「亀ちゃん、見てぇ。あめもらったの」
子供みたいに小さなあめ玉を見せびらかしながらきみが笑う。
僕はコーヒーをすすって曖昧な返事を返した。
何でも、桜井侑斗のイマジン…デネブからもらったらしい。
たくさん配ってたもんねぇ、あのデネブって奴。
よかったね。
そう言うと、きみは甘えるように僕の肩に顔を寄せて至近距離で飴を見せてくる。
「このあめ、オレンジできらきらしててすごくきれーだよ」
琥珀色のあめ玉を顔の前にかざして、それからすぐに口にほおりこむ。
頬に飴の形がくっきり浮かんでいた。
それを指で押してやると、きみは目を瞬かせて僕を見た。
ぺろりと舌を出して唾液にまみれたそれを見せてくる。
「リュウタ、汚いからやめなさい」
「やだ。欲しいんでしょ?亀ちゃんだけ貰えなかったもんね、飴」
大人っぽく注意した僕に対して、きみは何もわかっていないのか口の中から飴を取り出して言った。
貰えなかったんじゃなくて貰わなかったんだよ。
その言葉をつぐんで、僕はきみを見つめた。
つう、と糸を引いて銀の液が飴ときみの舌を濡らしている。
おもわず息を飲んでしまった。
「あれ。何かいやらしいこと考えた?亀ちゃん、えっちな事考えたぁ?」
「…考えてない」
きみはふたたび飴を口にほおって舐めながら僕に顔を近づけた。
甘ったるいみかんの匂いがする。
おもわず顔を背ける僕に、さらに顔を寄せるきみが憎らしい。
飴でべたついた指を見せて、きみは言った。
「舐めてもいいよ」
唾液にまみれた指を見せて笑うきみ。
唇に軽く当てられた指は僕の歯列を強引にこじあけるように爪を立てる。
僕はイヤイヤながらに舌を差し出した。
ほんのりとみかんの匂いがする指だ。
甘い。
指に舌を絡ませてたどたどしく舐める僕を、きみは飴を舐めながら見つめている。
「…ん、っふ…はぁ…」
「何変な声出してんの?きもちわるぅー」
けらけらと笑いながらきみが僕をからかう。
だからわざと指先を強く吸い上げてやった。
ちゅ、と音を立てて指に舌を当てるとそれはねじ込むように押し込まれる。
えづきそうになってしまう僕を尻目に、紫の目を丸くしたきみが言う。
「そっか、亀ちゃんもあめが欲しいんだね。そうでしょ?」
僕が返事をする暇もなく、きみは強引に顔を寄せて首を傾げた。
無邪気な瞳はかわいい。ムカつくくらいにね。
返事をしない僕を見ても何ともおもわないのか、リュウタロスはゆっくりと指を引きぬいた。
僕のスーツに唾液を擦り付けて笑ったきみは、そのまま無防備な唇を僕に寄せる。
「…ちょ、リュウタ…」
「黙って。亀ちゃんが良い子にしてたら分けてあげるよ」
みかんの匂いをさせてそう言うリュウタロスは僕の膝に手を乗せてゆっくりと唇を近づけていく。
何で逆らえないんだ。何で抗えないんだ。
突き飛ばすことだってできるはずなのに、僕はその唇から逃げられない。
「…ん、ふっ…」
別に飴が欲しいわけじゃない。
そんなのどうだっていい。
ただ僕は………。
やれやれ、自分のきもちにも嘘を突き通す僕が憎らしい。
自分の感情が嘘か誠か、それさえ解らないんだから。
僕がきみを受け入れているのは…。
何となく唇の感覚がリアルだったから。
溜まっていたから。
断れない何かがあるから。
さて、答えはどれだろう。
「亀ちゃん、あーげーる」
リュウタロスは僕の咥内にあめ玉を流し込んで言った。
おもいのほか、喉奥へ届いた飴に咳き込みながらそれを口に含む。
少し舌がピリピリするみかんの味だ。
この飴って、デネブの手作りなんだろうか。
そんな事を考えながら飴を口の中で転がす僕を、リュウタロスが機嫌良さそうに見つめていた。
「まだ溶かしちゃだめだよ?」
にこにこしながら言ったリュウタロスは、自分の腰に手を当ててゆっくりとズボンのベルトをゆるめる。
僕がそれに魅入っていると、彼は僕の顎を無理やり掴んで視線を通わせるように強要した。
リュウタロスの手が僕の喉元からネクタイへと伸びる。
「準備が終わるまで待っててねぇ」
「…何の準備?もしかしてえっちな事…かな」
少しだけ身構えて問いかけた僕に、きみは微笑んだまま何も言わない。
みかんの匂いがする吐息をそっと僕の首筋に寄せてから、小さな唇が首筋に吸い付く。
ちゅ、と優しく首筋を吸い上げて、大事なものを扱うみたいに行為を続けるきみの鼻から漏れる吐息は掠れていて色っぽい。
胸の高鳴りを隠しきれずに、リュウタロスの背に腕を回そうとした僕は小さく声を上げた。
「…つッ…!」
首筋に鋭い痛みが走る。
歯を立てられたんだ、きっと。
僕は身を竦めてリュウタロスの体を引き離そうとするけど、きみの歯は僕の首に食い込んで離れない。
「…あッ…ずいぶんドメスティックバイオレンスな事するんだね、リュウタは」
「どめすてぃっく…それって褒めてくれてるのぉ?」
嬉しそうな声できみが僕に問いかける。
嫌味だということに気付いていないのかこの子は。
僕は唸り声で返事をした。
リュウタロスは首筋から顔を離してから無遠慮に僕のスーツの前を無理やり左右に引っ張る。
ボタンの弾け飛ぶ嫌な音が聞こえた。
リュウタの事だから悪気はないんだろう。
…それが一番困るのに。
「おっぱい触られるのと、おちんちん揉まれるのどっちがいーい?」
きみは無邪気な声でとんでもない事を言う。
どっちも嫌だよ。
かぶりを振ってみせると、リュウタロスは紫の瞳を瞬かせて僕をじっと見つめた。
こういうときの顔が、僕にはとても恐ろしく感じられる。
無邪気なカワイイ顔で何を考えているのか分からないから。
時に残酷なことを口に出すし、かとおもえば出てくるのは優しい言葉だったり。
悪魔なのか天使なのかわからない。
僕は、いつ喰われるのかと怯える小動物みたいに身を縮こませて、きみの言葉を待つ。
リュウタロスは獲物を狙うように目を細めていたけど、やがて何かをおもいだしたように慌てて僕の口に手を突っ込んだ。
「そんなに舐めたら溶けちゃうよ!」
「…リュウタが僕の中に入れたんじゃないか」
「あーっ、こんなに小さくなっちゃったー…ボクちょっとしか舐めてなかったのに」
リュウタロスは僕の声なんか聞いてない。
ただ、小指の爪くらいの大きさにまで溶けた飴を見て残念そうに肩を落としていた。
そんな顔するくらいなら最初から僕に食わせるなって話だ。
僕は黙ったままその小さな飴を見つめていた。
同時に、リュウタロスが顔を上げる。
パックリと見開いているその瞳はゾクッとするほど不気味で、僕はおもわず息を飲む。
リュウタロスは大きな目をして言った。
「これ、亀ちゃんにあげる。全部食べて」
「え、あ…うん」
差し出された飴をそのまま手で摘もうとすると、リュウタロスの手が僕の手首を強く掴む。
皮膚に食い込むくらいに爪を立てて僕の手首を掴んだきみは、口元を綻ばせて言った。
「うんとねぇ、ズボン脱いでアッチ向いて」
パッと手を離して、きみは僕の胸を指した。
後ろを向けと言うことだろうか。
何か、嫌な予感がした。
僕が何も言えずにいると、リュウタロスは首を大きくかしげて不思議そうな顔をする。
「聞こえなかった?ズボン脱いでアッチ向いて。早くしないと、ボク怒るよ」
リュウタロスが再びボクの胸を指す。
断ったら、どうするつもりだろう。
反抗してやろうか、なんておもってしまう僕はリュウタロスに怒られる事を望んでいるんだろうな。
…マゾじゃあるまいし。
僕は黙ってベルトのバックルに手をかけた。
似たような行為を何度も何度もアイツにされてきたんだ。ためらいはない。
けど、今は羞恥がすこしだけ。
「…こう?」
僕はズボンを脱いで下着姿になると、ゆっくりと膝を付いてリュウタロスに背を向けた。
丁度四つんばいの格好で座り込むと、腰にリュウタロスの手が置かれる。
下着の股座に指を引っ掛けられて、そのままずり下ろされた。
膝まで下着を下ろされると、内股にひんやりとした風を感じておもわず身を震わせてしまう。
何をやっているんだろう、僕は。
大人しくされるままになって、下着まで脱がされているのに反抗しないなんて。
「かわいい亀ちゃんには飴をあげるね」
舌足らずな声でそう言ったリュウタロスは、僕の尻を撫でてから濡れていないそこに飴を押し付ける。
親指でぐいぐいと飴を押し付けながら、僕の体内にべたついたそれを埋め込もうとするんだ。
僕は肩を上下させながら床に爪を立てる。
「…っ、う…あ…リュウタ…そんな所、やめ…」
僕の声は震えていて、僅かに熱をもっている。
何を期待しているんだ。
リュウタロスの指が僕のつぼみをほぐすように動く。
埋め込まれた飴をさらに奥へと押し込むように、ぐいぐいと。
僕は息を荒げながら上体を倒した。
頭が、ぼんやりする。
ぞくぞくと僕の背筋を駆け上がるおかしな感覚。
強すぎる快感。
この程度で感じるなんて、僕はどうしてしまったんだろう。
「あぅ…」
「あははは、かわいい声。ねぇねぇ…飴おいしかったでしょ?亀ちゃんが素直になれるお薬が入ってたんだよ」
「…っ、え…?」
リュウタロスの口から、薬という言葉が飛び出してくる。
僕は朦朧とした頭で聞き返した。
薬、くすり、クスリ。
ああ…この飴は薬が入ってたのか。
僕は素直に納得しながら床に顔を擦りつけた。
そんな僕を見下ろしているのだろうきみが笑う。
「猫みたいだね。ゴロニャーンって言って?」
リュウタロスは、動物をあやすような優しい声色で言って僕のものを無遠慮に掴んだ。
知らずうちに僕のものは頭をもたげて勃起している。
僕は恥ずかしくなってきつく目を瞑った。
「…っあ…ごろにゃあ…ん…」
それでも口からは言われたままの言葉が出てくる。
素直になれる薬とやらの仕業なんだろうか。
僕は本当に発情期の猫みたいに、床に上体を擦り付けて息を荒げた。
リュウタロスに見られているだけでも、僕のものは先走りを溢れさせて床を濡らす。
何で。どうして。
僕の頭は少し熱いけれど正常だ。
恥ずかしいという感情もある。
本当に薬を使われたのなら、もっと体が燃えるように熱くなって何も考えられなくなるのに。
「亀ちゃんがこんなになっちゃうなんてすごいねぇ。今度から媚薬やめてこっちにしようかなぁ」
「な…んなの、飴に入ってた薬…って…」
僕の問いかけに、リュウタロスは黙った。
それでも床に顔を押し付けようとした僕の横から、ずいっと顔を覗かせたきみが大きな目をして言う。
「知らないほうがいいよ」
にっこりと笑ったリュウタロスの顔は、ドキッとするほどかわいくてどこか色っぽい。
ああ、男の顔に欲情するなんて僕は頭まで薬にやられたんだろうか。
僕はぼやける視界を感じながら、圧し掛かってきた彼の重みに耐え切れず膝を折って倒れこむ。
同時に、飴を挿入された部分に熱い何かがおしこまれた。
「…あっ…あああぁ…!!」
か細い悲鳴を上げて、僕は弓なりに背を逸らす。
きみが入ってくるのが、すごくゆっくりに感じられる。
熱くて、擦り切れそうなくらいに揺さぶられて、僕は発情した動物みたいに甘ったるい声を上げながらかぶりを振る。
床にぽたりぽたりと、汗と唾液が混ざったものが落ちていく。
きっと今の僕はみっともない顔をしている。
恥ずかしいくらいに、いやらしい顔をしているんだ。
「ボクも飴舐めたから…すごく頭がぼーっとする。きもちいいね、これ。変なオジさんから買ってみてよかったぁ」
デネブからもらったんじゃないのか。
僕は揺さぶられながらぼんやりとおもった。
床にこすり付けられて、白濁混じりの液を垂れ流しているそれをきみの手が掴む。
射精を押さえ込むようにきつく握って、乱暴に中を突いた。
「あぐ…っ…ひ、ぁ…リュウタ…お、かしくなる…壊れちゃうッ!僕、僕ぅっ…!」
体内を突かれながら僕はだらしない声を上げて叫んだ。
舌をビクビクと痙攣させながら突き出すと、僕の横に顔を出したきみが黙って口付ける。
ぬるりとした舌で僕の咥内を舐め上げるきみは熱っぽい吐息を漏らして、それから口を離した。
「ボクも壊れそう」
一緒に壊れちゃおっか、なんて無邪気に笑うきみ。
腰の動きがまた早くなった。
さっきまできちんと物の考えができた頭は、何度も何度も獣の本能を命令してきて。
快感を貪るように、僕はきみに動きをあわせながらガクガクと体を震わせる。
もっとほしい。もっとほしい。
僕は舌を突き出して犬みたいに甘く鳴いた。
「あふぅ…!が、うぅ…ぐ、あん!はぁーっ、あ…はぁーっ、あ…」
リュウタロスが体の上に乗っているせいもあって何度も変な呼吸をしてしまう僕。
そんな僕を見つめるきみの目は、かわいいペットを見るような優しい目だった。
「…良太郎に開発されてなかったら、ボクが亀ちゃんを1から開発してあげたのにな」
そう言って、きみは僕の髪に口付ける。
僕はずっとずっと、良太郎に開発されてきた。
良太郎に憑いた日からずっと。
僕と良太郎はどうも性格が合わないらしくて、僕は日々良太郎に厳しく"しつけ"られていた。
体も心も服従させられて、プライドも羞恥も全部良太郎にくれてやったんだ。
だから今更、誰に抱かれて誰に辱められようと僕の心はちっとも痛まない。痛まない。
きみに抱かれていても、だよ。
「亀ちゃん、ボクの事見て?」
リュウタロスは僕の頬を撫でながら言う。
同時に、突き上げは一層激しくなった。
僕は息を切らせながらリュウタロスを見つめる。
苦しい。苦しい。苦しい。
リュウタロスの紫の目が僕をじっと見つめていた。
強すぎる快感の波が押し寄せてくる。
僕を一飲みにしてしまうくらいに強い快感の波。
「ひっ、ぎ…っ…ぁあああ…ああぁんッ!!」
僕は女のような声を上げて背を逸らした。
痛いくらいに目を見開いて達した僕は、糸が切れたみたいに床へ倒れこむ。
体内には僕の体よりもずっと熱くて濃いものが注がれていく。
リュウタロスもイッたんだ。
頭の隅でそんな事をおもいながら、僕は瞬きもせずに床に転がっている。
そんな僕の顔を覗きこんだリュウタロスは、汗だくの顔を向けて微笑みかける。
「好きだよ、亀ちゃん」
行為前までの冷徹な態度とは打って変わって柔らかな笑みを浮かべたきみは僕の唇に口付けた。
ちゅっと音を立ててキスをしたリュウタロスは、何の反応も示さない僕を撫でている。
髪を撫でて、頬を撫でて、それからきつく抱きしめる。
「忘れちゃいなよ、嫌なこと全部。ボクが亀ちゃんをまもってあげるから」
"だから良太郎より僕を選んで?"
そう囁いたきみは、きつく唇を押し付ける。
柔らかくてみかんの味がする唇。
僕はようやく、重い腕を上げてリュウタロスを抱きしめた。
リュウタロスは少しびっくりしたような顔をして僕を見ている。
そんなきみには普段どおり笑いかけてやる事にする。
「……こう見えても体力はあるほうなんだよ、僕」
僕が掠れた声で笑いかけると、きみは紫の瞳をパチパチと瞬かせながらきょとんとしていた。
それでも普段どおりの気だるげな顔をしたリュウタロスは、軽く僕の下唇を噛んで言う。
「じゃあ、第2ラウンドいく?」
低く呟いたきみはズボンのポケットからあめ玉を出して言った。
琥珀色の大きなあめ玉が僕の目に入る。
リュウタロスは掌の上であめ玉を転がすとそれを口に含んで笑う。
まだ続ける気か。
きっと僕が壊れるまで、リュウタロスのものになると言うまで彼は続ける気だ。
あめ玉を舐める彼にもじわじわと、頭の可笑しくなる薬の効果が出てしまうはず。
そんなことしなくても僕はとっくにきみのものなのに。
ぼんやりとそうおもいながら、僕は再び口移しで流し込まれたあめ玉を舌で転がした。
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6月10日に書いたもの。飴プレイが好きです(笑)