【カップとソーサー】

 

 ガシャンッ!

 

「きゃー! ……ど、どうしましょう! ……にいさまぁ……」

 

 うーん、これで完成ですの♪ ふわふわでサクサクの姫特製アップルケーキ♪ ビスケット生地とスポンジ生地を組み合わせて2種類の触感が楽しめて、中には甘酸っぱいリンゴがふんだんに入っていて……それは初恋のお・あ・じ♪ キャッ♪ ですの♪
 それであとはティーの用意をするだけなんですけど……仕方ないですわよね……にいさまの分だけ用意するですの……。

 

 それは1週間前のことでした。
 あの日、学校の帰り道、姫と同じように学校帰りだったにいさまに偶然会っちゃったんですの♪ だから姫、お家にご招待しちゃいました。丁度、昨日にいさまのために焼いたクッキーがありましたから、もうグッドタイミング♪ 今日、姫とにいさまが出会うのは偶然なんかじゃなかったんですの♪ いろんな種類のナッツを使ったクッキーで、一つとして同じものは入ってないんですのよ♪ もうすっごい自信作ですのから、きっとにいさまもおいしい……って言ってくれます、よね?

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうもので、にいさまは帰ってしまわれました。
 本当はもっと一緒にいたかったんですけど、明日も早いしね、って行ってしまいました。
 でもでも、クッキーのことはちゃんとおいしい、って言ってくれたんですの♪ 姫、その言葉がきちんと聞ければ、それだけでとっても……とっても幸せですの♪
 クッキーはちょっと作りすぎちゃったみたいで、少し余ってしまったんですけど、帰り際ににいさまが「これ、持って帰ってもいいかな?」って。それはもう、全然かまわないんですの! だって、にいさまのために作ったんですもの。にいさまに食べてもらえるのが、一番いいんですの! もう、さすがにいさまですの。姫の考えてることは全てお見通しなんですのね♪ ムフン♪

 ……そうやって、にいさまのことばっかり考えてぼんやりしてたのがいけなかったんですの……。
 ティーカップを片付ける時、――足元が濡れていたのかしら?――ツルッと滑っちゃって、大きなしりもちをついちゃったんですの! ティーカップを持ったまま! ……ティーカップはガシャンッ! という大きな音とともに、割れてしまったんですの……。
 このティーカップは、吸い込まれそうな琥珀色のガラスでできていて、カップとソーサーが2脚になっているんですの。姫とにいさまが同じティーカップで一緒のティータイムが過ごせるようにって……数年前の姫の誕生日ににいさまがプレゼントしてくれたものなんですの……。……それを割っちゃうなんて……姫……姫、どうしたらいいんですの!!

 それから、同じようなティーカップを探して色々なところを見て回ったんですのけど……似たようなものはあっても、まったく同じものは見つかりませんでした……。はじめは似たようなもので代用しようかとも考えたんですけど、あれはにいさまが贈ってくれたものですもの、すぐにバレてしまうような気がして……。それに、なんだかにいさまに悪い気がして……。そう、ですの……あれは、にいさまからのプレゼントだったから……。だから……だから代わりのものなんて、はじめからあるはずなかったですのに……!!

「白雪?」

 へ? に、にいさま!? どどど、どうしたんですの!? こんなところで?
 姫の後ろに立っていたのは、姫のにいさま。偶然通りかかって姫のことを見つけたらしいのですけど……もしかして……カップのことばれちゃったですの!?
 そんな姫の心配をよそに、にいさまったら「折角だから、白雪の家でお茶でも飲んでいこうかな」なんて! あーん、もう! にいさまに誘ってもらえるなんて、姫、とっても幸せ♪ いつもならそのはずなんですけど……今日は、とーってもまずいんですの!

「あ、あのね、にいさま! きょ、今日は……宿題、そう宿題がいっぱい出ちゃって、それをやらなきゃいけないんですの! にいさまに手伝ってもらいたいのはやまやまなんですのけど、ほら、宿題って自分ひとりの力でやらなきゃ意味がないんですの! だから姫、これで失礼するですの!」

 にいさまの顔はやっぱり怪訝そうでした。姫、とにかくその場を急いで離れたんですの……

 

ピンポーン♪

「あら? もうこんな時間!」

 きっとにいさまですの! 姫ったら、ティーの用意をするはずだったのに、またぼんやりしてたんですの!
 急いで玄関の扉を開けると、そこにはいつもと変わらない笑顔の、姫の世界一大好きなにいさまが立っていました♪ 今日は、姫の誕生日♪ いつもなら、姫もニコニコ笑顔なんですけど……今日は……。……ううん、もう考えないですの。今姫がしなくちゃいけないことは、にいさまに最高のおもてなしすることだけ、ですの!

 にいさまを部屋に案内して、姫はティーの準備をするためにキッチンに戻りました。
 お湯を沸かしながら、片割れを失ってしまったティーカップをぼんやり眺めていると、「何か僕に手伝えること無いかな?」ってにいさまがキッチンに顔を出してきたんですの! と、とにかく、ティーカップを見られちゃまずいんですの! 

「だ、大丈夫ですのよ、にいさま!」

「でも、今日は白雪の誕生日なんだから、僕も白雪のために何かしたいんだよね。ケーキだって白雪が作っちゃったし。」 
 だって、それは当然ですの! 姫はにいさまの笑顔を見るために、にいさまのためにお料理を作ってるんですもの! にいさまのためにお料理を作って、にいさまのために最高のおもてなしをして、それでにいさまにおいしいよ、って言ってもらえるのが、姫のなによりの幸せなんですの♪ それは、姫の誕生日だからといって変わることは無いんですの♪ にいさまが来る、だから姫がお料理を作る、それは当然のことなんですの♪
 だからにいさまは、準備ができるまでお部屋でゆっくりくつろいでいてくださいですの♪

「はは♪ わかったよ。でも、一つだけ。白雪、何か困ってること、あるだろ?」

 ……!!
 にいさまはそう言って、手に持っていた箱を姫の方に差し出しました。「僕から白雪への誕生日プレゼント。さあ、開けてみて」って、姫は言われたとおりに包装紙をはずして箱を開くと……こ、これは!

「ティーカップのセット、ですの!!」

 なんで!? どうして!? ……やっぱり姫のことはなんでもお見通しなんですのね、にいさまは……。
 ……ごめんなさい……ごめんなさい、にいさま! 姫、姫……!

 突然のことに驚いたにいさまでしたけれど、姫をソファーまで連れて行ってくれて、姫が落ち着くまで隣にいてくれたんですの……。
 姫が少し落ち着いたのが分かったのか、にいさまはあのティーカップセットについてお話してくれました。
 あの日、ティーカップを眺めていた姫のことに、にいさまはすぐに気がついたらしいんですの。でも、すっごい落ち込んだ様子で近づきがたかったんですって。姫、そんなに落ち込んでたのね……♪ それでも放っておくわけにはいかないから、って姫を元気付けるためにお茶のお誘いをしてくれたんですけど、姫、断って逃げてきてしまったでしょ? にいさまも何かまずいことをしたのかも、ってその時はすごい落ち込んだらしいんですの。でも、姫が見ていたものに気が付いて、もしかしたら……そう思って、このティーカップセットをプレゼントに選んだんですって!

「それにね、さっきキッチンを覗いたとき、ティーカップが1脚しかなかっただろ? ふふ♪ 間違ってなくてよかったよ♪」

 姫、それを聞いたら……また、涙があふれて止まらなくなっちゃったんですの♪ でも、今流れているのはさっきとは違って、とっても幸せの涙♪ でもにいさまに泣いているところは見られたくないから、にいさまに抱きついて♪ 涙が乾くまで、もう少しこのままでいたい……ですの♪ 火は止めてきてありますから、ずーっとこのままでも問題ない、ですのよ♪

 

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