【白銀の闇、漆黒の光】

 今日は私の誕生日。お兄様が一日中付き合ってくれる、はずだったんだけど……
 もう、なんなのこの大雪は! せっかくの一年に一度の誕生日だっていうのに、お兄様と会うのを邪魔するなんて。ちょっとは気を利かせてくれたっていいじゃない?

 さっき、お兄様から電話があったわ。
 「ごめん! バスがかなり遅れてるみたいなんだ。だからもう少し待っててよ」なんて。お兄様ったら、待たされる方の気持ち、分かってるのかしら? そりゃ、今回は自然が相手だからお兄様に文句を言うのは筋違いなんだけど……。
 あーあ……まあ確かにこんな大雪じゃ仕方ないわよね。私だってこんな大雪見るのなんて初めてだもの。そうよ、あの時だって……あの時?
 あれ? 私、前にもこんな大雪を見たことがあったのかしら? うーん……微かに、何かとても大切なことがあったような気がするかも……
 とにかく! 今はお兄様のことよ! このままここでじっと待ってるなんてできないわ!
 そろそろバスだって着く頃かもしれないし……そうよ♪ バス停まで迎えに行けばいいのよね♪ 少しでもお兄様と長く一緒にいたい、って思うのは、妹として当然のことじゃない?

 そう思い立つと行動は速かったわ。いつものコートにいつものマフラー。そしていつもの手袋。全部、お兄様との思い出が詰まった大切なもの。うん! やっぱり今日はこの格好よね♪
 玄関の扉を開けると、そこは銀世界! なーんてキレイなものじゃなかったわ。
 もう、ものすごい風が強くって、こういうのを猛吹雪って言うのよね、きっと。傘なんて、あっという間に骨だけになっちゃいそう。
 本当にこんな中歩いていけるのかしら? ……ダメダメ、ダメよ咲耶! こんなところで弱気になってちゃ、お兄様を振り向かせることなんて到底できないもの。
 意を決して外に足を踏み出してみる。吹き付ける風、吹き付ける雪。
 私って寒さには強い方だと思ってたんだけど、流石にこれはきくわね……。それに……寒いというよりは……痛い、っていった方が正確かもしれないわ。なんだか、耳の感覚がなくなってきたような気がするもの……。

 1メートル先さえ見えないような中を、お兄様が降りるバス停まで歩いていく。
 道路を走る車のヘッドライトが、ほとんどそれだけが頼りっていった感じ、かな。
 いつも見慣れたはずの道が、なんだか全然知らない道に見えてきて、本当にこっちで合ってるのかしら? なんて、何度か考えちゃうこともあったけど、どうやらバス停までたどり着いたみたい。
 その時ちょうどバスがやってきて……
 あら? グッドタイミング♪
 ウフフッ♪ 今日はお兄様が遅れた罰として、いつもよりもうーんと甘えちゃって、絶対に離してなんてあげないんだから♪
 でも、そのバスからはお兄様は降りてこなかった。
 そうそう都合よくはいかないか……。あーあ、残念。お兄様が乗ってるのは次のバスなのかしら?
 時折、コートに積もった雪を払いながら、お兄様のことを思い浮かべて待ちます。お兄様、今日は私にどんなプレゼントを用意してるのかしら? ペアの時計とか? もしそうだったら、お兄様とは腕を組んで離さないわ♪ だって、私たちがペアの時計をしてるのよ♪ ってことを周りにアピールしたいじゃない? ウフフッ♪

 ビューッ!!

 キャッ!
 突然吹いた風が私の体を震わせます。
 流石に歩いていたときとは違って、なんだか体が冷えてきたみたい。手袋もあんまり役に立たなくなってきたし……。
 ハー……ハー……、お兄様ったらまだかしら? このままじゃ、私、雪ダルマになっちゃうわよ。
 ……私、本当にこのまま雪の中に埋もれてしまうのかしら? お兄様……早く……早く……!

 ……ああ、思い出したわ……。そう、あの日もこんな吹雪の日でした。
 お兄様が友達の家に遊びに行ったのを迎えに行ったのよね。家を出たときは、まだ雪は降っていなかったと思う。
 でも、お兄様の友達の家まであともう少しのところで、雪が降り始めたの。最初はヒラヒラと、そして段々風と共に強くなっていった。
 気づいたときには目の前が真っ白で……とっても恐かった。白いのに何にも見えなくって、まるで夜の闇と同じで。
 寒さと恐さとで、もうそれ以上は一歩も歩けなくなった私は、ただただお兄様のことを呼びながら泣くだけ。おにいさまー! おにいさまー! って。そんな涙もあっという間に凍り付いてしまって、私の顔から体温を奪っていったわ。
 そんな時、はっきりと聞こえる声があったの。今考えてみると、よくあんな強風の中聞こえたなって思うけど、それはやっぱりお兄様の声だからに違いないわよね♪
 おにいさま! おにいさま! そう叫ぶ私の視線の向こうには、私が選んであげた黒いコートを着たお兄様が……

「咲耶ー!」

……え? お、にい、さま? お兄様!

「家まで行ってみてもいないから、もしかして、と思って来てみたんだけど……正解だったね♪」
「お兄様!!」

 思わず嬉しくなっちゃって跳びついたら、勢いがあまってそのまま雪の上に倒れこんじゃった♪
 あ、ごめんなさいお兄様。でもね♪ 私をこーんなに待たせたんだから、これくらいじゃ許してあげないんだから♪

「やれやれ、咲耶も昔から変わらないなぁ」

 あ、そういえばあの時もお兄様に跳びついて、一緒に倒れこんじゃったんだっけ。お兄様ったら、雪まみれになっちゃったのよね。
 今日もお兄様は、私が選んであげた黒いコート。あの時、雪の向こうに見えたお兄様が輝いて見えて……。本当は、黒いコートだから輝いて見えることなんてあるはずないのにね♪ 多分それからなの、お兄様のために選んであげるコートに黒を選ぶのは。私にとって、黒は輝きの色。お兄様の色なの♪

「さあ、早く帰ろう。寒かっただろ?」
「はい♪」

 お兄様の右腕にするっと腕を絡めて、家に向かいます。
 お兄様♪ 私、すっかり冷えちゃったんだから、ちゃーんと体温で暖めて、欲しいな♪

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