【ちかと不思議なサンタクロース】



 サンタさんはいるよっ!
 だって、ちか、サンタさんに会ったんだもん!!



 …………誰だい、私の眠りを妨げるのは。
 リーン、リーン。
 さっきから、チャイムの音が響き渡っている…………。昨夜は、少し、夜更かしをし過ぎたかな…………まだ、頭が痛い…………。ああ、今行くよ…………だから、そんなにチャイムを鳴らさなくてもいいよ…………兄くん…………。

 玄関のドアを開けると、そこに立っていたのは、やはり兄くんだった…………。

「今日は、どうしたんだい…………」

 少し眠たげな顔をしていたせいか、兄くんは私のことを心配してくれた…………。フフッ…………私が眠たそうにしてる顔なんて、兄くんも見慣れているじゃないか…………。毎回、そんなに心配そうな顔をして、気疲れしないのかい…………?

 私が微笑んだのに満足したのか、兄くんは思い出したように、手に持っていた大き目のトートバッグから、畳まれた白い布を取り出した…………。それは…………?
 …………いや、ちょっと待って…………、それに、見覚えがある…………。ああ…………そうか…………。もう、とっくに捨ててしまったものだと思っていたよ…………。

 それは、大きな靴下…………。それも、ただの靴下じゃない…………クリスマスの日に、望みの物が手に入る靴下さ…………。サンタクロースからもらった、ね…………。

 どうも、クローゼットを片付けていたら奥の方から出てきたらしい…………。捨てたのだとばかり思っていたのに、犯人は兄くんだったのかい…………。
 靴下を貰ったその夜にたった一度きり使っただけで、あとはどこかへ行ってしまった…………。兄くんと離れて暮らすようになった後、一度探したのだけれど見つからなくて、一日中泣きじゃくって、母を困らせてしまったな…………ああ、小さい頃とはいえ、あんなに泣いたのは初めてだった…………。ちょっと、お仕置きが必要だね、兄くん…………フフッ…………。

 私に靴下を届けた兄くんは、もう帰ると言う…………。まあ、いいじゃないか、兄くん…………。そう、急ぐこともないのだろう…………? なら、家に上がっていくのがいいと思うな…………。

 兄くんを部屋に案内しながら歩いている時に、兄くんにふと聞いてみたくなったんだ…………。

「兄くん…………サンタクロースはいると思うかい…………?」

 小さい頃の私ならともかく、すっかり大きくなってしまった私からこんなことを聞かれると思っていなかったのだろう…………兄くんは驚いて、でも真剣に考え始めた…………。相変わらずだね、兄くん…………嬉しいよ…………。
 しばらくの沈黙の後、私は言葉を続けた…………。

「私は、いると信じることにしているんだ…………。だって、その方が面白いじゃないか…………」

 優しい顔をして「そうだね」と応える兄くん…………。本当に私の言ったことを信じているのかい…………? 信じて、いるんだろうね…………。兄くんは優しいから、私に合わせてくれているだけなんじゃないかって、そう思ったこともあったけれど…………いつも、兄くんだけは絶対に信じてくれたね…………。

 でも、兄くんだって、本当は、サンタクロースがいるとは思っていないのだろう…………。
 いるんだよ…………。本当にいるんだよ、兄くん…………。そう、教えてあげたいけれど、ナイショなんだ…………ごめんね、兄くん…………。



 あるクリスマスの夜、私はどうしてもサンタクロースに会いたかった…………。いつも、私の欲しい物を持ってきてくれるサンタさん…………赤い服で、白いヒゲを生やし、トナカイが引いたソリでやって来る…………。絵本の中のサンタさんはみんな同じ…………だけれど、本当にそうなの…………? 小さい私の興味は尽きなかった…………。それに、一度くらいは直接お礼が言いたかったんだ…………。

「あにくん! ちか、サンタさんに会ってお礼が言いたい!」

 兄くんは、それはそれは困ったようで…………、「どうして、そんなに会いたいんだい?」と、理由を尋ねてきた…………。

「……あのね、兄くん、サンタさんは本当にいるよね? 今日、友達の男の子が、見たこと無いんだからサンタクロースなんているわけない、って言って、ちかとケンカになっちゃったの……。だから、サンタさんと会って、サンタさんは本当にいるんだよっていう証拠が欲しいの」

 この頃の兄くんは、サンタクロースの存在をどう思っていたのかな…………。こんな話を私にしてくれた…………。

「千影は、僕のこと好きかい?」
「うん!! ちか、あにくんのことだーい好きだよ♪」
「じゃあ、“好き”って、目で見える?」
「……ううん、見えない」
「でもさ、千影は僕のこと“好き”なんだよね? 目に見えないけど、ちゃんとあるだろ?」
「……うん♪ 目に見えないけど、ちか、兄くんのこと“好き”だよ♪ ちゃんとある!」
「だから、心配しなくてもサンタさんもいるんだよ。千影が、ちゃんとサンタさんのことを信じていれば、ずっと幸せを運んできてくれるよ」

 兄くんの話にすっかり嬉しくなってしまった小さな私は、小さな心臓をドキドキさせ、ワクワクとしたまま、その日は眠りについたんだ…………。


 草木も眠るほどの真夜中のことだろうか…………ふいに、物音がした気がして、小さな私は眠い目をこすりながら周りを見回してみた…………。
 そうしたら、いたんだ…………サンタクロースが…………。
 想像どおりの赤い服を来たサンタクロースが確かにいた…………。ただし、想像していたのと違ったのは、まだ小さな私と同じくらいの年頃の男の子に見えた、ということかな…………。

「待って!」

 その姿に少し驚きはしたのだけれど、すぐにお礼を言わなくちゃと思い…………開けっ放しになっている窓――そこから入ってきたのだろう――の方へ、足音を立てないように、そーっと歩いているサンタクロースを呼び止めた…………。
 私が眠っていると思っていたのだろう…………ひっ、と小さく悲鳴を上げて小さなサンタは転んでしまい、そして泣き始めた…………。
 泣かないで、そう慰めはしたものの、どうにも泣き止みそうにない…………。どうしたものかと、すっかり困り果ててしまっていたところに…………

「ふむ、見つかってしまったかいの」

 窓から声が聞こえた…………そこには小さな私の想像どおりの、赤い服を着て白いお髭をたくわえた、おじいさんのサンタクロースが立っていたんだ…………。


「ワシらを呼んだのはお嬢ちゃんかいの? いやはや、強い想いの持ち主じゃ。あまりに強いもんだから、引っ張られて落っこちてしまったわい、ホッホッホッ……いたたたたっ……」
「大丈夫、サンタさん? ごめんなさい……」
「いやいや大丈夫じゃよ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのせいではないよ。もう、ワシも歳をとりすぎた……」

 それから、サンタクロースは色々な話を私にしてくれた…………。

 サンタクロースは、夢から生まれた存在なのだそうだ…………。サンタクロースを信じる心こそが、サンタクロースの糧…………。
 それから、そのおチビちゃんはまだ生まれたばかりのサンタクロースらしい…………。子供の夢が増えれば増えるほど、新しいサンタクロースが生まれてくるのだ、と…………。
 今はおじいさんの姿のサンタクロースだけれども…………それは、子供達がそう願っているからで必ずしもおじいさんでなければいけない、というわけでもないらしい…………。子供の夢から生まれた存在だから、子供の望む姿になる…………それが一人前の証…………。だから、「このチビも、もしかしたら、ちっちゃいまま一人前になってしまうかもしれんな、ホッホッホッ」なんて笑いながら話をしてくれるサンタクロースを見上げながら、小さな私は顔を真っ赤にさせて興奮し、まさに夢の世界にいた…………。

「お嬢ちゃんは、いつまでワシらのことを信じてくれるじゃろうかのう。ワシはお嬢ちゃんみたいな子と会えて嬉しいわい。だから、ワシらのことを信じている限りは、毎年お嬢ちゃんに会いに来てあげよう」

 そう言って、サンタクロースは大きな靴下を取り出した…………。

「こいつを、お嬢ちゃんにあげよう。クリスマスの日、望みの物が入ってくる魔法の靴下じゃ。これを毎年飾っておけば、ワシらもすぐにお嬢ちゃんを見つけられるからの。ただし、このことは誰にも言っちゃいかんぞ」

 それは、小さな私がすっぽり入ってしまえるほどの大きな靴下…………。望みの物が入ってくる、そう聞いた私は、すぐに1つの想いが頭に浮かんだ…………。それは、今も昔も変わらない想い…………。

「あのね、ちか、あにくんが入っててほしいな♪」

 それを聞いた2人のサンタクロースは、それぞれ違った顔をしていたな…………。おチビちゃんのサンタは、ちょっと悲しそうに…………おじいさんのサンタクロースは、ヒゲをさすりながらちょっと困ったような顔をして、

「そいつは、少し難しい願いかもしれんなぁ……」

と、聞こえるか聞こえないかというほどの声でつぶやいていた…………。


「バイバーイ!」

 2人のサンタクロースが帰った後、小さな私は早速その靴下の中で眠ったんだ…………。もちろん、兄くんが中に入っていてくれることを期待してね…………。
 
 次の朝、目の前に誰かがいる気配がして目が覚めた…………。
 そう、目の前にいたのは兄くん、だった…………。
 「本当に魔法の靴下だったんだ♪」
 小さな私は思わずはしゃいでしまって、その声で兄くんも目を覚ました…………。兄くんは、「あれ? 何で千影と一緒に寝てるの?」って不思議そうな顔をしていたね、フフフッ…………。
 兄くんが言うには、夜中にトイレに起きた後、確かに自分の布団に戻ったということだが…………私は、魔法の靴下のおかげだよ、と言いいたかった、のだけれど…………。「寝ぼけただけさ」って、その兄くんの言葉にただ頷くしかなかったんだ…………。



「千影?」

 ああ、兄くん…………。いや、少し昔のことを思い出していてね…………。サンタクロースに会いたかった頃の、小さな夢さ…………。

「ふーん……。じゃあ、僕もサンタクロースになろうかな」
「そうだね…………兄くんなら、きっといいサンタクロースになれると思うよ…………」

 さあ、今日は久しぶりにこの靴下を飾って寝よう…………。
 サンタさん、少しは期待していてもいいのかな…………フフッ…………。

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