【ブルーローズをください】

 夢を見ました。
 そこは多分チャペルで、私は純白のウェディングドレスを着て、旦那様と肩を並べて歩く夢。
 夢の中の旦那様の顔ははっきりとは分からなかったですけど、きっとプロデューサーさんだと私は思っています。
 この夢は、いったいなんだったのかしら?
 この間、「お嫁さんにしたいアイドル」という賞の2位をいただいたせいかしら? それとも、運命の人がもうすぐそこまで来ているという未来の暗示?
 友美の結婚式以来、私も結婚に対する想いが強くなってきていて、運命の人のことも、何気ないふとした瞬間にさえ考えてしまうほどです。
 そして、その運命の人こそがプロデューサーさんだと、私は考えています。気付けば、携帯電話のメールの送信先も一番多いのはプロデューサーさんで……こんなにもプロデューサーさんのことばかり考えしまうんですもの、たとえ運命の人じゃないなんて言われたって、私には信じることができそうにありません。

 そんな夢を見た日の事務所。
 夢は意外と早く正夢になりそうでした。
 プロデューサーさんが目の前で机の上に広げているのは、今度の新曲のPVで私が着る衣装の原案イラストでした。
 細かい部分で違うところも多いのですけど、テーマは一貫して「ウェディングドレス」でした。
 今度の新曲というのが、言わば応援ソングに近く、結婚を間近に控えた明るく元気な女性をイメージした歌で、「マリッジブルーなんて吹き飛ばせ!」という弾けるようなテンポのいい曲に仕上がっているみたいです。
 なので、イラストに描かれているドレスも、活発さを表現するためにミニ丈のものが多いみたいです。
 私は、昔からお嫁さんというものに憧れていて、あれは……小学校の2年生くらいだったかしら? 将来の夢に「およめさん」と自信満々に書いたことがありました。
 実家の近所に住んでいて、私ともよく遊んでくれたお姉さんが結婚したときに、その写真を見せてもらったことがあって、そこに写っていた純白のウェディングドレスに身を包んだお姉さんのことが、今までは童話やおとぎ話の世界にしかいないと思っていたキラキラと輝くお姫様に見えて、そのお姫様がまさに目の前の写真に写っているというのは、子供心にものすごい衝撃でした。
 今までに見たこともないくらい綺麗だったんですもの。
 それ以来、私はすっかりお嫁さんというものに魅せられていて、今回の新曲の話を聞いたときも楽しみにしていました。
 でも……。

「……? あずささん、この衣装、気に入りませんか?」

 私が「お嫁さんにしたいアイドル」に憧れていたことは、プロデューサーさんにもお話したことがあります。
 だからこそ、私ならきっと喜んでくれるだろうと思って、プロデューサーさんはこんなにも笑顔で衣装のウェディングドレスを勧めてきたのでしょうけど……。

「いえ、衣装はとても素敵だと思います。思うんですけど……その、結婚前にウェディングドレスを着るというのは、ちょっと……」
「ああ、なるほど……」

 私が言おうとしたこと、プロデューサーさんには分かったみたいです。
 プロデューサーさんは、私と考えが似ているところが少しあるので、今回もその直感が働いたのかもしれませんね。
 「結婚前にウェディングドレスを着ると婚期が遅れる」、これが私がこのドレスを着るのを躊躇っている理由。
 なにしろ、親友の友美がこの間結婚してしまったものだから、私の中でも少し焦っている部分が無いとは、どうしても言い切れないの。
 もちろん、この衣装は素敵なものだし、それにお仕事でもあるし、何よりずっと憧れていたものだもの。ウェディングドレスを着ることはやぶさかではありません。
 ただ、プロデューサーさんに背中を押してほしいんです。だって、私一人では着れないわ。
 そんな時、ふとイラストのある部分に目が行って。
 それは、純白の中で一際目立って咲き誇るブルーローズ。
 長い間、作ることができないことから、不可能の象徴として扱われてきたブルーローズ。
 それが数年前に、バイオテクノロジーの発展によってついに誕生した、と何気なくニュースで流れているのを見て、私はとても驚きました。
 そして、真っ先に気になったのが花言葉でした。

「プロデューサーさん。ブルーローズの花言葉、知っていますか?」
「花言葉、ですか? ……確か、青い薔薇は品種改良では作ることができない、とかで『不可能』って言われてたような気がしますけど」
「ブルーローズの花言葉を知っているなんて、プロデューサーさんは、やっぱりロマンチストですね」

 私がそんなことを言ったら、うふふ♪ プロデューサーさんは、リンゴのように顔を赤くして俯いてしまいました。かわいい♪

「確かに、かつてはブルーローズの花言葉は『不可能』でした。でも、最近ブルーローズがバイオテクノロジーで生み出された、っていうニュース、プロデューサーさんは見ませんでした?」
「すいません……記憶にないです」

 私もこのニュースをテレビで見かけたのは本当に偶然だったから、知らないのも無理はないかもしれないわね。
 バイオテクノロジーがいいことなのかどうかは、私には判りません。ただ、そうまでして不可能を可能にしたいという夢を追いかける姿勢は、私は好きです。

「奇跡」
「え?」
「今のブルーローズの花言葉です。それから、最近ブライダル関係でよく見かけるものは、『神の祝福』という花言葉を用いているみたいですよ?」
「奇跡……。神の祝福……。花言葉って、変わっちゃうものなんですね」

 ジューンブライドでブルーローズに彩られた花嫁は、神の祝福を受けて幸せになるのでしょうね。
 だから、もしプロデューサーさんが……

「プロデューサーさんは私にウェディングドレスを着てほしいですか? 私にブルーローズをくれますか?」

 プロデューサーさんが私に「神の祝福」をくれるのなら……私に「奇跡」の誓いを与えてくれるのなら、私は喜んでウェディングドレスに袖を通します。
 プロデューサーさんさえその気なら、婚期が遅れること、ないはずですから。
 だから、プロデューサーさん、私にブルーローズをください。


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