【雨のせい】

 何かが私に呼びかける………。 
 ふむ………そうか………。ならば、今日は少し早く出るとしよう………。
 そう、兄くんに伝えなければならないからね………。

「やあ、兄くん………」
「おや? 千影、おはよう。珍しいね、こんな時間に家に来るなんて」
「ああ………少し兄くんに伝えたいことがあってね………」

 朝、学校へ向かおうと玄関の扉を開けた兄くんを呼び止める………。

「兄くん………今日は私に近づかない方がいい………」
「え? はは、なんだか不思議なことを言うね、千影は」

 兄くんは………私の言ったことをあまり信じていないようだった………。それも仕方の無いことなのかもしれないな………。どうせ兄くんは………いつものこと、くらいにしか思っていないんだ………。

「兄くん………私は確かに忠告したからね………。では、そろそろ行くよ………」
「ああ、いってらっしゃい」

 すまない、兄くん………。今日は、巻き込むわけにはいかないんだよ………

 今日の授業も終わり………帰路につく………。空気のにおいが段々変わっていくのが分かる………。そろそろか………。
 ふと、目の前に視線を移すと………そこに立っていたのは………

「やあ、千影」
「兄くん………。今日は近づかない方がいいと言ったのに………」
「ああ……。でも、なんだか気になってね」

 まったく………兄くんは分かりやすいな………。結局、こうなってしまう運命だったのかい………? でも、兄くんが自分で決めたことなんだから………後悔はしないで欲しいな………。どうやら、そろそろのようだから………。

「あの、千影。朝のは……」

 兄くんが言いかけたその時………ポツン、ポツンと幾雨粒………そして………。

ザーーーーーッ

「うわ! にわか雨か!?」

 だから、今日は近づかない方がいいと言ったんだよ、兄くん………。

 今日の朝、何かに呼ばれた気がして私は目が覚めた………。辺りを見回すと………確かにソレは窓の外にいた………。
 雨の精だ………。
 彼らは私にこう言った………。
「今日、いいものを見せてあげるね♪」
 彼らは確かに正直者だ………いいものを見せてくれるのは間違いなかった………。だけど、とびっきりのイタズラものでもあるんだ………。それに、兄くんを巻き込みたくは無かった………。
 彼らは楽しそうに辺りを飛び回っている………。しかし、兄くんを巻き込んでしまった以上………少し許せないな………。少し、お仕置きをしてやろうか………。

「千影! ほら、こっちこっち!」

 ………どうやら兄くんは、雨宿りできる場所を探していたみたいだ………。このまま風邪を引いてしまうのも面白くないし………ここは素直に兄くんに従っておくとしよう………。

「しかし、参ったな。今日の天気予報では一日中晴れるって言ってたんだけど……。あ、そうか! 千影が朝、言いたかったのはこれのことだったんだね。にわか雨が降るから早く帰った方がいいよ、って」

 やれやれ………兄くんの想像力には感心させられるよ………。まあ、今日はそういうことにしておこう………。

「ほら、もっとこっちにおいでよ千影。そんなにずぶ濡れになっちゃって、寒いだろ?」
「フフフッ………」
「? 何がおかしいんだい?」

 兄くんの問いに答える代わりに………私は兄くんの肩に寄り添った………。ああ、暖かいな………。こんな気分になれたのも………この雨のせい………いや、雨のおかげと言うべきかな………。もう少し、このままでいさせて欲しい………。
 外の雨はすでに止んでいたのだが………たまにはこういうのも悪くないだろう………。元通りに晴れた空には………雨の精たちが本当に見せたかったもの………天を覆う虹が、七色に輝いていた………。

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