【湯煙の向こう側】


 ふう……風が気持ちいいな……。この火照った体を冷ますには丁度いい……。
 ま、たまにはこういうのもいいよね。確かに、最近はすっかりご無沙汰だったから丁度いい機会だったのかな、なんて。……いつごろからだろう? こんな風に銭湯に来なくなったのは?

 今日も、お風呂に入ってさっぱりしてから寝ようかな? なんて思っていたら、どうもウチの電気温水器が壊れたらしくって。もう夜も遅かったから、修理は明日以降になるっていうから、こうして銭湯までやって来たというわけ。最近は、銭湯もどんどん潰れていってるっていう話もよく聞くけど、こういう時のためにも残しておいてほしいね。それに、銭湯の雰囲気、結構好きだったりして♪

「やあ、咲耶…………」

 ああ、千影か。……それにしても、相変わらず闇夜のカラスみたいだな、千影は。ところでどうしたんだい? 千影も銭湯?

「…………いや、ただの散歩さ。日中は日差しが強い…………これくらいの時間が、僕には丁度いいんだよ…………」

 確かに暦の上では立秋は過ぎたとはいえ、日中の日差しは容赦なく照り付けてくるし、まだまだ暑い日が続いてるからね。これだけ暑いと、僕もさすがに日中は外に出たくなくなってしまうよ。だって、体が汗でベタベタになって、服が体に張り付いちゃったりしちゃうだろ? ……お世辞にも、気持ちいいとは言えないからね、あれは。それさえなきゃ、夏はいい季節なんだけどなぁ。今年もお姉様と海に行けたし――浜辺を見回しても、やっぱり僕たちが一番のカップルだったと思うよ♪――、それから花火大会も! うん、やっぱり夏はこうでなくちゃ♪
 なんて、思わずお姉様のこと考えていたら、ふいに千影が、

「…………咲耶、濡れているじゃないか…………」

 って、僕の後ろ髪を撫でたんだ! あまりに急なことだったから、「うわっ!」って変な声出しちゃったじゃないか、もう。……まあ、確かに千影がいるのを忘れてお姉様のことを考えていたのは謝るけどさ。でも、首筋まで手が来たらそりゃ驚くだろ?

「ちょっ……千影!」
「まだ暖かいとはいえ、きちんと乾かした方がいい…………」

 僕も触ってみると、確かに髪が濡れていた。ちょっと後ろの方だったから、きちんと拭けていなかったのかもしれないな。うーん……でも心配するほどじゃないよ、千影。ありがとう。ただ、手を出す前に声を出してほしいんだけどなぁ、僕は。
 なんて、千影と相変わらず他愛無い話なんかをしていると、「あら?」って聞き覚えのある声が。

「はぁい、お姉様♪」
「やぁ、姉くん…………」

 どうやら聞き間違いじゃなかったようで、コンビニに行く途中だったお姉様が、ちょうど僕たちの前を通りかかったんだ♪
 ……ああ、お姉様、実は……

「…………裸の付き合いというやつさ…………」
「……千影は銭湯入ってないだろ。ただの散歩じゃないか」
「…………フフフ…………」

 ふぅ……まったく千影は……。なんだか、最近少し変わってきたというか、小さい頃に戻ってきたというか……。
 あ、そうそう、裸の付き合いといえば、昔はよく3人で一緒にお風呂に入ったよね。まだ3人とも小さくて、3人だけでお風呂に入るのは危ないよ、なんて言われてたのに、「おねえさまがいるからだいじょうぶだもん!」なんて、わがまま言っちゃったりしてさ。でも、お姉様と一緒に入れば大丈夫だって本当に思ったんだから、仕方ないよね? 遊ぶときも寝るときも、いっつもお姉様と一緒だったから、お風呂もお姉様と一緒に入りたかったんだよね。僕はいつだって、お姉様と一緒がよかったんだ♪
そうそう千影なんてさ、シャンプーが目に入るのが怖くて、自分では頭を洗えなかったんだよね。それでお姉様に、「痛くないよー」って言われながら、頭を洗われていたよねぇ♪

「…………。…………沈んでしまうのが怖くて、姉くんの腕にしがみついたまま湯船に浸かっていたのは、咲耶だったと記憶しているが…………」
「うっ……」

 ……もう、お姉様! そんなに笑わなくてもいいじゃないか! やれやれ、千影も僕もお互い様ってことか。今となっては、3人で一緒にお風呂に入るなんて難しくなっちゃったけど、僕はいつだって大歓迎なんだけどなぁ。ね、お姉様?

「……っくしゅん!」

 あ、あれ? お姉様の前でクシャミなんて、ちょっとかっこ悪いところ見せちゃったかな?

「…………ほら、僕の言った通りじゃないか…………」
「大丈夫さ。お姉様が僕のことでも考えて噂しているんだよ、きっと」
「…………姉くんが目の前にいるのに、よく言うね…………」
「はは♪ だって、本当のことだろ?」

 まあ、そんな軽口叩いては見たけれど、確かに湯冷めしちゃうかもね。ここで風邪を引いたら、お姉様に会う機会が減ってしまうからね。いつどこで、今日みたいにお姉様に会うかもしれないんだから、一瞬一瞬を大事に……無駄にしてる時間なんかないんだから♪
 うん、大丈夫だよお姉様。こうやってせっかくお姉様に会えたのに残念だけど、もうそろそろ帰ることにするよ。あーあ、どうせだったらお風呂に入る前だったらよかったのに。そうすれば、お姉様ともっと一緒にいられたのになぁ、なんてね♪

 それじゃお休みなさい、最愛のお姉様♪

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