食パンを口にくわえて、自転車をこぎながら僕はいつもの道を走っていた。 
いちごジャムをたっぷり塗った食パンは途中で電柱にぶつかってしまって、地面に落ちた。 
まだ1口しか食べてなかったのに…。 
まあ、食パンを口にしたまま外に出た僕も悪いよね。 
そう解釈して、いつもの坂を昇っていく。 
既に僕と同じ制服を着た友達や下級生が前方を歩いていた。 
その中に、ブレザーを着崩してのんびりと通学路を歩いている人物がいる。 
僕は立ちこぎをしながらその人物に近付いた。 

「モモタロス、おはよう!早いね」 

軽く肩を叩いてそう言うと、つり目がちの真紅の瞳が僕を見た。 
学校のみんなには怖がられているけれど、僕にとってはかわいい弟だ。 
同時に、愛しい存在でもある。 
僕が声をかけると、モモタロスは軽く手を上げて僅かに笑ってみせた。 

「よお、俺が家出た時にはおまえまだ寝てたよなァ…ちゃんと飯食ってきたかよ?優しい俺がテーブルに置いといてやった食パン!」 

ドスのきいた声でモモタロスが問う。 
朝飯は電柱にぶつかって落としてきた…なんて言えない。 
僕は苦笑いしながら何度も頷いた。 
苦しい答えを返す僕を見てモモタロスがキュッと目を細める。 

「けッ…どーせ電柱にでもブチ当たって落っことしてきたんだろッ?」 

「ははは…」 

ご名答です。 
僕は大きく肩を落として乾いた笑いを浮かべた。 
そんな僕にモモタロスが追い討ちをかける。 

「あれだけ、飯は家で食べろって言ったろーが!家で食べねーから落とすんだよ。…まぁ、なんだ…」 

口うるさく言ったモモタロスは徐々に声を落としてから頭をかいた。 
ちらりと僕を見やったモモタロスが僕の耳元に口を当てる。 

「1時間目はサボってコンビニでも行こうぜェ。ハラペコじゃ倒れちまうだろ…おまえ」 

「モモタロス…」 

モモタロスの優しさに少し照れくさくなってしまって、僕は目を逸らした。 
それを察したのか、モモタロスも慌てて体を離す。 
横目でモモタロスを見ると、彼の耳朶は赤く染まっていた。 
ここが通学路じゃなかったら抱きしめてたんだけどなぁ…。 
僕は周りの目を気にしながらそんなことを考える。 
それでも小さな沈黙が気恥ずかしかったから、口を開いた。 

「ほ、他のみんなはもう学校に着いたのかな?」 

「……着いたんじゃねーの」 

沈黙。 
話のネタなんかないよ。 
だっていつも一緒にいるし、話題ことなんてテレビで見た血液型占いとか天気予報のことしかない。 
兄弟兼恋人、という関係はとっても面倒で複雑だ。 
こんなに傍にいるのに、外じゃ滅多に触れ合えないんだから。 
そんな事を考えながら少し憂鬱な気分になっていると、校門の近くで生徒が集まっているのを見つけた。 
女子も男子も半々くらいだ。100人くらいはいるだろうか。 
一体何の騒ぎだろう。 

「うへー、騒がしい奴らだな…」 

隣でモモタロスが小さく呟いた。 
徐々にその集まりは増えているらしく、完全に生徒が校門を塞ぐような形になってしまった。 
僕らはぽかーんとしたまま立ち尽くしてしまう。 
これじゃあ学校に入れない。 

「何かあったのかな?」 

僕がそう言うと、モモタロスは腕まくりをして人ごみをかきわけ始めた。 
かき分けるというよりも、人を押しのけたりすっ飛ばして進んでいる。 

「良太郎、おまえも早く来い!遅刻しちまうぞ」 

「あ…う、うん!」 

モモタロスに言われるまま自転車を飛ばして人ごみの間をぬっていく僕。 
丁度、人の波を押しのけて最前列に出たとき、僕とモモタロスは唖然とした。 
校門の前には穏やかな顔でチラシを配っているウラタロス…と、リュウタロスがいる。 
ウラタロスは見たこともないスーツ姿。リュウタロスはメイド服、だった。 

「今度の文化祭で、僕たちのクラスはツンデレメイド喫茶をやりまーす。ぜひきてくださいね」 

「ねー!」 

ウラタロスの言葉を真似してリュウタロスが言う。 
手には大量のチラシ。 
チラシには執事喫茶と書かれた文字と僕らのクラス名が入っている。 
事情が飲み込めず沈黙している僕とモモタロスに目を向けたウラタロスが笑う。 

「やーおはよう、良太郎に馬鹿モモ」 

「誰がバカだッ!!テメッ…今日こそ亀鍋にすんぞコラァアッ!」 

バカと言われて過剰反応するモモタロスを見てリュウタロスが子供のように笑う。 
それでもぴょんぴょんとステップを踏んでモモタロスを足で蹴って押しのけると、リュウタロスは僕にチラシの束を見せた。 
リュウタロスに蹴られたモモタロスは、案の定地面に顔をぶつけている。 
哀れだ…。 

「あのね、僕たち…文化祭で喫茶店やるって決めちゃった。だから、良太郎も一緒にやろーよー!」 

リュウタロスは、野次馬の生徒たちにニコニコと笑顔をふりまきながら甘えるように言った。 
僕ら兄弟が通っている高校には文化祭の時期が近付いている。 
それはバカなモモタロスだって知っていることだ。 
文化祭では、各クラスが出し物をするものだって決まっている。 
けど…僕のクラスはまだ何の出し物をするのか決まっていないはずだ。 
大体、ツンデレメイド喫茶って何だよ? 
言葉が出ない僕を見て、ウラタロスが色っぽく笑った。 

「尾崎先生にはちゃんと許可を取ったけどー?喫茶店をやりたいって言ったら、面白そうだからいいよ、って。メイド服やスーツをレンタルしてもらえるから、当日は盛り上がるとおもうな」 

「め、メイド服ーーーー!!?」 

ウラタロスの言葉に野次馬の男子生徒たちが大反応する。 
僕は深々とため息をついた。 
ウラタロスやリュウタロスは気付いていないだろうけど、僕の兄弟たちは男子生徒に人気が高い。 
担任の尾崎先生は完全にウラタロスにロックオンしてるし…。 
僕らの学校はそーいう趣味の人が結構多いんだ。 
だからメイド喫茶なんか開催したらふたりの身が危ないのに。 
そんな僕のきもちなんてお構いなしというように、ウラタロスがやにわに顔を寄せた。 

「良太郎はもちろんスーツよりメイド服を着るだろう?僕が優しく教えてあげようか…?」 

「りょ、良太郎に変な事吹き込んでんじゃねェよッ!そんなの却下に決まってんだろッ!!」 

何時の間に起き上がったのか、モモタロスが僕を庇うように立ちふさがる。 
すると、ウラタロスがつまらなそうに口笛を吹いてからチラシを目の前でヒラつかせた。 
青い瞳が僕とモモタロスを交互に見やった。 

「悪いけどきみには聞いてないから。キンちゃんもOKしてくれたしね…こっちには僕ら3人を含めてクラス全員という味方がいるんだよ?」 

「な、にィッ!?」 

ウラタロスの返答に、声を上擦らせたモモタロスが肩を落とす。 
そこでようやく気がついた。 
チラシ配りをしているウラタロスとリュウタロスの後ろで座り込んだまま眠っているキンタロスの姿に。 

「コラァッ!!起きやがれ熊公ッ!こんなくだらねー企画にOK出すなんてどういうつもりだテメーはァアアッ!!」 

モモタロスがさっそく、キンタロスの背中に足蹴りを入れる。 
もちろん、彼が起きるはずない。 
僕はおもむろにキンタロスに近付いて耳元で囁いた。 

「愛してるよ、キンタロス…ああ、もうこんなに濡れてる…くちゅくちゅ言ってていやらしいな…」 

少しだけ熱っぽい声で囁くと、眠っていたキンタロスがおもむろに目を擦って辺りを見回した。 
眠そうな金色の目が僕を見つめる。 

「ぐぅ…ぐぅ…んが…?おはようさん…良太郎、いま何か言うたか?」 

「んーん。何も言ってないよ、おはよう」 

「うっく…ひっく…良太郎の馬鹿野郎ォ…俺って奴がいるくせに…いるくせにィ…」 

背中からものすごく嫉妬に近い視線を感じるけど、僕はあえて無視した。 
座り込んで眠っていた男は、僕ら兄弟の長男。 
一度眠ると起きないけど、何故か僕がいやらしい事を言うとすぐに起きる。まさに我が家の七不思議。 
過去にそれをベッドの中で問いただしてみたことがあるけど、キンタロスはさっぱり知らないらしくて。 
僕の言葉責めにたくさん乱れてくれた。 
今夜もそれをネタにしてからかってやろうかな? 
そんな事を考えていると、不意に膝がカクンと押されるような感覚がして僕は地面に倒れそうになった。 
慌てて地面に手をついて振り返ると、すぐ後ろで屈伸をしているリュウタロスが無邪気に手を振る。 

「モモがやれって言ったぁ!膝かっくーん!」 

チラシをばら撒いてはしゃいでいるリュウタロスの後ろで、モモタロスが僕を見下ろしている。 
全身で嫉妬オーラを振りまきながら言うんだ。 

「ケッ…朝っぱらからアイシテルとかイヤラシイとか言ってんじゃねーよ」 

「モモタロス…地獄耳だね」 

ちょっとカワイイかも。 
僕は拗ねたモモタロスを見つめながらそうおもった。 
おもむろに立ち上がった僕は、地面に落ちたチラシを見て少しだけ考える。 
僕はともかく美形兄弟4人が喫茶店を開いたら客は間違いなく殺到するだろう。 
クラスメイトの中にも男受けする人は何人もいる。 

「…やってもいいんじゃないかな…?」 

チラシを見つめながらそう言うと、すぐにウラタロスが僕の腕を引っ張ってモモタロスから遠ざけた。 
愉快そうに笑ってチラシをひらひら振っている。 

「あはは…良太郎がこっちにきてくれるならモモだってもちろんやるよね?」 

「う…ぐッ…ううう…良太郎ーッ!」 

「わーい、良太郎といっしょにメイドごっこだー」 

「別に死ぬわけじゃああるまいし…喫茶店程度で騒がんでもええやないか、モモヒキ」 

「テメーはカワイイ弟の名前も満足に覚えられねーのかよッ!!」 

「かわいい…?ハッ…良太郎以外かわいさのカケラもない弟ばっかりや」 

「あっ、それは心外だな〜キンちゃん。僕なんかこんなに従順でかわいいのに。ねーリュウタ?」 

「ねー!熊ひどーい。僕泣いちゃうよー?」 

「…泣ける!?泣いたらあかん!涙はこれで拭いとけ!」 

校門前をチラシまみれにして兄弟たちはぎゃーぎゃーと騒いでいる。 
兄弟だとおもわれたくない。 
赤の他人のふりしようかな。 
そうおもいながら自転車のまま後ずさると、後ろから軽く肩を叩かれた。 

「ふぁ!?」 

慌てて振り返るとそこには、不思議そうな顔をしている愛里先生と噴火寸前の尾崎先生が立っている。 
落ちているチラシを手に取って熱心に見つめている愛里先生をスルーして、尾崎先生がイヤミったらしく僕に顔を近づけた。 

「良太郎く〜ん…まーたきみたちなんだ?こういうの、ホントに勘弁してもらいたいんだよねェ…。ゴミは増やすし喧嘩はするし…挙句、他の生徒は教室に入らないし!分かってる?授業妨害なんだよ、きみたち」 

「わ、分かってま…す…すみません…」 

僕は何度も頭を下げながら尾崎先生の説教を右耳から左耳に流して聴いていた。 
平謝りする僕を見て機嫌を直したのか、尾崎先生は小さく咳払いをして顔を背ける。 

「しょうがないなァ…良太郎くんに免じて許してあげる。そのかわり、文化祭ではウラタロスくんのメイド写真…よろしくね」 

「…はぁ」 

やっぱり狙いはウラタロスか。 
とりあえず頷いておく。 
…というか、聞き返そうとしてやめた。 
兄弟たちの喧嘩がおもったよりも大きいものへ変わってきている。 
こんなに騒ぎを起こして誰ひとり停学させられないのが不思議だ。 

「そーやって俺をのけ者にすンなら今日の夕飯のプリンはぜーんぶ俺が食っちまうからなッ!!」 

「あっ、それは卑怯じゃないの?プリンはちゃんと毎日5人分買ってるんだから抜け駆けは禁止だよ、馬鹿モモ」 

「禁止だよぉーバカモモ!あははっ、亀に馬鹿って言われてるぅ!」 

「さっきから亀の真似してんじゃねー鼻タレ小僧!!いちいちイラつくんだよォオオッ!!!」 

「いたいいたいー!腕噛むよ?答えは聞いてないけど」 

「泣かしたらあかん!」 

「うがァァアッ!!てめッ…頭突きすんな馬鹿熊ァッ!!リュウタもそんなトコに噛み付くんじゃねェよッ!!!」 

ますます加速を増す兄弟喧嘩。 
僕は自転車をゆっくり転がしたまま兄弟たちに近付いた。 
キンタロスさえ止めないなら僕が止めるしかないだろう。 
小さく息を吸って、僕はわざとらしく声を低めてみせる。 

「仲良くできないなら今夜は…親睦を深めるために5Pでもする?小道具をたくさん使ってきみたちの性格改善してあげるけど」 

僕の小さな呟きに、兄弟たちは慌てたように喧嘩をやめて整列した。 
結局、兄弟たちをおもうままに操れる存在は僕しかいないのだ。 
ならメイド喫茶でもツンデレ喫茶でもやってやろう。 
仲良くしないなら鞭でも使って無理やり仲良くさせるまでだ。 
僕は整列した兄弟たちを見回しながら、そんなことを考えていた。 


















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パラレル一発目ですー。かなりはっちゃけてますが好きな方は見てやってくださいー。