「――――」
すぐ傍でベッドのシーツが擦れる音がした。
少しだけ視線を上げると、羽布団の中で夜の光に照らし出された金色の髪が小さく動いている。
震えている?
私は目を細めて、ただ見守っていた。
声をかけるかどうか、戸惑うけどタイミングが分からなくてかけられない。
すると、パートナーであるマスターはゆっくりと身を起こして顔を俯きがちにしたまま視線を彷徨わせている。
「かあさん…」
か細い声。
マスターはおもむろに自分の顔を両手で覆うと、かぶりを振って呟いた。
もう、ただ見ている事はできない。
私はすぐさまデジヴァイスから抜け出すとベッドの上のマスターを強く抱きしめた。
「ガオモン…?どうして、勝手に…」
ゆっくりと両手を離したマスターの目には大粒の涙が乗っている。
私はマスターを抱きしめたまま、どうすればいいのか分からなくて眉を寄せる。
アイスブルーの瞳がゆらいでいるのが見えた。
おずおずと、私の背にマスターの腕が回される。
ドキンと胸の中が跳ねた。
「あったかいね…」
マスターは私の顔に頬ずりをすると、ゆっくりと体毛を撫でてくれる。
そうして、不意に私を強く抱きしめた。
そんなに密着したら心臓の音が聞こえてしまいそうだ。
私はマスターの背を撫でながら、小さく頷く。
「…ガオモン、僕と一緒に寝るかい?」
「え…」
マスターはさり気なく目尻の涙を拭うと私へ微笑んでくれた。
ゆっくりと掛け布団を軽く叩いてそんな事を言うから頷かずにいられなくて、私は無言で布団の中へともぐりこむ。
毎日新調されていて新しいはずなのにマスターの匂いがする。
私は隣に寝転んだマスターへ擦り寄って、何とか安心させようと身体をくっつけた。
マスターが不思議そうな顔で私を見る。
「ガオモン、寒いのか?抱きしめてあげようか」
「え?いや、ちょっ…違…」
私はただ、大好きなマスターを泣かせたくないだけです。
そう言いたかったのだが、マスターは私を腕に抱きこんでそっと背を撫でてくれた。
マスターはさっきまで泣いていたのに。
本来なら、私がマスターを抱きしめなければいけないはずなのに。
どうして私は、マスターの事を安心させてやれないんだろう。
「小さい頃…」
マスターは私の耳に唇を当ててゆっくりと口を開いた。
その声に明るさはない。
けれども、暗いというわけでもなかった。
何かの本を読み聞かせるような、抑揚の無い声だ。
「僕が夜、お化けが怖いってぐずっていたら…いつも母さんがこうしていてくれた」
マスターの腕が私を抱きしめる。
少し、苦しい。
それでも離れたくはなかった。
マスターは私を抱きしめたまま言葉の続きを紡ぐ。
「…僕が眠るまで、ずっとこうしていてくれたんだよ。僕にはできないな…。すごいよね、偉大だよね、母親って…」
マスターは少しだけ声の調子を落として言うと、私を強く抱きしめた。
それでも、僅かに力が緩む。
私が目を上げると、マスターは目を閉じたまま言った。
「僕はね…母さんが大好きだった。ほんとうに、大好きだったんだ」
「…はい」
マスターの声がどんどんと小さくなる。
私はぬくもりを確かめるようにマスターの身体を強く抱く。
すでに私の背に乗せているだけとなったマスターの腕がゆっくりとベッドの端へと落ちていった。
聞こえてくるのは、もう静かな吐息だけ。
私はしばらく、マスターの傍から離れられなかった。
いや、離れるつもりもない。
マスターの母親の事はよくわからない。
けれど、マスターが母親をとても好いていたというのは分かる。
「…僕が眠るまで、か」
私は少しばかり目を細めると、強くかぶりを振ってマスターの身体を抱き寄せた。
抵抗もなく、ほっそりとした体が私によりかかる。
小さな寝息が愛しかった。
「…私は、起きてますよ。マスターが眠っても、ずっと起きてます。夢の中までお化けがきても、守ってあげられるように」
そこまで言って、私は自分が妙に高揚していることに気がつく。
マスターの涙を見せられたせいだろうか。
私は母親代わりにはなれない。
だが、マスターのパートナーなのだ。
パートナーを悲しませる真似は絶対にしない。
「マスター、おやすみなさい」
私は少し躊躇った後、おもむろにマスターの頬へと口付けを落とした。
けだるい睡魔が襲ってきても、そのたびにかぶりを振って吹き飛ばしていく。
マスターの寝顔を見つめながら、私は長い長い夜を越えるべく静かな息を吐いた。
何年ぶりだろう、こんなに気持ちのいい朝を迎えられたのは。
僕はシーツの上を泳ぎながら寝返りを打った。
手の先が、何かふかふかしたものに当たる。
布団かとおもったけど、どうやら違った。
ゆっくりと目を開けると、そこには少しだけ虚ろな目で僕を覗き込んでいるパートナーの姿がある。
僕は思わず飛び起きた。
「ガオモンっ!?どうしたんだ、目が真っ赤だぞ」
慌ててガオモンの頬に触れて瞳の色を確認すると、すっかり赤くなってしまっている目が痛々しかった。
それでも、ガオモンはグローブで軽く目を擦って嬉しそうに鼻で鳴き声を上げる。
パタパタと尻尾を振りながら、僕の身体を抱きしめた。
「おはようございます、マスター。よく眠れましたか?」
「お前…まさかずっと起きて…」
抱きしめられるままに、ガオモンの背へ手を回す僕に君はいつもと同じ声色で返す。
そういえば、眠る前に僕はガオモンを抱きしめて寝ていたのだった。
普段は話さない母さんの話をして…母さんの…。
「ガオモン、昨日僕が言った事を…」
まさか、君は。
本当に眠らないで僕の事を見ていたというのか?
そんな事をしたって、得なんかないのに…。
僕が訝しげに見つめている事に気付いたのか、ガオモンは少しだけ眉を寄せてパタリと尻尾をたらす。
「迷惑、でしたか?」
不安そうな金色の瞳が、僕を見つめている。
迷惑なんかじゃ…。
僕は口を開きかけて、それからすぐにガオモンの身体を抱きしめた。
2人とも、もつれ合うようにベッドに倒れこんで互いの身体を強く抱きしめる。
僕はガオモンの体毛に顔を埋めながら言った。
「まさか!嬉しいよ。すごく嬉しいよ…ガオモン。ごめんね、ありがとう」
「どうして謝るんですか?私はただ…」
ガオモンが何かを言いかけていたけど、僕はそれを唇で塞いだ。
ためらいがちにガオモンの唇を重ねてくる。
互いの舌が擦れるたび気持ちいい。
僕はおもむろにガオモンを抱き寄せると、言葉にならない礼を体いっぱいで伝えた。
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15話見て即行で仕上げました。ガオモン可愛すぎる…。
萌え
(GPO5個、デジモン5個/良ければ押してやってください。管理人の活力源になります)