【月から、落ちてきた】
ある晩、私は窓から身を乗り出して空を眺めていた。
空には満面の笑みを湛えた満月が浮かんでいた。
そして、その月を眺める私の顔にも満面の笑みが浮かんでいることだろう。それこそ、クラスメートが見たら気持ち悪がられるくらいに。
でもそれは仕方の無いことだと思う。だって、いいことがあったら誰だってニヤニヤと笑みを浮かべずにはいられないって思うから。
どんないいことがあったのかって?
「それは、この春香お姉さんがお答えしましょう」
ちょっと大仰に、教育番組のお姉さんっぽくつぶやいてみた。教育番組のお姉さんかー……ちょっとだけ憧れるかも。ふふ♪
あのね、今日、ソフトクリームを食べたの。
プロデューサーさんと私、違う味。プロデューサーさんはバニラ、私はラベンダー。
そしたら当然、
「春香のそのラベンダーってやつ、どんな味がするんだい?」
という話になるわけ。だから私も当然、
「食べてみます?」
という話になりますよね。
だから、お互いのソフトクリームを交換して一口食べた。
ただ、それだけのこと。
私、自分にビックリしたんだ。あんなにもどきどきするなんて……。
だってね、もうそんなこと気にする歳でもないかなあ、って思ってたから。
取り替えっこしたしたソフトクリームを元に戻すとき、もしかしたらこのどきどきが手から伝わっちゃうんじゃないか、って本気で思ったくらいだもん。
本当にもしかしたらもしかするかもしれないんだけど、ただ隣を歩いているだけで心臓の音が聞こえちゃってるんじゃないか、ってそう思ったんだもん……。
私、まだまだ若輩物でした。
これが私のいいこと。
「ね、大したことじゃなかったでしょ?」
何の気なしに月に語りかけていた私。
そうしたら、月から何かが落ちてきた。私にはそう見えた。
キラキラと光る月の落し物。それはどんどん私に近づいてきて、思わず伸ばした両手にふわっと収まった。
……っとと、危ない危ない。うっかり窓から落ちそうになっちゃった。いくらドジでもこれはちょっと取り返しのつかないことになりそうだから、気を付けなくっちゃ。
部屋の中に引っ込んだ私は、手の中でキラキラ光る月の落し物に注目した。
「『T』……?」
それは、アルファベットの「T」だった。
信じられないかもしれないけど、そうとしか表現しようがなかった。
慌てて空を見る。月は変わらず満面の笑みだ。
なんだか不思議な出来事。この「T」は一体なに?
ぐるぐると頭を巡らして考える。「T」……月から落ちてきた……。
もしかして、そういうこと? 指で空をなぞってみる。
月。
Tsuki。
Suki。
好き。
なかなか憎いことしてくれるじゃない。そうよ、「好き」よ。
私が今話した内容をヒトコトでまとめると、つまりはそういうことになっちゃうの。
うふふ♪
でも、ちゃんと私の話を聞いてくれていたことが嬉しかった。
これからも嬉しいこと、悲しいこと、色々語りかけちゃうと思うけど、どうか大きな心で見守っていて欲しいな。
明日も早いから、もうそろそろ寝るね。あ、それからこの「T」はちゃんと返すから。
宙に放り投げられた「T」は、そのまま月へと向かって飛んでいった。
そうそう、月はちゃんと「月」じゃなくっちゃね。
おやすみなさい、お月様。
おやすみなさい、プロデューサーさん。