【世界一短いメール】

 今日はオフ。
 特に出かけるあても無く、ベッドの上でごろごろしている遅く起きたお昼前。
 じゃあ気楽に過ごしているのかというと、実は色々と気が気でなかったり。
 というのも、昨日は私、秋月律子の新曲の発売日だったからだ。
 うーん、今回のCDは歌、構成、ブックレット、それからプロモーションと私の意見を通してもらった部分も大きくて、それが上手く売り上げにつながっているかどうかがとっても気になるのよね。初日の売り上げ、そろそろ出てる頃だと思うんだけど……。
 昨日の発売記念イベントもたくさんの人が来てくれたけれど、やっぱり目に見えない部分でのファンの反応も大いに気になるところ。

「あーもう! こんなにやきもきしてるくらいなら、もうここは行動の一手しかないわよね! 今から事務所に顔を出そうかしら?」

 そんなことを考えた矢先、私の頭の中にいたずら天使が顔を覗かせた。
「これくらいは分かってもらわなきゃ、私のプロデューサーは務まらないわよね〜」、そう思いながら、素早く携帯をたぐり寄せてメールを打つ。内容は至ってシンプルなので、ものの1分ほどで全ては完了。さて、どう出てくるかね、プロデューサーどの。

 

Fm  秋月律子
Sub 律子です


 何気なく過ぎる3分は短いけれど、待つために待つ3分は長い。カップラーメンを作るときはいつもそう思う。
 しかし、返事は思いの外早かった。カップラーメンの為のお湯がまだ沸いていない。
 CDは売れているのか、そもそもあのプロデューサーは気づいてくれるのか。何を期待しているのか分からないまま、ちょっとドキドキしながらプロデューサーからの返信メールを開く。

 


Fm  プロデューサーSub Re:律子です


「……アットマーク?」

 少なくとも、私のやろうとした意図はプロデューサーには伝わったみたいね。そこは素直に褒めてあげてもいいかな。
 でも……この「@」にはどんな意味が込められてるのかしら。
 このやりとりの元を考えると、売れているなら「!」、売れていなかったら……どうするつもりだったのかしらねえ。

 ああでもないこうでもないと携帯電話のディスプレイとにらめっこ。
 ……5分経過。
 ダメ、分からない!
 答えを自力で導き出すことと貴重なオフの時間を天秤にかける。
 で、矢も楯もたまらず結局はプロデューサーへ電話をかけている私。この敗北感、どうしてくれようか。

トゥルルルル

「あ、プロデューサー。律子だけど。あのメールどういう意味なのよ?」
「そうかー、律子には伝わらなかったかー」
「にやにや声は気持ち悪いから、早く答えを言いなさいってば」
「ふふふ、聞いて驚けよ……“あっと”驚くほど売れてる、ってことさ」
「あっと……@……。く、くぅ〜」

 答えは至ってシンプル。朗報には違いないのに、敗北感が増しただけだった。
 いつの間に、こんな上手いこと言うようになったのかしら。
 ……最初からか。
 そうでなきゃ、こんな十人並みのプロデューサーなんてとっくに見限ってたわよね。
 結局の所、馬が合うってことか、私たち。
 ……ふふっ。十人並みなら10倍働いてもらおうじゃない。

「プロデューサー、明日からは@が1個じゃ足りないくらいガンガン売れるように頑張っていきますからね! とりあえず、来週の歌番組、生放送だったでしょ。そこで……」


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