丁寧に手を動かしながら、恋人が編み物をしている。 
おっとりとした目つきは真剣に細められて、愛情を込めるように手を動かしていた。 
クリーム色の毛糸を丁寧に編んで、俺には何を作るのか教えてくれない。 

「なあデネブ、何を作っとるんかそろそろ教えてくれへん?」 

「だーめ。楽しみが減る。キンタロスはもう少し大人しくしててほしい」 

デネブは楽しそうに俺の問いかけを交わして手を動かした。 
俺には分からない何かを懸命に編みながら、デネブは時折鼻歌をうたう。 
どこか懐かしい響きのする、こもりうたのような音色だ。 
男のくせになんで母ちゃんって言葉が似合うんやろ。 
そこらの女より女らしくて、料理も上手いどころかお袋の味がしよる。泣けるで。 
さらに洗濯もできて、振る舞いも大和撫子だ。 
でも、根は男。 
声だって、体だって態度だって男だ。 
ホンマに変な奴やなぁ。 
俺はデネブを飽きずに見つめていた。 
昼寝をする事も忘れて、ただ目の前の恋人に釘付けになる。 
肩にかかっているとび色の髪をゆっくり払って、恋人が顔を上げた。 
浅葱色の瞳が柔らかい色をして俺を見つめる。 
ホンマにホンマに…。 
かっわいいなぁ。 

「キンタロス…ぼーっとしてる?俺の手元だけ見ててもつまらない、から…寝てていい」 

「いや、そういう訳やないで。オマエは見てて飽きんからなァ」 

「…バカにしてる?」 

あ、怒った。 
デネブはキュッと眉をひそめて俺を見た。 
その拗ねた顔もたまらなくかわいい。 
俺はゆっくりと立ち上がってデネブの体を背中から抱きしめた。 

「デネブはメッチャクチャかわいいからな、見てて飽きんっちゅーことや」 

返事は返って来ない。 
ちらりとデネブの耳を見ると赤く染まっていた。 
デネブは俺を見つめて小さく唇を動かす。 

「…う…恥ずか…しい」 

感情をストレートに言った恋人は再び手を動かし始めた。 
時々俺の目を気にしながらも何かを編んでいくその姿は本当にかわいらしくて、今以上に強くだきしめたくなる。 
デネブを抱きしめたまま幸せに浸っていた俺は、いつからかうとうとしながら恋人を見つめていた。 
ようやくデネブに話しかけられたとき、俺はデネブを抱きしめながら眠っていたらしいという事に気付く。 
すぐ傍で恋人が微笑んだ。 
浅葱色の瞳がゆっくりと瞬かれる。 

「あの…できた」 

デネブはゆっくりと手鏡を出して俺の顔前に出した。 
鏡に映ったのは、何の変哲もない俺の顔。 
金のメッシュと寝ぼけ顔が映っていた。 
だがよくよく見ると、俺の頭の上に何かがある。 
俺はおもむろに頭の上へ手をやった。 

「んあ?な…なんやこれ」 

「えと…帽子」 

俺の頭には黄色と黒のストライプが入った帽子が被されている。 
寝ている間にデネブが被せたんだろう。 
ふわふわとした毛糸の帽子は俺の頭より少し大きい。 
デネブはこれを作っていたのか。 
一回一回丁寧に編んでは形を確かめていたデネブの姿が蘇ってくる。 
帽子いっぱいにデネブの愛情が詰まってるっちゅー訳やな。 
そうおもうと照れくさいやら嬉しいやらで笑ってしまう。 
そんな俺を見て、デネブがゆっくりと帽子を取り去った。 

「これ、冬に被ってほしい。きっとあったかい」 

デネブは帽子を胸に抱いて「ね?」と微笑みかける。 
だが、俺の顔を見つめていたデネブが何かをおもいだしたかのように目を丸くした。 
そして帽子を俺を見比べて言うのだ。 

「あっ!でも…でも、キンタロスは冬に冬眠するから帽子なんて必要、ない…?」 

全身で困惑を表しながら俺の表情を伺うデネブ。 
どこまで本気で言っているんだろう、この恋人は。 
俺は噴き出しながらデネブをきつく抱きしめた。 

「ドアホォ、誰が冬眠なんかするかい。お前の愛、きっちり受け取ったで」 

デネブを抱き寄せて言うと、奴はおずおずと俺の背に腕を回した。 
柔らかな鈴蘭の匂いがする。洗濯物の匂いか何かだろうか。 
清潔感のあるその匂いがすごくデネブに合っていて、俺は鈴蘭の匂いをいっぱい吸い込んだ。 

「うん、うん…すごく嬉しい。…キンタロス、お慕い申しておりまー…」 

「どこの時代劇やねん。す・き、の一言で十分やろ」 

丁寧に頭を下げようとしたデネブの額を小突いてやると、奴は照れくさそうに頷いて俺の耳元に唇を寄せた。 
そして、たっぷり焦らした後に言ってくれるわけだ。 

「……好き、です」 

「デネブ…ああもう我慢できん」 

首筋に顔を寄せたデネブのおとがいを掴んだ俺は、そのまま口付けるべく顔を寄せた。 
その時、俺後ろ髪が強く引っ張られる。 
デネブも同様に、俺とは正反対の方向に引っ張られていった。 
恋人の後ろから顔を覗かせたのはパートナーの桜井侑斗。 
侑斗は今にも噴火しそうな顔を俺たちに向けて、それからデネブを睨む。 
同時に俺の後ろから顔を覗かせたのは笑顔の良太郎だった。 

「ねえキンタロス。ここ、食堂車なんだよね」 

「デーネーブーッ!最近やけにデンライナーに乗りたがるとおもったらこーゆー理由かよッ!!」 

「ご、ごめんなさぁい!侑斗ぉ、いたいいたい!」 

良太郎の言葉と同時に、侑斗がデネブのこめかみに両の拳を当ててぐりぐりし始める。 
デネブは涙目になりながらバタバタと暴れていたが侑斗には敵わないらしい。 
俺はゆっくりと辺りを見回した。 
モモンガは、必死に俺たちを見ないように新聞を開いて顔を隠している。 
耳がダンボになっとるがな。 
亀は俺たちを見てにやりと笑った。 

「キンちゃんもやるねぇ、白昼堂々とこんな場所で…」 

「ところ構わず発情する奴はリストラけってーい」 

誰がリストラやねん。 
亀の言葉に同意するようにリュウタが俺の顔をめがけてシャボン玉を噴き出した。 
その後ろで呆れたようにため息をついているハナと、亀同様含みのある笑みを浮かべたナオミがいる。 
食堂車の隅で懸命に旗つきプリンを食べているオーナーはと言えば、俺の視線に気付いたのか顔を上げて無表情のまま言った。 

「車内恋愛ならご自由にどうぞ。でも乗客の迷惑になるようなら、ゼロライナーでやってもらいますからねぇ…」 

「ちょッ…何で俺の列車でやるんだよ!ふっざけんなァッ!!」 

オーナーの意見に侑斗がデネブの頭を叩いて反論する。 
頭を叩かれたデネブは涙目になりながら現場の状況をみまもっていた。 
怒り爆発の侑斗とは裏腹に、良太郎はケロッとした顔をして言う。 

「良いじゃん。僕も行ってあげるよ、ゼロライナー」 

「はぁ!?迷惑だから来んな!」 

「だってゼロライナーにいればデネブの美味しい料理食べられるし…」 

「そっちかよ!!」 

「それに侑斗と一緒にいられるしね…。オーナー、今からゼロライナーに行って来ます」 

「来んなっつってんだろォッ!」 

「うん、来るなって言われる限り行く」 

「じゃ、じゃあ…こ、来いッ!!」 

「うん、だから今から行くって言ってるでしょ」 

「…ぐああッ!俺とした事が…。離せよォ!バーカバーカ!野上のバーカッ!」 

良太郎は上機嫌に笑って侑斗の手を取る。 
もちろん侑斗が良太郎の言う通りに従うはずはない。 
だから良太郎は侑斗を引きずるようにしながら食堂車を出て行った。 
侑斗は引きずられながら必死に良太郎を罵っていたけど、良太郎は笑うだけだ。 
さすがは俺らの良太郎。 
俺は二人を見送りつつ、ゆっくりとデネブに振り返って手を差し伸べた。 

「デネブ、俺らも行こか」 

そう言うと、座り込んでいたデネブは慌てたように頷いて俺の手を取る。 
はにかむように笑って、すぐに立ち上がった。 
パタパタと膝についたほこりを払って顔を上げたデネブがやにわに押し付けるような口付けをする。 
一瞬の事だったから、ただ唇がぶつかったのかと錯覚してしまうほどだ。 
口付けを解いたデネブは俺の手を引いて急かすように言った。 

「早く。歓迎する」 

かしこまった口調で言うものの、表情は幸せいっぱいと言う感じでデネブが笑う。 
俺は恋人に手を引っ張られながら頷いた。 
列車の扉が開くとゼロライナーが目に入ってきた。 
既にゼロライナーの入口では良太郎と侑斗が言い合いをしながらも何だかんだで仲良くやっているようだ。 
その様子を見て笑ったデネブは、もう一度俺を急かすように振り返った。 
大事そうに、毛糸の帽子を抱いて。


















=====================================================================
6月12日に書いたもの。7月現在でもデネブの口調が解らない…!(爆)
金デネやら良桜やらとものすごく忙しい話でしたー。