興味があります」
「本当?」
「ええ、恋を知ると言うことは私をより大きなものにしてくれると思いますので」
確か、今度の新曲のテーマが「恋する乙女」だったので、恋には大いに感心があります。
うーん……もう少し早く気付くべきだったかもしれませんね。それならば、もっと集中して映画を鑑賞したのですけれど。
「おおっ! そうかー、やっぱり貴音も恋をしたい年頃だよね、うんうん」
「あ、そうだ! 二人とも明日も休みだよね? だったらさ、家に来てパジャマパーティしない? まだまだ話し足りないしさ」
「お、いいね、春香。さんせーい!」
「貴音もいいよね?」
「は、はあ。お二人ともっと話ができるというのならば、私としても願ったりですよ」
「じゃあ、けってーい!」
「ぱじゃまぱーてぃ」がなんなのかはよく分かりませんでしたが、何やら楽しそうなことには違いありませんね。
映画はあまり楽しめませんでしたが、どうやら、今日はこれからが楽しくなりそうです。
そして、これから先、もっともっと楽しいことが待っていそうですね。
うふふ♪