【月を食らう者】
…………怪奇月食? ああ、皆既月食のことか…………。
フフ…………確かに、姉くんが小さい頃…………そんなことを言っていたかもしれない…………。
何せ、月を食らう何物かがいるんだ…………怪奇だと思うのも無理のない話さ…………。
…………僕も一緒になって怖がっていただろう、って? …………やあ、姉くん、それは…………忘れてしまった方が、いいんじゃないかな…………。
しかし…………皆既月食は、本当に怪奇なことかもしれないよ…………。
僅かな月の明かりさえ失った世界では、その闇に乗じて何物が侵入してこようとも…………それに気付かず、人は変わりなく暮らしていくのだろうね…………。
だから、月の無い夜は…………一晩中かがり火を焚いて、魔の侵入を拒んでいたそうだよ…………。
フフフ…………姉くん、心配することはないよ…………。それは既に…………時の流れの中に、埋もれてしまっているのだから…………。
それに今となっては…………ビルの明かり、車の明かり…………完全なる闇などというものは、その存在すら許されない…………。
人が闇を恐れた結果さ…………。でも…………闇のない光なんてあるのかな…………。フフフ。
…………ああ、おやすみ…………姉くん…………。皆既月食は、もういいのかい…………。
…………うん、僕も後で行く…………。もう少し、あの月を見ていたいんだ…………。
…………。
…………僕がこの世に生を受ける前…………光を見たよ…………。
とても暖かくて…………懐かしい光…………。
…………ようやく見つけた…………、そう思った…………。
その光を頼りに…………僕はこの世に辿りついた…………。
…………僕の魂の片割れ…………愛しい人…………。
…………そう…………あの日も…………今日のような、月の無い夜だったね…………。
ねぇ、姉くん…………。太陽が見ていないこの夜なら…………闇の中へ、二人、一つになって堕ちて行ってしまってもかまわないよね…………。フフフフ…………。