【ヤマアラシの……】



「あるところに、2匹のヤマアラシがいました。
 外は隠れるところもなく、風が吹きすさび、2匹は寒さに凍えていました。
 そこでお互い、身を寄り添って暖をとることにしましたが、お互いの針が痛くて寄り添うまでは近づけません。
 かといって離れると、凍えるほどの寒さが2匹の体温を奪っていきます。
 つかず離れずを繰り返していく内に、2匹はちょうどいい距離で収まったのでした」



「こんな絵本、私の家にあったかな?」

 苦手な国語の宿題を終えてちょっと休憩していた時に、唐突に小さい頃に作ったメカのことを思い出して探していたら――思い立ったら居ても立ってもいられないのよね♪――、押し入れの隅っこでこの本が埃をかぶっていたの。どうやら、大掃除のときに箱から落っこちて、そのまま押入れで眠ってたみたい。
 私にはこの絵本を読んだ記憶がないから、多分アニキのなのかなぁ。
 それにしても、このお話どこかで聞いたことがあるような……。

 私とアニキは、他人もうらやむ程のベストカップル!
 私は、いつだって、いつまでだってアニキと一緒! ……のはずだったのに。小さい頃から、ずっとそう思ってたのに……。

 私には夢がある。
 いつかアニキとこの大空を飛びたい! っていう夢。2人で雲に手の届くところまで、空に手の届くところまで、そして星に手の届くところまで飛んでいきたい。
 でも、そのためには、一時的にアニキと別れなくちゃいけなくて。そのことを考えると、なんだかアニキには近づけなくなっちゃうことがあるの。それはきっと、私の針でアニキを傷付けてしまうから、なのかな?

「アニキにばっかり頼っていられないから」

 そう言うと、時々アニキの顔がちょっと嬉しいような、でもすごくがっかりしたような表情になるの、私知ってるよ。アニキも、私が遠くに行ってしまうのが、寂しいのよね……。

 私だって、アニキと離れるのはいやよ!

 そうやってお互いが離れすぎた時は、なんとなくアニキに甘えてしまう。資金援助よろしく! なんて言ってね。私って、ずるいね……。本当は、もっとなんにも考えずに、小さかったあの頃みたいに、アニキのそばにいられたらって……。

「お、懐かしいなぁ、その絵本」

 え!? アニキ!? い、いつのまに来てたの?
 え? 呼び鈴鳴らしたって? あはは、ゴメン、アニキ……全然気がつかなかったわ……。うん、ちょーっと考え事をしてたから。

 ……もうっ! いつも通り、ってのはひどいんじゃないの! 私だって、そんなのは……たまにしかないわよ!

「たまにねぇ……」

 アニキは私のほうを見ながらいたずらっぽく笑って、私はアニキをまっすぐ見られないでうつむきながら、たまにちらりと盗み見たり……。
 って、あんまり私の柄じゃないわよね、こういうのは。やめやめ!

「ところでアニキ、この絵本……」

 この絵本はやっぱりアニキのだったの。でも、私にも小さい頃読んでくれたっていうの! うそ、私全然覚えてなかったわ……。アニキは私が知らない私を知ってるんだ……。

 ところでさ、アニキ。一つ、聞いてもいいかな?
 この2匹って、このあとどうなったと思う?
 私さ、思うの。ちょうどいい距離って、みんな同じじゃないよね、って。それはもしかしたら、針よりも短いかもしれないし、針よりも長いかもしれない。この2匹はどうだったのかな、って。
 それにちょうどいい距離が、針よりも短かったらどうすればいいのかな……?

「顔と顔をくっつければいいんじゃない?」

 へ?
 そ、そりゃあ、いくらヤマアラシって言ったって顔には針が生えてないけど、何よ、そのとんちみたいなのは。それに、顔と顔じゃあったかくないんじゃない?

「じゃあ、お腹とお腹」

 ……。
 やっぱりとんちじゃない……。「いち足すいちは?」って訊かれて、「田んぼの『田』」って答えるようなものよね、これ。

「でも、2つとも鈴凛が言ったんだよ」



 アニキが言うには……。

 小さい頃、アニキと一緒に寝られることが嬉しくってなかなか寝つかなかった私に、ママに怒られたのか、それともアニキが呆れちゃったのか、アニキはこの絵本を読んでくれた。
 その話を聞いた私は、こう言ったんだって。

「あのねアニキ。寒いんだったら、ほっぺたとほっぺたをくっつければいいんだよ♪」

 あれ? なんだかそれは記憶にあるような……。
 それで私は、アニキの頬にむにっと私の頬を押し付けて「ほら、あったかぁい♪」って言ったのよね。
 でもそれじゃ寝られないから、それはダメってアニキに言われて、

「じゃあね、お腹とお腹をくっつければいいんだよ♪」

 って言って、ごそごそとアニキの懐に潜り込んで、そのままぎゅっとアニキの首にしがみついて……寝ちゃったみたい。



 ……なんていうか、実に微笑ましい話よね、我ながら♪
 答えは既に自分の中にあった、か……。いつからなのかな? いつの間に、アニキに針を向けちゃうようになったのかな? アニキは私にいっつもお腹を向けていたのに。

 そう、それでよかったんだ。

 私とアニキは、他人もうらやむ程のベストカップル!
 お互いの距離は時に長くて、時にすごく短くて。でも、どんな時もお腹とお腹でくっつけるから、時間も距離も越えて、いつだって私とアニキは一瞬で繋がるの。
 そうね、やっぱりベストカップルはこうでなくっちゃ、ね♪


BACK