【片道切符】
「ごめん、鞠絵。そろそろ帰らなくちゃ」
あ……はい、兄上様。すいません……すっかり話しこんでしまいましたね。今日は、お見舞いに来てくださってありがとうございました♪
……でも、わたくし、本当は寂しさで胸が一杯なんです……。
兄上様ともっと一緒にいたい……兄上様のお側を離れたくない……。
わたくしの、わがままだということはわかっています……でも。それでも、兄上様といたい……。
そんなわたくしの寂しさを見透かしたように、兄上様は「大丈夫、また来るから」って、わたくしの顔を覗きこんで励ましてくれました。
……そうですよね。今日だって、兄上様からたくさんのものをもらったんですもの。 きちんと笑顔でお送りして、少しでもお返ししないといけませんよね♪ 兄上様に残る今日のわたくしの顔が寂しそうな顔だと、なんだか悲しいですから……。
「兄上様、今日はありがとうございました♪ あ、お忘れ物はないですか? 電車の切符とか……」
と、そこまで言った時……先日、看護婦さん同士が話していた時に聞こえた“ある言葉”を思い出してしまったんです。
「……それなら往復切符の方が……」
たぶん、旅行か何かのお話だったのだと思います。そのお話自体は他愛のない世間話だったのですけれど……「往復切符」という単語が、心のどこかで引っかかってしまって……。
「……すっ……すっ……」
気がついたら、わたくしの目からは涙が溢れていました。
忘れもしない、ある夏の晴れた日。車窓から差し込む光が、とても眩しくて……隣に座っていた兄上様を明るく照らしていて……。
そこは、療養所へと向かう電車の中。
今までなら、家族で旅行に行く時なんて、兄上様と一緒に「静かにしなさい!」って怒られてしまうくらいにはしゃいでいたのに……この日は、わたくしだけが違っていたんです。
わたくしだけが、片道切符、なんです。
いつ帰ってこられるかも分からない……もしかしたら帰ってこられないかもしれない……。こうしている間にも、またこの間のように、突然倒れてしまうかもしれない……。……なにより、大好きな兄上様に……もう会えないかもしれない。
まだ小さかったわたくしは、不安で胸が押しつぶされそうでした。……いえ、それが不安によるものなのか、それとも病気によるものなのか、それさえも分からないほどに混乱していました。
そんなわたくしに、兄上様は、「今度、駅前にできる新しいデパートに買い物行こう!」とか、「そういえば、今度鞠絵に満塁ホームランを見せてあげる、って約束だったね」とか、これからのことをずーっと話してくれました。
そのおかげで、わたくしは療養所につくまで笑顔を絶やさなくて済んだんです。兄上様と一緒に、色んなところに行くんだ、って……。
「鞠絵……?」
あっ……すみません、兄上様。なんでも、ないんです……。
気がついて、すぐに涙を拭ったのですけれど……泣かれたの……見られてしまいましたよね……。ですから、わたくし、今のことを兄上様にお話ししたんです。
そうしたら兄上様は、ご自分のメモ帳を一枚破ると、こんなことをお書きになって、わたくしに差し出しました。
切符っていうにはちょっとお粗末だけどね、って。
うふふ♪ 兄上様、「月」の横棒がはみ出す癖、まだ直っていなかったのですね♪ ……ありがとうございます、兄上様。
でも兄上様、これではダメですよ?
だって、帰る時は兄上様も一緒なのですから♪
だから、これはこう書き直しておきます♪