【オモイ】

 私の誕生日を祝うから楽しみにしていてくれ…………なんて兄くんは張りきっているようだ…………。どうも、昔のように…………私が甘えてくれないのが寂しいらしい…………。だから…………こういう時には、きまって兄らしいところを見せようとするんだ…………。…………全く、こっちの気も知らないで無邪気なものだね、兄くん…………。
 昔、そうもっと遥か昔…………二人の魂がまだ一つであった頃…………私は…………兄くんを…………いや、よそう…………。いずれかなう時が来る、いやかなえて見せる…………。この機を逃すわけにはいかないのだから…………どんな手を使ってでも…………。

 私はドレスを脱ぎ、クローゼットへと戻した…………。このドレスを再び着ることはあるのだろうか? 幾千の時を越えてなお、色褪せることのない純白のドレス…………。今の私が着るのに相応しいものなのだろうか…………。
 …………フフッ…………今日は、少し疲れているのかもしれないな…………。身体の衰弱は、精神の衰弱に繋がってしまうものだから…………。隙を作ってしまうのは、あまり好ましいことではない…………。…………それに、今夜は少し寒い…………いつまでもこんな格好をしているものでもないだろう…………。そうして、ナイトウェアに袖を通す…………おや? これは…………。随分と懐かしいものが出てきたな…………。

 …………ウサギの髪飾り…………。私がまだ小さな頃に身に付けていたものだ…………。これは、兄くんが私にくれた初めてのプレゼント…………。よく似合うよ、そう言って私の髪に飾ってくれた…………。まだ自分自身のことも良く知らず…………兄くんとも、本当に普通の兄妹のように仲がよくって、無邪気だったあの頃の…………。
 小さかったとはいえやはり、ただただ兄くんのことが好きだった私は…………それから毎日どこへ行くにしてもその髪飾りをつけて歩いていった…………。天が祝福しているかのような晴天の日も…………悪魔が泣き出したかのような大雨の日も…………そんなことは私には関係なかった…………。常に兄くんを感じていることができたから、私にとってそんなことは些細なことだった…………。
 今にして思えば、この髪飾りは魔よけの働きをしていたのかもしれないな…………。自分の力に気付いてからも、ほとんど大事に至らなかったのは、きっとそのお陰なのだろう…………。


 …………どうやら、いつの間にか眠りについてしまったようだね…………。体が、軽い…………。あぁ、兄くん…………君は今日も健やかで、そして無防備な寝顔だね…………。そんな無防備では、悪魔どもにさらわれてしまっても文句は言えないよ…………。まして、そのことにさえ気付くこともできやしないさ…………。
 でも大丈夫だよ、兄くん…………私が守ってあげるから…………。兄くんが自分で気付くその日まで、私が守ってあげるから…………。…………だから、兄くん…………早く目覚めるんだ…………兄くん…………。
 …………フフ、兄くん、今日はもう帰ることにするよ…………。また明日…………完全な状態で会おうじゃないか…………。


 …………時間だ。結局は、いつもと雰囲気の変わらない服装で、私は兄くんの家の前に立っている…………。フフ…………変わらない、か…………。
 不意に目の前の扉が開く…………兄くん…………。「なんだか、千影が来たような気がしたんだ」って…………それは変わってきている、と思っていいのかな…………? 期待してしまうじゃないか…………。

「さあ、入って千影。……あ、そうだ。これ、千影のだよね?」

 そう言った兄くんの手のひらの上には…………ウサギの髪飾りが乗っていた…………。あぁ…………どうやら昨日、無意識のうちに持っていってしまったようだ…………。そして、落としてしまった…………いや、自ら落ちたのかもしれないな…………兄くんを守るために…………。

「ああ、確かにそれは私のものだよ…………。いたずら好きで、最近よくいなくなってしまうんだよ…………」

 冗談だと思ったのか、兄くんはにこやかに笑っていた…………。昔と変わらない、無邪気な笑顔だ…………。
 さあ、今夜は誰にも邪魔はさせない…………。兄くんと二人きりの時間は…………私にとってなによりもかけがえのないものだから…………。たとえ肉体が滅びようとも、私を阻むことなどできはしないさ…………。だってそれが…………私の思い、なのだから…………。

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